29話 恋する少女、阻止しろ少年
俺たちの目の前には、巨大なアスレチックジムがそびえ立っている。初めて見るならテンションも上がるだろうが、2度目ともなると正直そこまで興味は湧かない。
「あれ、相当高いぞ……」
若狭さんがアスレチックを見上げた瞬間、その場でピタリと固まった。表情は青ざめている。
(そういえば、この人、高いところが苦手だったよな……)
前回も、アスレチックでは若狭さんが終始ダメになっていて椿芽は響に特に目立ったアクションを起こすことなく最後のジップラインだけだった。
「ありゃ、朱音ちゃん高いとこダメそ?」
椿芽が、心配そうに若狭さんに声をかける。
「うう……うん」
若狭さんは力なくうなずいてた。
俺たちはアスレチックの階段を登り、第1ステージの丸太の吊り橋に挑むことになった。前回と同じく、椿芽と鈴木が先に橋を渡り、クリアしていく。
俺の番が来て、慎重に丸太の上を進む。一歩、また一歩――前回の経験を思い出しながら足を運び、最後の1つの丸太で足を止めた。その瞬間、強風が吹き荒れる。
(ふ……)
一度経験した身だ。こんな罠に2度も引っかかるわけがない。風が収まるのを待ち、タイミングを見計らって最後の丸太を飛び越える。軽やかに着地し、待合場にたどり着いた。
「風を読むとは……なかなかやりますね……」
先にクリアしていた鈴木が感心したように言う。
「まあな」
俺は軽く応じて肩をすくめる。
その後、響が橋を渡り終え、少し遅れて若狭さんもゆっくりと慎重に丸太の上を進んでいく。その足取りはおぼつかなく、見ているこちらがヒヤヒヤするほどだったが――なんとか無事に渡り切った。
次のステージに移動する。次は綱渡りに近いアトラクションで、見た目にもかなりスリル満点だ。
(まあ、ここは前回も何事もなくクリアしてたステージだけどな)
「ここもスリルあって面白そうですねー」
鈴木は軽やかに言い放つと、迷いも恐れもなく綱を渡り切った。その姿に感心する暇もなく、俺もそれに続いて挑戦。前回の記憶を頼りに慎重に足を運びながら、何事もなくクリアする。
その後、響も難なく渡り切り、俺たちは待合場で合流した。
「うう……」
振り返ると、若狭さんがゆっくりと綱を渡っている。その足取りは頼りなく、見るからにおっかなびっくりだ。
「朱音ちゃん、あとちょっとだよ!ファイト!」
椿芽が後ろから優しく声をかけ、フォローするように一緒に渡っている。そのおかげか、若狭さんは何とか無事に待合場へ到着した。
「ふう……」
待合場に足を踏み入れると、若狭さんは大きく息をついて安堵の表情を浮かべる。だが、その直後――。
「よいしょ……って、うわあ!?」
椿芽が最後の最後でバランスを崩し、倒れそうになる。
「椿芽……!」
響がとっさに身を乗り出し、椿芽の手を掴む。そしてそのまま力強く引っ張り上げ、待合場へと引き寄せた。
「ひーくん、ありがと……」
椿芽が息を整えながら感謝の言葉を伝えると、響は少し照れた様子で視線を逸らし、短く応じる。
「お、おう……」
引っ張り上げた際に身を寄せ合う形になった2人は、気まずそうにお互いそっぽを向いている。
(……!?)
(ちょっと待ってくれ。俺、こんな展開知らないんだけど!?)
未来が変わっている――しかも、こんな形で。俺の頭の中は混乱でいっぱいだ。
(何が起きた? 俺なにもしてないよ!? いやなんで!?)
