11 仕事場にて、魔女を見る
十五分で着くはずの道のりだったが、坂道が長くて三十分もかかってしまった。これは思ったよりリハビリの必要性を感じるな……。
相変わらずおどろおどろしさを感じる表玄関に着いた。玄関の階段の上に、根菜や木の実、名前の分からない草花がこんもりと積んであった。それらを抱えて、パナにもらった鍵を使って玄関を開ける。
これは大蛙が言っていた酒代わりのお礼の品だろうか。とりあえずダイニングテーブルに置いて、二階の自室に向かう。すると、董の部屋から雅さんが出てきた。
「おかえり、鏡花ちゃん。体調は大丈夫?学校楽しかった?」
「はい!久しぶりに友だちに会えて、顔が痛くなるくらい笑いました」
「ふふ、それはよかった」
いつもはきらきらオーラを放っている雅さんが、なんだかくたびれていて、けだるげだ。しかも、なんだか変な香りがする……香水?香辛料?植物系のきつい匂いだ。
「雅さん……大丈夫?疲れてるの?」
「鏡花ちゃんは優しいねぇ。ちょっと寝たから大丈夫だよ。」
「そう……?」
「鏡花ちゃん、魔女に興味があるんだったよね。今パナセアが "魔女" の仕事してるから見に行こうか」
「魔女の仕事!?見たいです!」
「うんうん、元気でよろしい。着替えておいで、匂いがつくから……」
急いで部屋に戻って上下スウェットに着替える。さっきのきつい匂いが下の階に続いていたので降りてみると、大蛙の贈り物を手に取る雅おじさんがいた。
「これ、もしかして玄関にあった?」
「はい。大蛙さんの贈り物かなと思って持って入っちゃいました」
「うん、ありがとう。これはパナのところに持っていこうか」
雅さん、歩き方がふらふらしてるけど本当に大丈夫なのだろうか……?
ランドリールームから裏庭に出て、山の方に進む。二階から見た時は畑の向こうには何もなかったけど、どこに向かっているんだろう。もしかして、結構歩くんだろうか。木漏れ日と木々の間を吹く風が心地いい。遠くに紅葉し始めてグラデーションになっている木々が見え、秋の訪れを感じる。
ふと、雅さんが足を止めてこちらを振り返り、手を差し伸べてきた。
「ここ結界があるから、手を繋ごうか」
結界?魔女っぽい……!私の眼には何も見えないけれど、ここに結界がある?手を繋ぐことで結界をどうにかできるんだろうか。差し伸べられた手をそっと握る。雅さんに導かれながら一歩二歩踏み出すと、がらっと空気が変わった。
暗い。この森は、こんなに鬱蒼としていただろうか?いやそんなことはない。さっきまで木漏れ日に心地よさを感じていたのに、今は頭上をびっちりと大樹の枝と葉が覆っている。何が起きているのだろう。人智を超えたナニカに心が震える。どうしようもなく、ぞくぞくする。
「平気?うーん……やっぱり鏡花ちゃんは素質があるなぁ。私が初めてここに入った時は気を失ったよ」
「大丈夫、か分からないです。さっきと全然違う場所に見えます。私、頭がおかしくなったわけじゃ、ないんですよね?」
「うん。これもまた現実だ。ちょっと深呼吸してから進もうか。はい、吸って……吐いて」
雅おじさんの声に従って深呼吸をする。湿気た森の匂いを胸いっぱいに吸う。ちょっと待って、吐いて。吸って……ちょっと待って、吐いて。……うん、まだ理解は及ばないけど、落ち着いた。
「雅さん、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「うん。それじゃあ行こうか」
獣道のように踏み倒された部分を進んでいく。草も適度に生えていたはずなのに、もう足元も見えない。力強く生えた草に足を取られそうだ。ずっと手を握ってくれているのがありがたい。
けもの道の先には、ひと際大きな樹があった。扉や窓がついており、変な形の煙突が何個も樹の中から突き出ている。珍妙な建物に、呆然とする。子どもの頃にツリーハウスを夢見たことはあったけれど、これは私の想像なんかは優に超える代物だ。扉の向きも窓枠も歪んでいる。どうやって作ったんだろうか。不思議な造りをしている。
「ここがパナセアの仕事場。さぁどうぞ。足元気を付けてね」
扉を開けて中に入ると、独特な匂いに包まれて思わず鼻をつまむ。
パナセアが部屋の中央で大釜を覗き込みながら、中身をかき混ぜていた。目が爛々と光っているのが見える。今朝、あんなにボロボロの様相だったのが信じられないほど、活力がみなぎっている様子だ。
青色の火が轟轟と燃え、大釜からはボコボコと異様な音がしている。
どこからどう見ても……これは、魔女だ!
入ってきたわたしたちに気づく様子はない。
「もうちょっと、ほんの少し、これを入れて……」
ポッと釜からキラキラした煙が出る。
「これもいるか……」
ポフッと先ほどより大きな煙が出る。キラキラが舞い散る。
「あぁ、あとこれだ……」
突如、
ボフーーーーーンッと、爆発が起き、部屋中に風と煙が広がった。
――本当に、何が、起きたんだろう。私の体を支えてくれた雅さんは呆れた目でパナセアを見ている。
「それは?何ができたの?」
「雅!いいことを聞いてくれた!そう、これは……何に効くんだろうか?……メラス!どこだ!」
顔を上げたパナを見て驚く。もともと若々しかったけど、今は少女のような顔立ちをしている。若々しいどころではない。とんでもなく、若返っている。
どこからか、黒猫が現れた。パナはその猫を抱き上げて、口元に大釜の中の液体を付けた指を差し出した。猫がぺろぺろと指を舐める。
「これは、肺の中をきれいにしてくれる薬だぞ。ふんっ。呼吸がしやすい。肺活量も増えた気がする」
猫が、喋った……。猫が、喋った……!
しかも黒猫。魔女っぽい!
「おぉ、それは、売れるな!雅、今から瓶詰めするぞ!メライナ!お前も手伝え!」
もう一匹、黒猫が現れた。
「今日ちょっと多いよぉ……もう眠いんだけどぉ」
こちらの猫も喋っている。
何が何やら分からない。
けど、今日はもう、驚かない気がする。