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魔女の家  作者: お茶菓子
10/12

10 バスにて、下校

 放課後、下校を促すアナウンスと音楽が流れる。

この学園の初等部では、放課後に学校に残ることは許されない。中等部からは、課外活動や部活動、自己学習のために放課後も学校に残る生徒がたくさんいる。しかし、初等部では子どもはさっさと帰りなさいと言わんばかりに帰宅を促される。


 東回り便のバスが停まっている駐車場に向かう。今までこの道を一緒に歩くのは千鶴だったが、今日からは巴と帰ることになる。西回り便は先に出発するため、千鶴とは下駄箱で別れた。何度も振り返って寂しそうな悔しそうな顔をする千鶴を見て、笑ってはいけないと思いつつ可愛らしい姿に結局笑ってしまった。


 珍しいことに、巴が私の手を握って、ゆるく前後に揺らしながら歩いている。ご機嫌な様子だ。


「あと半年、登下校の時間は私の独り占めね。ふふ」


「私も巴のこと独り占めできるってことだ」


「あら私たち相思相愛ね」


「それはどーかなー!!」


 後ろから大きな声がして振り返る。走ってきて私たちの間に割り込んできたのは、巴の妹、久遠凛(くおんりん)ちゃん。小学1年生。肩あたりで切りそろえたおかっぱがかわいらしい快活な女の子だ。

 凛ちゃんは私たちの手を握って一緒に歩きだした。


「お姉ちゃんの左手は私専用なの。つまり私の右手はお姉ちゃん専用。左手は空いてるから、しょうがないから、きょうかとも手を繋いであげる。嬉しいでしょ」


「ウン。凜ちゃんアリガトウ」


 非常に満足げな凜ちゃん。巴と違い、凜ちゃんはつないだ容赦なく手をぶんぶんと前後に振る。

途中からは反撃とばかりに私も腕を振る。腕の長さが違うんでね!私の方が強いのだよ!凜ちゃんも負けじと応戦してくる。


 凜ちゃんとの密かな戦いを楽しんでいたら、巴に残念な子を見る目で見られた。

 あら、私たちの戦いに気づいていたのね、巴さん。


 私たちは何を言われたわけでもないけれど、暴れさせていた腕をすっと真下に下ろした。

 巴さんが怖いからじゃありませんよ。えぇ。私たちはただ何となく、淑女とはどうあるべきかを思い出しただけです。えぇ。


 バスに乗り込むと、当然と言わんばかりに巴の隣には凜ちゃんが座ったので、私はその後ろに失礼する。


「せっかく一緒のバスになったのにごめんね、鏡花」


「いえいえ、新参者は自分の立場をわきまえておりますゆえ、かまいませんよ」


「うむ!よろしい!」


「ちょっと凜」


「あはははは!凜ちゃんお返事上手いねぇ」


 学校に来るときには不安な気持ちがあったけど、巴たちのおかげですっかり明るい気持ちにさせられた。私は恵まれているなぁと幸せを噛みしめる。帰ったら、パナさんと雅叔父さんに聞いてもらおうと、今日あったことを思い返す。朝、一瞬もやっとしたこともあったけど、久しぶりの学校は楽しかった。

