7 家にて、嬉しい来訪者
「鏡花ちゃん。元気な姿が見れて嬉しいよ」
「雅さん!」
思わぬ救世主の登場に喜びが隠せない。
父の弟、雅叔父さん。私は彼の大ファンだ。数年に一度、ふらりと私たち家族を訪ねてきては、素敵な贈り物をくれる。洗練された装いに、父の弟とは思えないほど若々しく甘いマスク。幼いころは本当に王子様だと思っていた。
去年会いに来てくれた時は、母とお揃いのネックレスとフラワーボックスをくれた。お母さんと同じデザインのアクセサリーを胸元に飾って、大人の仲間入りをしたような気持がして、嬉しかったなぁ。花はプリザーブド加工して、玄関に飾っていたけれど、今、あの家はどうなっているんだろう……。
ふと、父と母との日々を思い出して、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
頭の上に、ぽんっと手がのせられた。温かい雅さんの手。
「……夜は冷えるね。中に入れてくれるかい?」
私はこくりと頷き、雅さんを室内に誘導する。
ダイニングでは、大蛙がこちらを興味深げ眺めいた。
「よぉ、雅」
「久しぶりだね。蛙のじいさん、来てたんだ」
「そういやおめえこそパナセアの息子だったな。おめぇは "おじさん" か!けっけけけけ!」
「じいさん、かなり飲んでるね。酔ってるんでしょ」
雅さん、呆れたような仕草もスマートでかっこいい。
……え、雅さん、この大蛙と知り合いなの?
「鏡花ちゃん、聞いたかもしれないけど、この蛙のじいさんは裏山にある沼の主だよ。御年……700歳くらい……だっけ?蛙のわりに見聞が広くて面白いおじいさんだよ。昔の話を聞くとなかなか興味深い事実が聞けたりするけど、学校で習う歴史と混合しないように気をつけてね。」
「歳なんぞもう数えとらんわい。それによぉ、最近は長く住処を開けられねぇせいで、もっぱら井の中の蛙なんだわ。逆におめえらの話が聞きてぇよ。みやびぃ」
「あーハイハイ。あとでね。パナセアは?」
「薬取りに行くって、さっき出ていきました」
と言った瞬間、キッチン脇の扉からパナセアが戻ってきた。
「じじぃ、これ持ってさっさと帰りな……何だい、雅じゃないか。おい、じじぃ。なんで酔っぱらってんだ」
手には大きな壺を抱えている。パナセアはじろりと大蛙を睨みつけた。
「おぉぉ、これこれ!ふふん、これだけあればしばらく持つな。あぁ、酒もう全部飲んじまったから、あとで代わりに山菜のたぐいを届けさせとくわ。じゃ、お暇」
そう言い残すや否や、大蛙は私と雅さんの間とすり抜け、脱兎のごとく帰っていった。
「あのじじい!!」
空っぽの瓢箪を逆さにして、パナセアは鬼の形相だ。こわい。
「まぁまぁ、パナセア。ルーマニアのワインでもどうかな?今回の旅は東欧の方だったから、たくさんワイン買ってきたよ。まだトランクに積んである。鏡花ちゃんには、はい、これ」
濃い赤色の液体の入った、お洒落なラベル付きの瓶を渡される。
「ブドウジュースだよ。お酒は成人したら一緒に飲もうね」
無言でぶんぶん縦に首を振る。
パナセアはまだ不服そうだ。
「……今日は日本酒がよかったんだよ」
雅さんが食卓に目をやる。
「……焼き鮭にみそ汁、釜めし?……鏡花ちゃんが作ったの?」
「はい……。焼き鮭は焦がしちゃったのであまり出来に自信はないですけど」
「ふぅん。よかったね、パナセア」
「……ふんっ。もう寝る。雅、もらうよ」
パナセアは雅さんの手からワインを取って二階へ上がっていった。結局もらうんかい!
何だったんだろう。パナセアから少し、寂しい匂いがした気がした。
雅さんは夕食がまだだったようで、みそ汁と釜めしの残りをよそって、一緒に食べることにした。
「この家で和食を作るのは、父さんだけだったんだ。その父さんが一昨年亡くなったからね。外食もしないパナセアにとっては久しぶりの和食だったと思う。鏡花ちゃん、ありがとう」
「……そうなんだ。よかった、かな?」
「ああ見えて、すごく喜んでたと思うよ。和食って不思議と落ち着く味わいがあるよね。特に、鏡花ちゃんのごはん、作り手の思いやりまで溶け込んだような優しい味がする。おいしいね。誰に習ったの?」
……なんて答えたらいいんだろう。家庭科の授業?それよりも、混ざった魂の記憶でつくったごはんだ。雅さんには嘘をつきたくないけど、うまく説明できる気もしない。
「えっと、なんていうか、その……」
雅さんがこちらをじぃっと見てくる。黒に近い灰色の、優しさと慈しみに溢れた瞳。灰色というくくりでは同じなのに、私とも、パナセアとも違う優しい色合い。
「そうか。別の魂と一緒になったんだね。どうりで大人びたわけだ。いい人そうでよかった」
――言わなくても、分かってくれた。ありえないことだけど、不思議と怖さもない。
「なんで、分かるんですか?雅さんもパナセアと同じ?魔女なの?」
「少なくとも、魔 ”女” ではないかなぁ。私はほとんど人間だよ。むしろ、鏡花ちゃんの方が魔女に近い素質を持っていると思うよ」
「ほんと?私、魔女になれる?」
「うん。きっと。素質を磨けばね」
「そっか。そう……なんだ。嬉しい、かも」
雅さんがにこにこしている。
穏やかな沈黙が続く。
「……鏡花ちゃん、明日から学校なんでしょう。今日は早めに休んだ方がいいんじゃない?」
「うん。そうする。雅さん、明日また、たくさんお話してほしい、です。」
「もちろんだよ。なんでも聞くし、なんでも話すよ」
おやすみなさいの挨拶をして、自室に戻る。
明日の学校の用意をしながら、今日のできごとに思いを馳せる。今日は色んなことを知った日だった。事故の後、退屈だった病院生活から一変、感情の揺れ動きが激しい一日だった。
逃げるように帰っていった大蛙の必死な様子を思い出して、ふふっと笑みがこぼれる。
両親が逝って、一人置いて行かれて、どん底に落ちた気持ちがしたが、もう私は一人きりじゃない気がする。
それに……この世界には、まだ見ぬ面白いことがあふれているようだ。
今夜はいい夢が見れる気がする。