10.
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「すいません、先に挨拶させてください。さすがに早いです」
放課後のバイトは珍しく依頼が来ず、定時で強制的に帰宅を指示された。梓はいつも通りに美凪を自宅へ送り届けているが、そのまま自宅にお邪魔することになり、美凪の父親に早速恒例の絡みをされている。
「で、君がわざわざ来たということは、美凪に何かあったのかい?」
開口一番あんなことを口にする父親なので、分かり切っているが親バカである。
「いえ、相馬は大丈夫です。いつも通りです」
なんなら美凪が何かを仕掛けてきているが、それを言うと話が進まないことは目に見えているので黙っておく。
「今日はお義父さんに用事があって伺いました」
「なるほど。とりあえず上がりなさい。夕飯はこれからだろう? 食べながら話そうじゃないか」
ここで最初の発言をしない辺り、彼の梓に対する好感度はそれなりに高い。
「なっ、だっ、誰がお義父さんだ!」
遅れてから気付くところまで含めて、いつものやりとりになっているところを考えると、それを自然に受け入れている自分に笑いそうになる梓。
「……そうか、またうちが……」
ヒオウギ製薬の治験が関わる事件は、相馬美凪がヒトナリ相談所を訪れた依頼の結末に繋がる一年前のものだ。
そして相馬の父はヒオウギ製薬の九井支部営業課長を務めており、前回も彼の情報により真相に辿り着くことが出来た。
「一応今やっている治験に関しての話は聞いているよ。本来こういう情報は絶対に流してはいけないけれど、犯罪に加担しているとなれば話は別だ。警察が関わることを置いておいても協力は惜しまないさ」
一つの薬剤が製造を認可されるまでに、最低でも約一〇年を要する。動物実験を経て安全性を検証し、そこから少人数での人間での治験を開始する。そこを経てからもさらに多くの人間での治験を行い、諸々の過程を終えてようやく認可にこぎつける。
原が参加している治験は、少人数での治験にあたるらしく、まだ今回の薬自体が広まっているわけではない。非常に早い段階で、相談所は発見することが出来たということになる。
「去年のは治験に協力していた病院に直接乗り込んでしまいましたが、今回は大元の製薬工場に乗り込まないといけません」
前回の場合は『種』を直接渡されていたが、今回は薬に混入されている。製薬工場を調べなければ、さらに『種』は広まってしまうだろう。
「それなら、九井市の東にうちの製薬工場が集中している区画がある。そこで作っているから今回の関係者もいると思うよ」
東側の工業地帯は行く機会が少なく、梓には土地勘が薄い。西側から北側の再開発で発展した地域に学区も集中しているため、九井市の学生のほとんどはそもそも東側に関わることが少ない。
工業地帯と、人の手があまり入っていない山林区域の九井市東側の地域。その山々も私有地らしく、逆に梓はそちらに足を運ぶことが多い。それはいずれ触れることになるが、今ここで記すことではない。
「……うーん、しかし、二度もこんなことが起こるとなると、身の振り方を考えないといけないなぁ。この歳で転職を考えることになるとは、分からないものだね」
話している内に泡がほとんど弾けてしまったグラスのビールを、伏し目がちに眺めてから口に運ぶ。
「はーい、暗い話はそこまでにして、夕飯にしましょー」
腰まで伸びたブロンドをなびかせながら、美凪の母はテーブルに大皿を置いていく。異国の容姿は、美凪が引き継いでいると一目で分かる美しさだ。
「梓くんはもちろん、お肉大好きよね? だって高校生ですものね?」
「はい、大好きです。というか嫌いな食べ物はないので何でも好きです」
作ってから好みを尋ねてくる辺り、なかなかに抜けたところのある人だ。それを分かっている梓は、笑顔で返した。
「ねぇママ、何でアクアパッツァ作ったのにお肉のこと聞いたの?」
信じられないものを見る目を実母に向ける美凪は、並べようとした取り皿を人知れず落としそうになっていた。