1 病院にて、目覚め
初投稿となります。右も左も分からない初心者ですが、どうぞよろしくお願いします。
「まだ小さいのにねぇ。かわいそうに……」
「障害が残ったら大変よね」
「俺んとこでは面倒見れんぞ。お前んとこ、どうだ」
「うちも無理よ。息子二人で手一杯。しかもあの子気味悪いじゃない」
「おい。分からんでもないが、そういうのは……」
意識の奥底から、ゆっくり浮かび上がる感覚があった。
重いまぶたをわずかに持ち上げる。
カーテンに囲まれたベッドに寝かされているみたいだ。
視界はぼやけていて、輪郭の曖昧な影が揺れている。
頭がぼんやりして、大人たちの低い話し声が遠くに響くように聞こえる。
……ここは病院?
体のいたるところが痛い。少しも動かせる気がしない。
まるで自分の体が別のもののように重く、鈍い違和感がある。
「失礼しまーす。点滴交換に来ましたー。ちょっとそこ通りますね。鏡花ちゃん、開けますよー」
シャッとカーテンが開き、スクラブを着た看護師らしき人が入ってきた。
「あ、起きてたんだね。痛い?鎮痛剤いれようか。まず、体温測りますねー」
その声に、気まずそうな顔をした大人たちが部屋を立ち去るのが見えた。
そんなとこで、話してるのが悪い。
頭がはっきりしてくるにつれて、ずきずきとした痛みが脳を突き刺す。
頭を駆け巡る血管の拍動を強く強く感じる。
どくん、どくんと血が巡るたびに強い痛みに襲われる。
痛みに耐えながら、看護師さんがあれやこれや手際良く処置を進めるのをぼんやりと眺める。
「っ…………!」
突如耳鳴りが響いた。
キーンという高い音とともに、濁流のように大量の記憶が流れ込んでくる。
頭の中を何かが駆け巡るような感覚に、めまいがする。
「四十度!?大変、すごい熱。鏡花ちゃん、先生呼んでき――」
記憶の波にもまれながらも、状況を理解し始めた。
あぁ、そういうことか――転生、したんだ。
意識が遠のいていく。何かに引っ張られるように、再び深い眠りに引きずり込まれた。
***
私は、激務の末に過労死したOLだった。
特に大きな出来事もなく、平凡と言えば平凡な人生。それでも、それなりに充実していたと思う。最後の記憶は、締め切りに追われて残業が続いた後、明け方家に帰ってきて玄関で倒れこんだ瞬間。おそらく、そのまま生を終えたのだろう。
今の私は、黒羽鏡花、11歳、小学6年生。
厳格な父とおしとやかな母のもとに生まれた一人娘。
交通事故にあって、大怪我をしたのだと、思う。事故が起きた時の記憶は不鮮明だが、大きな音がして息ができないくらい大きな衝撃を受けたことだけ覚えている。運転席と助手席に座っていた両親は、親戚の大人たちがあんな噂話をしていたのを考えると、生きていたとしても絶望的な状態なのだろう。
悲しいような、なんともないような。記憶と感情がぐっちゃぐちゃで、何をどう受け止めればいいのか分からないまま、時間だけが過ぎる。
これはいわゆる転生というものなのだと思う。転生なんて物語の中だけの話だと思っていた。
しかし実際、私の体はOL時代より二回りも小さく、若白髪をごまかすために染めていた焦げ茶の髪はつやつやの真っ黒になっている。何より平凡な黒っぽい瞳は日本人離れした灰色の瞳に変わっており、顔立ちだって全くの別人だ。
見慣れているような見慣れないような、この目で自分の姿を見るたびに、これからこの体で生きていくことが現実なのだと自覚せざるを得なかった。
この灰色の瞳が気味悪いのか、私にかける言葉が見つからないのか、着替えを持ってきてくれる伯母は最低限の会話で逃げるように帰ってしまう。まるで腫物のような扱いだ。
定期的に訪れてくれる伯母が、入院生活中に心の慰めになってくれるのではないかと淡い期待を抱いていたが、それが態度に出ていたのか、より遠巻きにされた気さえする。
ピクリとも動かなさそうだった体は、若さゆえかみるみるうちに回復し、リハビリの甲斐もあって支え無しに歩けるようになった。
少しでも進捗があると、先生たちが大げさに褒めてくれるのが恥ずかしくもあり嬉しくもあった。
病院の人たちはとても優しくしてくれる。それに子どもらしく甘えられない自分が、歯痒い。
退院の日が近づいてきたとき、両親が亡くなったこと、二人の葬式は私が入院している間に済まされたことを伝えられた。
やっぱりそうなんだ、としか思わなかった。
うっすらとしか覚えていないが、あんな状況で生き残れたら奇跡だ。
気遣わしげな看護師さんに、苦笑いを向け、続きを促す。
ーー泣いた方がよかったかな
看護師さんの話によると、迎えに来るのは、父方の祖母。
父がほとんど語らなかった、遠い存在の人。
私の記憶の限りだと、私は祖母に会ったことがない。父曰く、母親らしくない人。父も、あまり祖母と過ごした思い出がなかったのだそうだ。
そんな人が、果たして私を受け入れてくれるのだろうか。それとも、あの病室での大人たちのように、伯母のように、やはり私を煙たく思うのだろうか。
前途多難だなぁ。
***
退院当日。
「あんたが鏡花だね。シャキッとしな。さっさと帰るよ」
病室の扉の前に立っていた祖母は、想像もしえないファンキーな人だった。
艶やかな白髪をシンプルなシニヨンにまとめ、サングラスを前髪の上に押し上げている。すらりと長身に、黒いライダースジャケットとレザーパンツ。
髪色を除けば、とても ”おばあさん" には見えない。ワイスピに出ていても違和感がなさそう。
本当に祖母なのか。叔母の間違いではないか。
いったいこの人は何歳なんだろう……?
そして何よりも、印象的なグレイの眼。私の瞳は祖母譲りだったのか。
鏡越しで見る自分の瞳よりも、透き通ってきらきらして見える。
何もかも見透かしてきそうな透き通ったグレイの瞳――
「ほら、お世話になりました、くらいちゃんと自分で言いな。まったく、慶次の教育はどうなってんだ」
呆然としていた私に、祖母が鋭く言い放つ。
ハッとして、慌てて病院の先生や看護師さん、理学療法士さんに向き直り、深くお辞儀をして感謝の言葉を伝えた。
「どうもありがとうございまし、たっ‥⁉︎」
頭を上げる前に祖母は容赦なく私の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。
引きずられるように出口へと向かう。
え、ちょ、病人に対して、乱暴じゃないですか!?
若干引き攣った笑顔で手を振ってくれる病院の方々に、必死で手を振り返す。
その調子で駐車場まで向かい、かわいらしい小型の車の前で祖母は止まった。
「あのっ、お迎え、ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
「孫ねぇ。いつの間にこんなに大きくなったんだ。人間の成長は早いもんだね。車、開いてるからさっさと乗りな。あんたの住んでた家にあった服やら雑貨やらは、もう私の家に届いてる。買い物に寄るから、他に生活に必要なもんがあったら言いな。
……返事は??」
「はいっ!分かりました!」
思ったより優しい人……な気はする。怖いけど!!