6 家にて、1人目のお客
呼び鈴の音が響く。
外は真っ暗、辺りを包む静寂が、ひとりきりの恐怖を煽る。
血の気が引いて、心がざわざわする。
急に、この状況が恐ろしくなってきた。
ど、どうしよう……。パナさんはどこ……?もう日が暮れているのに、まだ戻ってきていない。
恐る恐る玄関の方へ足をむける。
誰……?こんな家に、こんな時間に、訪ねてくる人なんているの?
玄関の扉についた小窓から外を覗こうと背伸びしてみたけれど、伸長が足りない。
仕方なく、脇の大きな窓へ回り、窓を這う蔦の隙間を覗いてみる。
暗くて、よく見えない。
ひんやり冷たい窓に顔を押し付けるようにして目を凝らしてみる。
その瞬間――
――ぎょろり
目が、合った。
私の頭ほどの大きさの、巨大な眼球。
黒々とした瞳孔がぬらりと揺れる。
とっさに後ずさる。
声にならない悲鳴が出た。
心臓がバクバク音を立てる。
どうしよう。
逃げなきゃ。
でも足が動かない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…………
怖い。
……こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい、こわい…………!
ふっと影が差す。
「どうしたんだい」
肩をポンとたたかれる。パナさんの声だ。
ああ、パナさんがきてくれた。
安堵が一気に押し寄せ、足から力が抜けた。思わずパナにもたれかかると、そっと背中を支えてくれた。
「おいおい、なんだい。どうしたっていうんだ」
「パナさん、……目が、おっきい目が……っ」
「目、だぁ?」
チリンチリンチリン
また呼び鈴が鳴る。
「……あぁ、お客か」
パナが扉に手をかける。
や、やばい!まだ外にあの目がいるかもしれないのに………!
「パナさんっ、だめっ」
私の悲痛な叫びを無視してパナは扉を開ける。
「あたしの孫を怖がらせんじゃないよ」
扉の向こうに言い放った。
「いやぁ、すまんねぇ。めんこい顔が見えたもんで、ついついじぃっと見ちまった。ほれ」
「……なんだ」
「うまい酒持ってきたから、これで許しておくれ」
しゃがれ声が返事をした。
扉の外の暗闇から、大きい瓢箪を持った泥色の手がにょきっと伸びる。
手には、水かき。
「酒はもちろん受け取るがな、謝るなら孫の方に言っとくれ」
「ほいほい、それじゃ、ちょいと失礼して…………」
――泥色の足が室内に踏み込んできた。
「すまねぇ、驚かせて」
そこには、深い緑の巨大な蛙が、いた。
***
「あっははっははははははは!ひぃっ!はぁはぁ、」
「けーっけっけっけっけっけっけ!」
私の目の前には、大爆笑している美魔女と大蛙がいる。
パナは焼き鮭を肴に酒を煽り、すっかり上機嫌だ。
私はというと、あまりの出来事に、せっかく作ったご飯を前にしても食欲が沸かない。
…………笑いすぎだ!
「そりゃあなぁ、こんなぶっさいくな、でっかい蛙が急に出てきたら…………ひぃっ…………すっころんでも、しょうがないわなぁ…………くっ…………後ろに、ころん、って…………くくくっ」
「けっけっけっけ!ぶさいくは余計だわい!これでも、蛙界ではふあん倶楽部ができるほど男前で通ってんだぜぇ!けけっ」
じとりと、二人……いや、一人と一匹を睨みつける。
「それにしても、パナセアに孫!息子がいるのは知ってたが、孫まで生まれとるとはなぁ。孫の面倒を見るなんて、お前、すっかり人間のようじゃないか」
「っふん。人間でも化け物でも、子どもや孫の一人や二人、いるやつにはいるだろうが」
「そりゃそうだが、お前さんが"おばあちゃん" ねぇ。くくっ」
「……そろそろ、用件を言いな、じじぃめ。どうせ目薬だろうが」
「おぉ、そうそう、目薬。いつものやつ頼むよ」
「……はいよ。ちょっと待ってな」
パナが裏庭の方に消えていった。
蛙と二人きり。
「お嬢ちゃん、釜めし旨かったぞ。馳走になった。ありがとさん」
「いえ……お口に合ったのなら、よかったです」
気まずい……何を話したらいいのか分からない……。
ちらりと蛙の方を伺うと、蛙は頬杖をつき、目を細めてこちらをじっと見ていた。
「…………ふふ。」
ひぃっ!笑ってる!パナさん早くもどってきてぇ!!
――チリンチリンチリン
また、呼び鈴が鳴った。
よし、チャンスだ!この蛙の前から逃げれるならなんだっていい!
飛び上がるように椅子から立ち上がり、玄関へと駆け出した。
「どなたですか!!」
勢いよく玄関の扉を開ける。
そこには――
きょとんとした表情の青年が立っていた。