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魔女の家  作者: お茶菓子
9/11

9 学校にて、久しぶりの教室

 私と千鶴が入った瞬間、ざわざわしていた教室が一瞬しんとする。

 すぐにまたざわざわし始めたが、その一拍の静寂に込められた好奇心、憐憫の感情に居心地の悪さを感じた。


 なんだかなぁ……



 しょうがないことだとは思う。事故で全身を怪我して、両親は他界するだなんて、生徒の間ではそこそこインパクトのあるニュースだっただろう。休んでいた間、どう過ごしていたのか。両親がが亡き今、誰の元にいるのか、気になるだろう。一度に両親を亡くしたことに、事故に遭ったことに、かわいそうだと思い憐みの気持ちを向けるだろう。憐みの心が生まれるのは心優しい証拠だ。しょうがないことだ。

 分かってはいるが、憐みと同時に好奇の目にさらされることに、ちょっと心が荒む。


「うーん、これにしよう」


 早速、私のスマホを操作してくれている千鶴がつぶやく。覗き込むと、ロック画面を編集しているようだった。夕焼け空の色が反射してきらきらした海をバックに、波打ち際で遊んでいる女の子三人の写真。千鶴と(ともえ)、私の大切な友人たちとそれぞれの家族が集まって海に遊びに行った時の写真だ。写真の手前には、スマホのカメラを構えた母がいたことを想って心が和む。


「千鶴ナイスチョイス」


 後ろから声がする。巴がちょうど登校してきたようだ。

巴が会話に合流して、千鶴のテンションが一気にあがったのが分かる。久しぶりの3人。私も嬉しい。


「この時のわたしたち、最強にかわいかったからね!何よりこの写真めっちゃ映えてるし」


 千鶴は満面の笑みを浮かべ、手はピースでご機嫌だ。巴もふんわり優しい笑みを浮かべている。


「鏡花、久しぶり。連絡先交換させて」


 巴の言葉を皮切りに、周りのクラスメイトから「私も私も―」と声がかかる。

 コミュニケーションアプリを起動して、新しい連絡先を交換しながらクラスメイトの声掛けに対応する。


「大変だったねー」

 そうだね

「体はもう大丈夫なの?」

 うん大丈夫

「何でも相談聞くよ」

 ありがとう

「今日スクールバスいなかったよね」

 帰りは乗るよ

「今どこに住んでるの?」

 祖母の家

「つらくない?」

 えっと……

「絶対つらいよ。私なら耐えられない」

「分かる。絶対無理」

「大丈夫、うちら助けになるよ」

「そうそう、なんでも話聞くしー」


次々と飛んでくる質問や声掛けに微笑んで返す。私があまり長く返答しないからか、会話のスピードが上がっていく。そのうち、私の返答がなくても会話が盛り上がり始めた。

千鶴と巴がどうしようかと困った顔で見合わせている。これは私が止めないといけない。恐る恐る口を開く。


「あの、みんな、ありがたいんだけど……」

「「鏡花ちゃんかわいそう」」


 言葉に詰まった。


 私、かわいそう……?


 教室の扉がガラガラと開き、担任の先生が入ってきた。


「みなさん、席についてー。朝礼始めますよー」


 先生の言葉に皆が個々の席に戻っていく。

 

 私、かわいそうなの……?


 朝礼中、先生の言葉が頭に入ってこない。


 私、かわいそう、かな……?


 交通事故に遭ったのも、両親が亡くなったのも不運なことだとは思う。だけど、かわいそう、は何だか違う気がする。”かわいそう” は、みじめな状態にある人に対して、同情する言葉じゃないだろうか。不運だけど、大変だけど、私は自分のことをみじめだとは思っていない。みじめな姿をさらすつもりもない。

 あぁ、そうか。みんなの本意はともあれ、私はみじめに見られたんじゃないかと、ショックを受けたんだ。私のプライドが傷ついたんだ。


 私は、みじめじゃない。かわいそうじゃない。

みんなは優しさでその言葉を発したんだろうけれど、今の私はその言葉を受け止められそうにない。


 自分の中で結論が出ると、とてもすっきりした。


 朝礼が終わると、女の子たちが再び集まってくる。みんなが口を開く前に、


「みんな、心配してくれてありがとう。ただ私、自分のこと、かわいそうだとは思ってないんだよね。だから、かわいそうは控えてくれると嬉しいな。」


 と開口一番に言った。女の子たちが困惑した顔をしている。


「私の周りには、こんなに優しいみんながいるんだし、かわいそうなこと、なくない?しばらく休んじゃったけど、また仲良くしてね。なんか、新しいSNSが流行ってるんだって?ね、どれインストールしたらいいの?」


