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魔女の家  作者: お茶菓子
4/11

4 家にて、探索

 今日は日曜日。荷ほどきをして、明日からの学校に備える。


 住む家は変わったものの、幸いにして学校は転校せずにすんだ。私立の小学校に通っているため、学区というものがないのだ。なんなら以前より近くなったので、朝が弱い私にとってはむしろ好都合。


 届いていた荷物を片付け終えて、早々にやることがなくなってしまった。そうだ、カーテンや家具を物置から持ってきていいってパナが言ってたな。模様替えさせてもらおう。


……物置ってどこ?


 私は探索を始めた。まずは二階から。


 階段を上がってすぐに、トイレや洗面台、シャワー室がある。白い漆喰の壁に、モザイクタイルで彩られた床。なんとなく中世ヨーロッパ風。壁際には細かな装飾が施された大きな鏡、タオルなどを収めたアイアンチェスト、そしてまるでお姫様が使っていそうなドレッサーがあり、広くゆったりした造りになっていた。


 目の端で何かが光った気がして、ドレッサーの方をよく見てみる。天使や薔薇の装飾で飾られたかわいらしいドレッサー。このドレッサーに向かうパナが想像できなくて笑ってしまった。意外にも乙女な趣味をしているようだ。……ふふ。


 化粧水や乳液らしきものが入っている瓶が並んでいる。実際に使っているのだろう。瓶の中身が光っている。


……ん?発光……している……。


光が反射しているのではない。瓶の中に入った液体が、光を発している、ように見える。

ナ、ナンデダローナー……。


 二階の中央にはサンルームがあり、陽光が差し込む中、ソファと大量のクッションが置かれていた。居心地のよさそうな空間だ。百合のような銅製のホーンがついたレトロな蓄音機とピアノが壁際に置かれている。


 試しにピアノの蓋を開け、白鍵をひとつ押してみる。


 ぽぉーん


 なんだかまぬけな音が響いた。


 左右に並ぶ各部屋の扉には丸いステンドグラスがはめ込まれている。向日葵、董、薔薇、ひなげし、ダリア、芍薬――それぞれ花のモチーフで彩られている。向日葵は私の部屋、芍薬はパナの部屋だ。そして董の部屋は鍵がかかっていて開かなかった。ほかの部屋を覗いてみても、物置らしき部屋はなかった。

 二階には物置はないらしい。


 一階に降りてキッチン脇の扉を開けると、そこは洗面脱衣所兼ランドリールームだった。クラシカルな内装にそぐわない最新のドラム式洗濯機が鎮座している。OL時代に憧れていた、たくさんモードがあるやつだ。


 すりガラスのドアを開けると、バスタブシャワーとトイレ。ちょっとさび付いた鏡の前には、花が練りこまれた石鹸がいくつも並び、ほのかに甘いを漂わせていた。


 ランドリールームから外に出られるようだ。ドアを開けてちらりと外を見ると、裏庭で洗いたての洗濯物がはためいているのが見えた。


 中に戻って探索を続ける。ダイニングキッチンの左右に廊下が伸び、東側には大きな暖炉のあるリビングがあった。暖炉を囲むように、ソファやロッキングチェアが置いてある。


 まるでたくさんの人が暮らしていそうな、温かな空間。しかし、実際に暮らしているのは、パナと私の2人だけ。


――パナは、こんなに広いところに、ずっと一人で暮らしていたんだろうか


 ふと、胸の奥に寂しさが広がった。


 リビングの奥の扉を開けると、書斎兼寝室のような部屋が現れた。ダークブラウンの家具が整然と並び、緻密な装飾の施されたガラスのランプが、部屋の主の性格を表しているようだ。机の上の写真立てに視線が吸い寄せられた。家族写真が飾られている。


 そこには四人の人物がいた。


 まず、パナ。椅子に座ったパナはドレスや髪飾りで華やかに飾り立てられている。普段と雰囲気は全然違うが、本人そのものは、つい昨日撮りましたと言われても頷けるほど今と変わらない。彼女は老いないのだろうか。


 パナを囲むように、二人の少年と、一人の紳士が立っていた。


 二人の少年のうち、背の高い方、真っ黒な髪を丁寧に髪を撫でつけたしかめっ面の少年は、私の父、黒羽慶次(くろはねけいじ)だ。ほぉ、あの眉間のしわは少年の頃から刻まれていたのか。なかなかの年季ものだ。ふいに見つけた父に、目の端に涙が滲む。このしかめっ面も、もう写真でしか見られないのか。


 気持ちを振り切るように、視線を隣の少年に向ける。


 背の低い方、柔らかいカールを描く栗色の髪、彫刻のような顔立ちにアルカイックスマイルを浮かべた少年は、黒羽雅(くろはねみやび)、父の弟、私の叔父だ。何度か会ったことがある。幼い私のこともレディ扱いしてくれる、物腰柔らかな優しくて洒落た人だ。そういえば、雅さんもあまり老いを感じない人だった。もしかして……。


 残る一人、上品なスーツに身を包んだ壮年の男性は祖父、黒羽宗一郎(そういちろう)だろう。顔立ちは父と瓜二つだが、優しいまなざしが全くの別人だ。祖父のことは父から少し聞いている。父は祖父のことを尊敬して、医師を目指したんだそうな。そして、祖父が晩年経営していた総合病院を父は若くして継いだ。


 ここは、おそらく……祖父の部屋。部屋の主人が今でもここで暮らしていそうな雰囲気がするが、祖父はずいぶんと前に亡くなったはずだ。あまり、ここのものには触れてはいけない気がする。

 私はそっと部屋を後にした。


 反対側の廊下を進むと書庫があった。

 色んなジャンルの本がバラバラな順番で、所狭しと並んでいる。医学書、詩集、辞書、絵本、実用書、漫画、画集に小説……あ、ハリポタもある。

 言語もバラバラだ。日本語、英語、ドイツ語、フランス語に……ギリシャ語?私には何語かさえ分からないものもある。なんとも雑多で膨大なコレクションだ。


 さらに奥の扉を開けると、ふわっとほこりの匂いが鼻をくすぐった。

 ようやく見つけた。物置だ。

 大きな寸胴鍋、キャンプ用品、用途不明のガラス器具が詰まった木箱……。大量の布が入った木箱を見つけた。引っ張り出しながら、あれやこれや見比べてみる。ボルドーのカーテンと、小花の刺繡が入った白の薄手のカーテンが気に入ったので、その二つを引き抜いて洗濯機の前まで持っていった。


 洗濯機を勝手に使っていいものか、思案していると裏庭に続く扉が開き、パナが入ってきた。泥のついた人参を抱えている。


「洗濯かい?そこに入ってるのを使いな」


 顎でくいっと戸棚の方を指す。棚を開けると柔軟剤と洗剤が数種類。

 ……パナ、香りもの好きなのかな?


「そろそろ昼食作り始めるからね。ひと段落したら水浴びして、その埃落としてきな」


 パナに言われて気がつく。髪や服に埃が引っ付いていたようだ。物置で夢中になりすぎたらしい。


 見繕っておいたランプや装飾品を急いで物置にとりに行くと、二階の部屋に持って上がり、そのまま二階でシャワーを浴びた。


 シャワーを浴びている時、大きい玉こんにゃくのような石鹸がうにょうにょと動いた気がしたのは、気のせいだと思っておこう……。

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