5 家にて、穏やかな午後
昼食は、シーフードピラフと人参のポタージュだった。
ぷりぷりのエビとアサリの旨みが染み込んだお米が、たまらなく美味しい。スプーンが止まらず、夢中でかきこむ。こんな姿、お父さんに見られたら叱られてしまう。ちらりとパナを見るが、特に何も言われない。不快に思っていそうな雰囲気もない。安心してぱくぱくと食べ進めた。
ポタージュの自然な甘みと絶妙な塩加減に舌鼓を打っていると、ふとパナに話しかけられた。
「夕飯は、あんたも手伝うんだよ。何が食べたい?」
「おみそ汁と炊き立てのご飯が食べたいです!」
「和食は作るのが苦手なんだよ。あんたが主導で作ってくれるならいいけどさ」
「任せてください。OL時代の自炊の腕と、黒羽家で磨かれた味覚を生かして、パナさんをうならせてみせます!」
小さな力こぶを見せつけながら宣言すると、パナはふっと笑った。
「ハイハイ、任せるよ。食べられるものを作っておくれよ」
……これは、期待されてないな。
確かにOL時代、忙しすぎて凝った料理はあまりしてこなかった。
だがな、そんな忙しい中だからこそ、時短料理の腕は磨いてきたのだ。
私のとっておきの得意料理……それは、釜めし!炊き込みご飯!
研いだ米に水と調味料を混ぜ、好きな具材をぽんぽん入れて炊くだけ。炊き上がりを器によそって大葉やらネギやら彩りを振りかければ、あら不思議。
料亭のような一品の出来上がり!
ふふふふふふふ……
勝利を確信して、食後にキッチンの戸棚を漁る。
……私のスタメン調味料、顆粒だしがない!
冷蔵庫を開けてみる。
白だしがない!めんつゆもない!
和食作らない人なら、そうか、そうですよね……。
かろうじて見つけた昆布を手に取り、家庭科の授業で習った記憶を必死にたどりながら、どうにか、昆布だしをとる。鍋の中でじんわりと広がる旨みのいい香りがキッチンに広がる。
うーん……100点とは言えないけど、まぁ及第点じゃない?
だしは鍋に、切った具材は冷蔵庫に。
下ごしらえを終えた私は、るんるんで夕方までの暇つぶしを探し始めた。
***
書庫にやってきた。
壁一面ぎちぎちに本が詰まっている。床から天井近くまである大きな本棚たちに三面から囲まれ、圧倒される。上の方に年季ものらしい本たちが、下の方には漫画なんかも詰められている。入りきらなくてそこらに積み重ねっている本もちらほら。
気になる本を数冊抱え、二階のサンルームに向かう。
積み重ねられた、たっぷりのクッションの上にダイブ!小学生の体って最高だな!年を取ったら、こんなに軽く飛べないことを、私は知っている。事故の影響で、まだぎこちなさはあるもののOL時代の体の動きと比べると、桁違いの運動神経だ。今のうちにこの身軽さを堪能するんだ~。
そのうち、思いっきり走られるように、自分でリハビリしなきゃな。
クッションに体を預けて、本を読み始める。
鏡花の記憶ではちょっとつっかえながら読んでいたレベルの本が、すらすら読める。文字の羅列が頭にすっと入ってくる。あっという間に一冊読み終えてしまった。
OL時代、忙殺されて本を読む暇もなかったが、一日中オフィスで資料作成だの報告書の確認だのをしていたからだろうか。文字を追って理解する能力が伸びていたようだ。しかも、今は若くて吸収力の高い脳を持っている。
これは、小学校で転生チートできるのでは……?
書庫に急いで戻り本を漁る。
調子に乗って、難しそうな古典文学を見つけ出してきて読んでみた。
……いや、分からん。無理。
そりゃそうだ。たしかに普通の小学6年生よりは文章を読みなれているかもしれない。だが、国語の勉強をしたのなんて遥か昔の話。仕事に関する知識は磨いたけれど、古典の知識なんてほとんど忘れている。
古典文学は大人しく棚に戻し、日本語訳された海外の児童文学作品を手に取った。
***
子どもの集中力はすごい。気づけば、窓の外は夕暮れ色に染まり始めていた。
読みかけの本以外を書庫に戻し、夕飯の準備に取り掛かる。
奥の方から引っ張り出してきたお釜に、吸水させておいた米、昆布だし、切っておいた具材を入れて火にかけた。
はじめちょろちょろ、中ぱっぱだよね~
カウンターテーブルに座って釜を見張りながら、本を読み進める。
蓋から泡が少しこぼれてきてから、二分ほど待って、火加減を弱める。
ふぅ、これであと十分後に火を消したら蒸らして出来上がりだ。
今のうちに鮭焼こうっと。
フライパンを出して、焦げ付き防止に薄く油を塗って鮭を並べる。
香ばしい匂いに思わず顔がほころぶ。
よし、みそ汁も仕上げよう。
鍋に残しておいた昆布だしに具材を加えて温める。
え~上出来じゃな~い?と内心テンションが高くなっていた、その時。
――チリンチリンチリン
玄関のベルが鳴った。