プールの向こうのイタズラっ子
プールでひとしきり泳いだあと、私は心地の良い疲労感に包まれてプールサイドのベンチに座った。フゥと息を吐き顔を上げると、向かいのプールサイドに座る男性と眼が合った……えっ?
その男性も驚いた顔でこちらを見ていたが、ホンの少しして、
「直子せんぱーい!」
と声を上げて大きく手を振った。え、うそ。あれって水泳部の後輩・宮園潤じゃない? 潤くん、こっちに出てきてたの? うわぁ、こんな偶然って……そりゃ、ここは水泳経験者が集うプールだけど……とにかく、すぐに潤くんと話したい。このままプールに飛び込んで横切ってしまいたかったが、さすがにそれは出来ない。ベンチから立ち上がり、潤くんのもとへ向かうためプールサイドを走った。
潤くんもきっとこちらに走って来てるよね。そう思って、潤くんのほうを見ると……アレ? 私と逆方向へ走っている。戸惑って立ち止まったら、潤くんは親指を上げて舌をペロリと出し、泳ぐジェスチャーをしてスタート台をゆびさした。ああ、これは「僕の泳ぎ見ていてください」ってヤツだ。懐かしいけど……私はすぐに話をしたいんだ……意地悪な後輩め。
私は仕方なくスタート台の反対サイドに立ち、潤くんが泳いで来るのを見ていた。潤くんは本当に意地悪なイタズラっ子だ。よく私のスイムキャップを取って走って逃げた。そのたび、ビート板でバシバシと叩いて「子供みたいなマネしないの!」って叱った……ああ、楽しかったなぁ。
そして、私が卒業の最後の挨拶で部を訪れたとき、潤くんは大きな体を震わせてわんわんと泣き、
「僕、直子先輩のこと好きです!」
って言ったんだ……私は、
「ありがとう」
とだけ。本当は「私も潤くんのこと好きよ」って言って、泣いている潤くんを抱きしめたかった。でも、そんな勇気はなかった。潤くんのことを好きだったのに……
豪快な泳ぎで、潤くんが近づいてくる。さあ、上がって来なさい。懐かしい話をいっぱいしましょう。「卒業のとき私のこと好きって言ったよね~」とか。今ならもう笑い話にできるわよね?
しかし、潤くんはプールから上がらなかった。そのままターンをして私から離れていったのだ。私は一瞬、呆然となり、その姿を見ていたが、すぐに気がついた。イタズラっ子め! また先輩をからかって!
私はプールに飛び込み、泳いで潤くんを追った。もちろん追いつくはずなどない。でも――
「追いついたら、思いっきり抱きしめてやるんだから!」
そう思っていた。






