15.
「二つ、情報をもらったから、二つ、お返しに俺のことを教えてやる」
半身を切り、両足を広げて腰を落とし、左の掌底を突き出し、右の掌底を続けて放てるように引いた形で梓は変わらずそこにいた。
「俺、昔から力のコントロールが出来なくてさ」
手を戻し、自然な立ち方へと居直る。その動きに合わせるように、損傷に耐え切れず胴体が真っ二つになった人形の上半身が、カルレスのそばに落下した。捩じられるようにしてもげた下半身はまだ壁に刺さり、足をぶらぶらと揺らしている。
「全力で走ったら腱が切れたり、ただ持っただけでドアノブ引きちぎったり、ずいぶん生きにくかったんだよ」
カルレスはその悠然とした姿に目を見開き、反対に梓は忌々しげに彼を睨む。
「世の中のもの、全部俺には脆いんだよ。人形も一緒だ」
ただ純粋な、力による蹂躙。それを一撃で示した先刻も、その言葉も、カルレスの根底を恐怖させるには充分すぎた。
「次に。神様連中の加護っていうのが、俺には邪魔でな。これがあるせいで、俺は全力で戦えない。そういう戦い方を、今教わってる最中だ」
神の及ぼす加護は、優秀な人類の保護。これには負傷を防ぐことだけでなく、老いも止めてしまう。体を動かしながら、細胞の活動の一切を停止させている、理に反したエゴである。
そのため梓は、普段の状態では到底生きているとはいえない。彼が今教えを乞うている武術は、『気』を扱うもの。生きている範疇から外れた肉体では『気』を扱えず、力任せに腕や脚を振るうだけになっている。
しかし今、その加護は『神の遺骸』なるもので理論上剥がされている。
「本来の戦い方が、今だけ出来るようになったんだよ、ありがとうな」
決して傷つかない肉体で、力だけで人形を制圧することは当然可能。しかもそこに、前者は失われるが戦闘に技術まで加えることが出来るようになったのだから、梓は勝利を確信する。
「ほら、そいつだけじゃないんだろ、人形。全部壊してやるから持って来いよ。悪いが、俺は無傷で相手出来るぞ」
安い挑発に、まだ情緒の育ち切っていない未熟なカルレスは、強く奥歯を噛みしめる。
先の三人は、傷つかない肉体を驕っていた。そこに漬け込み、加護を剥がして容易く殺してしまえたのだ。
だが現状はどうだ。反撃を許し、あまつさえ一体を失ってしまった。既に壊された胴体から、緩やかに砂状に崩れ始めている。ここで驕っているのは、果たしてどちらだろうか。
カルレスは、それでも自身の敗北に近い現状を受け入れられない。
神の加護を剥がしているのだから、針でさえも彼を傷つけることが出来、殴打を繰り返して殺すことも可能なはず。それなのに、攻撃手段である人形は容易く砕かれてしまっている。
「…………それがどうした」
怒りで拳を握りしめるカルレスは、地団駄を踏むように踵を鳴らす。壊れた人形が現れたドアが、再び開けられた。二体の人形が現れ、ご丁寧にドアを閉める。
「なるほど、そいつか」
二体は二メートルを超す人形であり、街中で原が見かけたという人形はこのどちらかだろう。
「その人形を街で歩かせてたのは、俺らに見つけさせるためか?」
梓の問いかけに、カルレスは首を横に振る。
「逆だよ。君たちを探させていた。君たちも探してたみたいだけど、こっちは君たちがこの街にいることさえ分かればよかったから、遠くから眺めてただけなんだけどね」
標的を見つけたから、宣戦布告へと移行したということだ。
「今度は絶対傷つけてあげるから、大人しくしといてよ」
宣戦布告の真意も未だ話さず、怒りに支配されているカルレス。
梓の左側から飛びかかってきた人形の腕は、巨大な刃物を携えていた。腕に添う形で突き出したそれは曲線を描き、鎌のような様相を呈している。刈るように薙ぎ払ってくる刃は、空気を裂く鋭い音を放ちながら梓へ迫る。
視認している。それだけで、梓には充分な情報だった。首に迫る刃を、上体を軽く逸らして紙一重で回避する。間髪入れず、逆の腕の鎌が振り下ろされる。崩れた姿勢そのままに、右足で回し蹴りを鎌の側面へ返す。蹴りの勢いで傾いていた上体を起こしつつ、その右足を完全に振り抜く。刃の中間から砕けるように折れ、衝撃をそのまま素直に受け止めてしまい、回転しながら壁へと突き刺さった。
返す刀の如く、振り抜いていた右足の踵が人形の顔を叩いた。鮮やかに一回転した首は、踵を受けた正面から破片を散らして、ごと、と落ちた。続いて膝を折って、胴体をその場に横たえてその人形は動かなくなる。
この間、わずか二秒足らずの戦闘。依然、梓に傷はない。
圧倒的な戦闘能力に、カルレスの頭は急速に冷めた。どう足掻いても、現状で彼に傷をつけることは叶わないのだと理解したのだ。今回の準備で集めた人形の大半を失ってようやく気付いたのだから、完全に手遅れなのだが。