「あぁ、えっと、よかった……?あの、えっと、アプリはこれでね……」


 予想しない言葉だったのだろう。数人は驚いたように離れていき、残りは今流行っているアプリについて話したり、一時間目の授業が教科書のどこから始まるのか教えてくれたりした。

 ……主張しすぎただろうか。私が、かわいそう、を突っぱねて、数人が不快な顔をしたのが見えた時はちょっと、焦った。分かってくれる子の方が大半でよかったけれど。千鶴と巴は、話の流れが変わってほっとした様子だ。



 午前中の授業が終わって昼食をとった後、千鶴と巴と一緒に談話室に向かう。初等部には図書館の隅に談話室がある。ソファやストール、クッションがたくさん並べられた居心地のいい空間だ。昼休みは、そこで本を読んだり、おしゃべりをしたりするのが私たちのいつもの過ごし方。


 席を確保するなり、千鶴が話し始めた。


「なんかきょーか、強くなったね?私、すごいなぁって感心しちゃった」


「私もそれ思った。前、目の色について、しつこく言われてた時なんかは笑顔で聞き流すだけだったのに。今日のはすっきりした。私好みだったよ」


 小学生の割に大人びた笑みを浮かべた巴がこちらを覗き込んできた。


「ふふふ。私も少々、大人になったんですよ。」


「あ、やっぱり変わってないかも」


「大人になったひとは自分で大人になったとか言わないよぉ」


「えぇー?」


 軽口をたたきあい、笑いあう。実際、魂が混ざり合ったことで元の黒羽鏡花の精神年齢より成長したのだと思う。以前なら、確かに何も言えずにやり過ごしていたことだろう。しばらく "惨めでかわいそうな鏡花ちゃん" でいることに我慢をして。


 昼休みの終わりが近づき、教室に戻って音楽室に移動する準備をする。教材を持って移動している途中で、千鶴と巴がお手洗いに寄りたいと言い出した。二人の荷物を預かって廊下で待つ。


 ぼんやりと外を眺めていると、男の子たちが集団でじゃれあいながら歩いてきたので端によって道を開ける。一人が集団から離れてこちらに声をかけてきた。


「なぁ黒羽、これ登録しといてくれよ」


ノートの切れ端に電話番号とアプリIDを書いた紙を渡される。

玖条高嶺(くじょうたかね)。出席番号がいつも前後で、一年生の頃から何かとよく話す幼馴染のような存在。親同士も仲良かったため、お互いの家で遊んだこともある。昔はガキ大将のような振る舞いだったのに、高学年になってから何があったのか悪戯っ子は鳴りを潜めて、今やすっかり優等生だ。ただ、男子の間ではお山の大将なことに変わりはないらしく、クラスの学級委員長を務めている。


「スマホ前のは壊れたんだろ」


「うん、ありがとう、高嶺」


「お前、玖条って呼べよ」


「いやだよ。深雪(みゆき)おねえも玖条だし、おじさんおばさんも玖条じゃん。玖条で呼んだらみんな振り向いちゃうよ」


「姉貴は高等部にいるから会わねぇし、父さん母さんはもっと会わねぇ。問題ねぇじゃねぇか」


 言い合っていると、お手洗いに行っていた二人が帰ってきた。


「いいじゃない玖条。鏡花に名前で呼んでもらえるなんて光栄に思いなさーい」


「そうだそうだ!なーに照れてんだか。ねぇお姉さまぁ?」


「千鶴、からかうのはよしてあげなさい。まだお子様なのよ」


 二人が茶番を始めた。この二人はよく、姉役と妹役に分かれてふざけ始める。いつものやつだ。それより早く荷物受け取ってくれないかな。重いんだけど。


「ちっ。とりあえず、登録しとけよ」


「はいはい」


 高嶺は諦めて男子集団の中に戻っていく。あ、小突かれてる。


「玖条もさっさと素直になればいいのにねー」


「千鶴、高嶺は別に好きな人いるよ」


「え、鏡花のことが好きなんじゃないの?なーにーつまんなーい。巴も知ってたの?」


「ふふふ」


 違うんですよ。私じゃないんです。

 転生した魂が混じる前、鏡花は高嶺にほのかな恋心を抱いていた。昔からガキ大将で言動の乱暴なところばかりが目立っていたが、実はおばさんの教育の賜物で無意識でも女の子に気遣いができる一面があった。そのギャップにやられていたんだなぁ。

 そのため、高嶺が誰に恋心を抱いているのかについて、鏡花は人一倍敏感で、その相手を突き止めていた。なんなら、相談を受けることさえある。高嶺が初恋からずっと想い続けている相手は私じゃない。


 まぁ、心が成長した今は高嶺なんてガキんちょにしか見えないので、傷つきもしませんよ。

 雅叔父さんしか勝たん。

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