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魔女の家  作者: お茶菓子
12/12

12 仕事場にて、あたらしい一歩

 奇妙な木の家。大釜をかき混ぜる、あまりにも魔女なパナセア。轟々と燃える炎。爆発する大釜。きらきらの粉塵。しゃべる猫!


 胸が高鳴る思いがした。

こんなの、物語の中でしかみたことがない。フィクションの世界だ。こんな世界に自分も入っていけるような素質があるのか。自分も仲間入りさせてもらえるのか。なんて、なんて──素敵。


 呆然として、しかし目を爛々と輝かせている鏡花をみて、雅は微かに笑う。


「鏡花ちゃん。これ、やりたい?」


「うん……うん、うん!」


 パナセアがこちらに目を向けた。


「なんだ、鏡花いたのか」


「……私もっ!魔女になりたいです!教えてください!」


 きょとん、とするパナセア。

つかの間、とっても嬉しそうな顔をした後、それを覆い隠すように芝居がかった大仰な仕草で鏡花に近寄って悪人顔でにやりと笑う。煌めく瞳は興奮を隠しきれていない。


「小娘や……この世界に入るには、とぉぉぉっても厳しい修行に耐え抜く必要がある。お前は修行する覚悟ができているってことでいいんだね?」


「……はいっ!!」



 どれだけ厳しいのだろう。分からない。だけど、この世界の仲間入りができるなら…そのためなら、頑張れる気がする。

 何よりも、もうこんなにもワクワクしてしまった。いいえ、なんて言えない。そんな言葉、出てこない。


 ぐぐぐぐぐっとパナセアが身を竦めてぶるぶると震える。次の瞬間、ばっと体を広げて鏡花を抱きしめた。


「やった、やったぞ!ついにか……ついに、私にも……!あぁ、ありがとう、ありがとう!……鏡花がその選択をしてくれたことがどんなに嬉しいことか。私はずっと、ずっと、長いこと後継者を探していた。私の全知識をお前に授ける。後戻りは残念ながらできない。だから、気ぃ張ってついてこい!」


「はいっ!」


「そして鏡花。訂正しておきたいんだが、あたしは魔女を自称したことはない。あたしは "薬師" だ」


「やくし……?」


「この世に伝わる妙薬秘薬の類を作っている。薬師の、パナセアだ」


 自分らのことも紹介しろと言わんばかりに、黒猫二匹がすり寄ってくる。


「こいつらは助手だ。こっちの黒いのがメラス。そっちの黒いのがメライナ。雅も、まぁ助手みたいなもんだ」


 どっちも真っ黒。見分けることができない。


「とりあえず、メラスについてもらうか。修行を始める。まずは自力でこの結界の中に入ってこれるようになれ」


 言い終わるや否や、パナセアは目をかっと見開いて鏡花を見つめる。目が光っ――



***



「これ、どうしたらいいの……」


 虚空を掴む手が虚しくだらりと落ちる。

木立の影がゆっくりと長く伸びていった。枝の間をすり抜ける風は、どこか急き立てるように鳥の声をさらっていく。そのたびに「もう帰る時間だぞ」と誰かが囁くようで、そんな夕暮れの木立の雰囲気が、ますます鏡花を気落ちさせる。

先程まで、目の前の景色と新しい未来の予感に胸の高まりが抑えきれず、嬉しい期待に胸がはじけそうなほどだったのに。なんだこの落差は。

 森へ帰るカラスの声に、もの淋しさがより増していく。


「集中あるのみ、だな」


 そばには、さきほどメラスと呼ばれていた黒猫。

パナセアの眼が光ったように見えた次の瞬間、鏡花は西日の差す裏庭に立っていた。


 薬師の修行の厳しさは、伊達ではないようだ。

どうしたら、結界を超えられるのか見当もつかない。

儀式的な手順とか、理論的な習得方法とか無いんだろうか。



集中あるのみ?集中って何に集中したらいいのよ……



 じぃっと目を凝らして結界の境目がありそうな場所を見てみる。私と雅さんと手を繋いだあたり。何か違いがないか。


 同じような草花、同じような木々がそよそよと揺れているだけだ。同じような景色。同じような匂い。同じような質感。


 境界の場所に当たりをつけて、木の棒を置いてみる。ここら辺から向こうが結界の中、こっち側が結果の外。


 そこに"ある"らしい結界を突き刺すように、手を勢いよく前へ突き出す。何も感じない。


 メラスをちらりと見やるが、素知らぬ顔で毛繕いを続けるばかりだ。


 ……手を突き出す。突き出す。突き出す。突き出す。突き出す。突き出す。突き出す。突き――



「君ってば一体何をやってるの?」


 呆れた顔でメラスが見上げてくる。


「だって、メラスは何も教えてくれないし。修行しようにも何もとっかかりがないんだもん。結界があるって言われても見えないし、どんなものなのか見当もつかないよ。どうしたら結界に入れるの!」


