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こちらヒトナリ相談所  作者: 多希やなぎ
Case.226 June 21. 『人形』が見える
20/42

17.

ゆっくりと、細く息を吐く。今まで自身の生命活動を阻害していた神の加護が一時的になくなったおかげか、なんとなく体が軽い気がしている。むしり取った拳を軽く放ると、突き出していた刃が甲高い音を立てて転がった。


対する人形は、もう抵抗する術を持ち合わせていないのか梓を窺いながら動かなくなる。


「カルレス、だっけ? この後警察に行くから、何を言えばいいか整理しときな」


最終通知にも似た言葉を突きつけられると、人形が大きく震えた。破壊されると分かっていながらも、それは梓に飛びかかって、手首から先のない腕で抵抗しようと振りかぶる。


「久しぶりだから、一番やりやすい技で壊してやるよ」


左手を前に、右手を胸の前まで引き。必殺の構えで迎え撃つ。


掌技(しょうぎ)三番 (つづみ)


人形の腕を躱し、その懐へ潜り込む。突き出していた左の掌底が、人形の胴体を容易く捉えた。こぉん、と響いた音はまるで打楽器を奏でたような音色だった。


胴体から破片を飛び散らし、まるでおもちゃのように回転しながら壁へと突き刺さる。もう、確かめるべくもなく動かなくなってしまった。


「うん、これが一番手に馴染む」


円は効率的に力を伝える。直線と螺旋では、後者が軌道に距離を要する。その軌道に『気』を乗せることが破壊するための推進力を生み、介する肉体にも当然距離をもたらす。己が持ち得る関節や筋肉で、軸足、踏み込んだ足、膝、腰、引手、胸、肩、肘、手首、腕で生み出した螺旋を、相手に衝突する掌底まで伝えるのが、この技の全容だ。


力を素直に受け取ってしまった人形は、その軌道を自身にも伝えることとなり、回転して壁と同化する羽目になった。


人形の胴体は、空洞でなければならない。人間性という不安定なものを閉じ込めておくのに、ある程度の空間が必要なのだ。『気』は『人間性』と同義。そのため、血液が巡るかの如く循環する機構を真似て、回転できるだけの空間を用意しておかなければならない。