動揺を隠しきれずにいると、隣にいた鈴木がこちらを不思議そうに見て声をかけてきた。
「どうかしましたか? 佐藤くん」
「い、いや、なんでもない……」
慌てて誤魔化しながら、俺は心の中で焦燥感を募らせる。
その後も俺達は次々とアトラクションを攻略するのだが……
「ひーくん、平気……?」
「おう、ありがとな椿芽」
「椿芽……」
「ひーくん……」
――なんだこの距離感。
アトラクションを進むごとに、なぜか2人の距離がどんどん近くなっていく。
普通なら、「よかったな」と祝福できる状況だ。でも、これ以上親密になられると、またあの結末にたどり着いてしまう可能性が高い。
(……喜ばしいことではあるけど、今はそれが本望じゃない)
俺は唇を噛みしめながら心の中で葛藤していた。椿芽には申し訳ないが、ここで何とか釘を刺さないといけない。
そう思いながら進んでいくと、アトラクションの最終地点、ジップラインにたどり着いた。
「悟くん、悟くん。私、悟くんのおかげで今日いい感じだよ」
「お、おう、そうか……」
椿芽が俺の隣にやってきて、小声で耳打ちしてくる。その無邪気な笑顔と言葉に、猛烈な罪悪感が俺を襲った。
(なんでこんな、純粋に恋をしている子の邪魔をしなきゃいけないんだ……?)
胸が痛む。だけど、何かしなきゃこのままじゃ――。
「だ、大丈夫悟くん……?」
「……少し頭冷やしてただけだよ」
「それ、頭冷やすんじゃなくて、頭ぶつけてるだけだから!」
気づけば俺は近くにあった柱に頭を何度も打ち付けていた。自分の情けなさと、この状況への不甲斐なさに耐えられなくなっていたのだ。
「と、とりあえず私、今からひーくんと一緒にジップライン降りようと思ってるんだ」
椿芽が不安そうな顔で俺を見ると、決意を固めたように言った。
「悟くんが1歩でもいいから前に進もうって言ってくれたから……私なりにだけど、頑張ってみようと思うんだ。小さな1歩でも積み重ねれば――」
椿芽は小さくガッツポーズをしてみせる。その仕草はなんというか……恐ろしく真っ直ぐで、愛おしさすら感じてしまうほどだ。
「そうか……」
(いや、いやいや! 俺、感心してる場合じゃないから!)
心の中で叫びながらも、俺は椿芽の勇気を改めて実感する。今この瞬間、彼女は“1歩どころか100歩くらい進みまくってる”んじゃないかと思うくらい、凄まじい前進力を見せていた。
その後、ジップラインをやろうとしていた響に椿芽が詰め寄っていた
「やーん、ひーくん、私これ怖い……!」
「はあ?」
響はドン引きの表情を浮かべる。なんともぎこちない演技で「怖い」をアピールする
「怖いから、一緒に降りようよ!」
「いや、どう考えてもこれ1人ずつ降りるやつだろ」
響は、椿芽の無茶な提案に真顔で突っ込む。
「できますよ」
「へ?」
「2人で降りることも、できます」
「いやいや、どう見ても……」
「お二人が身を寄せ合ってくだされば、問題ありません」
頂上にいたスタッフが、なぜか謎のフォローを入れてきた。
「いやいやいや、そもそも密着して男女で降りるってのは……」
「よし、なら俺と降りるぞ」
「は?」
響が目を丸くする間もなく、俺はやけくそで彼に飛びかかった。安全器具? そんなもの確認している暇はない!
「おい、悟、何やって――」
響が慌てて声を上げるが、それを無視して俺は勢いよくジップラインを動かす。
「なーーーーっ!」
後ろで椿芽が変な声を上げているのが聞こえた。振り返れば、唖然と立ち尽くすスタッフの姿。だが、俺たちを止められる者など、もはやこの場にはいない。
「「うおおおおおぉぉおおおおおお!!」」
俺と響の絶叫が園内にこだまする。ジップラインは勢いよく加速し、風が肌を切るように吹き抜けていく。
「お前何してんだよ! 死ぬだろこれ!」
響が怒鳴り声を上げるが、俺はひたすら無言でジップラインを握りしめた。いや、こっちだって必死なんだよ!
(これでいいんだ……いや、いいんだよな!?)
自問自答を繰り返しながら、俺たちはただジップラインに身を委ねて降り続けた。