 言葉が堰を切ったようにこぼれ、一息で言いたいことを言い切った鏡花は、訴えかけるようにメラスを見つめる。


「しょうがないなぁ。本当はめんど……いや、答えをすぐ教えちゃったら甘やかすことになるからな、うん。自力で習得してほしかったけど、ちょっとコツを教えてあげる」


めんどくさがられてる。絶対すごくめんどくさがられてる。


「まずは目を閉じることだね」


「目を閉じる」


 さわさわと頬を撫でる風が心地いい。木の葉が揺れて鳴るざわめきのような音が……


「集中だよ〜。目瞑ったままね。次は、しゃがんで」


「しゃがみます」


 しゃがみ込むと、それまで頬をかすめていた微風が届かなくなり、停滞した空気に包まれた。地面がぐっと近づき、土の匂いと、名も知らぬ草の青い香りがふわりと鼻先をかすめる。


「鼻つまんで」


「つばびました」


 じっとしてメラスの次の指示を待つ。何をさせられてるんだろう。目瞑って、しゃがんで、鼻をつまんで。次は何をしたらいいのかな。


――ピーヒョロロロ


あ、トンビの声


「最後に耳を塞いで」


 これが最後かぁ〜


「わかった。耳をふさ……げないよ!?鼻1個と耳2個、それに対して私の手、2個!足りないって!!」


 たまらず、カッと目を見開いてメラスに抗議する。

目の前には思ったより近くにいたメラスの考え込んだ顔とすっと伸びてきた黒い前足とピンクの肉球。


「う〜ん……こう、こうやって鼻の穴塞げない?」


 メラスがぷにぷにの肉球を私の顔に押し付けながら、上唇を鼻に押し付けるようにして鼻の穴を塞いでくる。


 いや、できないこともないけど、無理あるし、めっちゃ変顔になっちゃってない!?

困惑している私にはおかまいなしに、メラスはご機嫌そうだ。


「そうそう、これでいいね。あ!目開けてんじゃん。だめだって。ほら、目閉じて。耳塞いで。僕が触るまでじっとしてて」


 メラスに言われた通り、変顔したまま耳を塞いでしゃがみ込み、じっとしてみる。

これが修行にどう役立つのかな。もうこんな状態じゃ何に集中したらいいかわからないよ……。何も感じない。

 ……感じるんじゃなくて、もしかして考えることが大事?こういうのって、考えるな、感じろ!じゃないのかな。でもまぁ考えることしかやることがないよね。だって見えないし感触無いし匂いしないし聞こえないし。何をしたらいいんだろうか。メラスの意図が分からない。


 とめどもなく広がる思考に呑まれ、奥深くへと沈んでいった。外界のざわめきが遮断され、自分の呼吸音だけが、閉ざされた小さな世界を満たしている。何かしらの答えが見つかるまで、こうやって静かにしていよう――そう決めた矢先。


「んんっ!」


 背後から突如として重みのある衝撃が走った。身体は前へと押し出され、両手と膝が地面に叩きつけられる。瞬間、すっと透き通った感覚がした。どこか清涼感のある雰囲気を感じる。地面を見ると先ほど置いた木の枝の上を跨るような姿勢になっていることに気がついた。足は結界の外、腕と頭は結界の中。


「どぉ?なんか気づいた?」


 ……明確に何かが分かったわけじゃない。けれど、こっちとあっちではどこか雰囲気が違う。何を感じとっているのか、これがなんの違いなのか全く分からないけれど、何かが違う!

 メラスの声に、やっと何か掴めそうな感覚に、喜びをあらわに顔を上げる。尻尾を高々と掲げたメラスが、ご機嫌に私の目の前を横切っていくのが視界に入った。

 メラスのゆく先には人間の足が4本。更に顔を上げると、ぽかんとした雅さんと、口を押さえて笑いを堪えているパナがいた。


「なんちゅう顔をしとるんだ。くくくっ」


 変顔のまま四つん這いになった不格好な姿を二人に見られていることに気づき、途端に顔が熱くなる。

……恥ずかしすぎるっ……!!

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