「踏み込み、もう半歩先でもよかったか」


梓の放った『鼓』は、鮮やかな音が鳴った。空洞と、そこに撃ち込まれた掌底。反響音は名を冠している和楽器の鼓というよりは、鉄パイプを叩きつけた音のようだが。


手応えが今一つだった梓は、撃ち込んだ左手を開いては閉じて眺める。言う通り、さらに半歩踏み込んでいれば、人形はどうなっていたのだろう。


「じゃあ、大人しくこっちに来い。何でこんなことをしたのか、『人形』が何なのかを根掘り葉掘り聞いてやる」


静観していた一紀が、つかつかと歩み寄りながら言う。


対するカルレスは、俯いたまま握り込んだ拳を震わせて動かない。


「大人しく協力すれば、日本の警察もそんなに悪くないぞ」


雰囲気がおかしいことを察し、そう言いながら駆け寄ろうとした。


その直前で。


轟音が響く。まるで引きちぎるように、カルレスの背後にある壁が一瞬で外に剥がされた。


「勝った、なんて勝手に思わないでほしいね」


転がっている破片など気にする様子もなく、彼は背後の穴へ走り、躊躇いなく飛び出した。


「なっ――――あいつっ!」


一紀はそのまま一気に駆け出したが、外の光景に急ブレーキをかけた。


「だから言ったじゃん。今日は宣戦布告しに来ただけだって」


ここはビル五階。地上からは単純計算約一五メートルの高さに位置している。


そんな高さで、その規格外の大きさの『人形』はようやく肩に近付くほどだ。頭頂部に至るのであれば、おそらく二〇メートルほど。


二メートル程度の人形が、何故規格外かもしれないと思ったのか。それはあくまで、普段の生活範囲で見つけた際に大きいと感じるからだ。


ならば、今目にしているこれは、どう表現すればいいのだろう。


「まあ大人しく待ってなよ。近いうちにもっと大暴れしてあげるから」


巨大な手の上で、カルレスは風を浴びながら子供そのままに笑う。


穴に近付いた梓は、笑顔の少年を睨みつける。ちら、と人形の頭部を見ると数歩下がる。


「ストップ。梓くん、その高さは死ぬよ」


樫木が、梓のやろうとしたことを察して止める。


「普段ならまだしも、今の君は加護を剥がされているんだよ? 人形を蹴ったとして、着地はどうするんだい?」


地上約一五メートル。人形を蹴り飛ばせるほどの跳躍は、梓であれば容易に行えるが、そのまま転落してしまう。生身でその高さから落下すれば、どうなるかは火を見るよりも明らか。


「じゃあ、またね。今度は僕が仲間を連れてきてあげるよ」


巨大な掌に座るカルレスはその指を叩くと、巨大な人形はゆっくりと歩き始めた。


一同はそれをただ見送るしか出来ず、ただ去っていくのを睨みつけるしかなかった。


「梓くん、左手」


「ん? あー……やらかした……」


撃ち込んだ左手は、血を流しながら脱力していた。肘より先が動かないため、二の腕から持ち上げてみる。掌底の皮膚は破れ、骨はおそらくいくつか折れているだろう。


「ま、あいつ離れたしそろそろでしょ」


神の遺骸は作用する距離が存在し、離れてしまうだけでなく隠すことでもその効果を受けずに済む。結果、カルレスの姿がぼんやりとする位置まで離れると、梓には元の感覚が戻る。


巻き戻るように、足元に出来ていた血だまりは左腕へと上り、開いていた皮膚は閉じていく。


「勝手に治ってくこの感じ、二度と味わいたくないなこれ」


目に見えて重傷だった左手は元に戻り、手を開いては握り感触を確かめる。傷一つないのを確認すると、深い溜め息を吐いて項垂れる。


「ひとまず解決、とは言えませんね。逃げられていますし、人形の被害も出ていますし、種をばら蒔かれていますからこちらの負けでしょう。でも反省会は、帰ってからにしましょうか」


転がっている瓦礫の山を横目に、樫木は言葉でこの場を閉めようとする。


「……先生は、大丈夫?」


「えぇ、これぐらいは。持ってきていたお酒でなんとか賄えたので」


「残り一本ぐらいでしょ残ってるの」


ずらりと並んだ酒瓶の数々を見て、梓は苦笑いを浮かべる。一方の樫木は、誇らしげに微笑んで懐に手を入れてそれらを置く。


「残念。二本だ」


「変わんないでしょ。どっちにしてもギリギリだったわけじゃないですか」


掌に乗るサイズの酒瓶を手に取ると、樫木の手に返す。


「助かりました、先生。おかげで俺ら以外を関わらせずに済みました」


「僕の力も完全ではないから、本来の力を発揮できなくて申し訳ないよ。感謝される方が、とても苦しくなってしまう」


すると、廊下からいくつもの足音が迫ってきて、開かないドアに対して強いノックが響く。


「大丈夫ですか樫木先生!」


事態に気付いた従業員たちが、どうやら最上階に訪れてくれたらしい。


「ほら、人払いが晴れてしまった」


わざとらしく肩を竦める樫木は、受け取った酒瓶を懐に戻す。そしてまだ手付かずだった一本を開け、一気に飲み干す。ノックの音がぴたりと止まり、足音が遠ざかっていった。


「……俺はこれを、どう処理すればいいんだ」


一紀は、梓よりも深く溜め息を吐くと、仕事用のスマホを取り出してコールした。これからこの瓦礫の理由をでっちあげるため、思いつく限りの事故を頭で並べ始める。

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