 みんなと話したことを頭の中で反芻していると、突然、



「おい」


 と話しかけられた。

 見ると通行路には玖条高嶺と、いつも高嶺にくっついている腰巾着くん。


 声をかけてきたのは腰巾着、田中実(たなかみのる)くんだ。


「何?どうかしたの」


「そこの席はいつも高嶺君が座ってる席だぞ!」


 巴があちゃーという顔で見てくる。


「えっ、こっちのスクールバスって指定席なの?」


「いや、そういうわけじゃない……けど!高峰君の座る席なんだ。だからっ」


 なんだ。指定席じゃないのに勝手に彼の席だと主張しているのか。めんどくさいなぁ。


「退こうか」


 立ち上がろうとすると、高嶺に制止された。


「いや、いい。隣座るぞ。」


「高嶺君!?」


「みのる、ありがとう。でも早く来なかった俺らが悪いんだから。あそこも空いてるぞ」


 ちょっとしょんぼりした田中君は、高嶺が指した席に向かった。ちょっと申し訳なく感じる。


「大丈夫?田中君、高嶺と一緒に座りたかったんじゃないの?私全然席変わるけど。」


「いいんだ。きょう……黒羽に聞きたいことあったし」


 もういいじゃん。鏡花と呼びたまえよ。君。


「スマホ、新しくなって連絡先無くなったんだろ。」


「うん。え、何、高嶺のはもうもらったよ。……忘れたの⁉もうそんなお年ですか⁉」


 大げさに驚いて見せると小突かれた。


「ばっ、ちげぇよ。俺のじゃなくて、椿(つばき)の連絡先も消えたってことだろ……聞きに行くのについて行ってやるから、明日高等部行くぞ。」


「別に、高嶺が椿さんのアカウントをアプリ内で共有してくれたら一瞬で終わるんだけど」


 椿さんと言うのは、高嶺の姉である深雪さんの親友、白瀬椿(しろせつばき)さんだ。名前の通り、つばきのような色気の漂う高等部二年生だ。長身にすらっとした体に、力強さと優雅さ兼ね備えた美人。陸上部で鍛えられた健康的な体に宿る色香に、私もいつもやられそうになる。

 私も、というのは、他にも椿さんの魅力に魅了された人々がいるからだ。そのうちの一人が、玖条高嶺。10歳の頃、初めて椿さんにあった高嶺が、いかに椿さんが素敵な人かを興奮気味に語ってきたのをよーく覚えている。椿さんのいないところではドン引きするほどよく語るくせに、椿さんを前にすると、高嶺は照れてしまってうまく話せないほど、椿さんにぞっこんだ。


 そう。高嶺の初恋から今まで続いている想い人は、白瀬椿さんなのだ。


「椿さんに会いたいからって、私を理由に使わないでよ。私も会いたいけど」


「お前も会いたいならいいじゃねぇか」


 私だって、椿さんのことは大好き。会える機会があるなら、いっぱい会いたいし会ってる。何なら高嶺より私の方が椿さんと仲がいい自信がある。高嶺が知らない椿さん情報だっていっぱいある。

 深雪さん、椿さん、私の三人で遊園地に遊びに行ったときの写真を学生手帳からちらつかせてみる。ちらっ、ちらっ。釣れた!横目でこっそり見ているつもりだろうが、全然ばれてるぞ。羨ましいでしょう。そうでしょう。


「……それ、いつのだ」


「去年のクリスマスシーズン、夢の国デート。白ニット姿の先輩、かわいかったなぁ」


「俺にも印刷しろ」


「やだ。フィルムカメラだからデータないし」


「写真撮らせろ」


「やだ。何かが減る。」


「減るか!……それ、くれ」


「やだ。第一、深雪さんに言えばいいじゃない。私よりいっぱい持ってるよ」


「姉貴には揶揄われるから言わない。俺が椿のことす……き、だなんてばれたら、どうなることか」


 もう、ばれてますけどね。私が言いました。ハイ。何なら、その時に高嶺が椿さんを好きなこと以上に驚くことを教えてもらった。でも、優しい私は高嶺を気遣って、その驚きの事実も、お姉さんに報告済みなことも言いませんとも。えぇ。


 バスが東の端の停留所に停まる。ここからは北周りで学校に戻る経路だ。私と高嶺はここで降りる。

巴と凜ちゃんにさよならの挨拶をして降りる。降車する時、乗務員さんに学生手帳を見せるタイミングで高嶺がスリーショットの写真を狙ってきた。危ない、危ない。


 高嶺の家はお手伝いさんが停留所まで迎えに来ていた。私はここから15分ほど歩いて帰る。山道がちょうどいいリハビリになりそうだ。

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