16話 温かな食堂で
「ここか……」
夕方、椿芽が教えてくれた場所を頼りに、商店街の一角にある食堂を見つけた。ちょうど駅近くの通り沿いにあって、外からもほんのり温かい光が漏れている。窓からはちらりと忙しそうに動き回る人の姿が見え、どこか懐かしさを感じる木製の看板がしっかりと店の入り口に掲げられていた。
夕飯時とあって店の前を通りかかる人も多い。活気のある雰囲気が伝わってきて、俺もなんとなくソワソワしてきた。腹をくくり、戸をガラガラと開けて店の中に足を踏み入れると、いっそう賑やかな声と匂いが俺を迎えた。
店内は家族連れや仕事帰りのサラリーマンでほぼ満席。小さなテーブルにギュウギュウと詰まって座る子供たちが賑やかにご飯を食べているのが微笑ましい光景だ。夕飯時のピークとあって、厨房からも慌ただしく注文をさばく声が飛び交っている。
「らっしゃい!」「いらっしゃいませ!」
厨房の奥から威勢の良い声が響き、振り返るとエプロン姿の中年の夫婦がこっちに笑顔を向けている。どうやら、この二人が椿芽の叔母さん夫婦らしい。
「あ、悟くん!来てくれたんだね!」
厨房から、椿芽がこちらに気づいて手を振ってくれた。エプロン姿の彼女は学校で見るのとはまた違った雰囲気で、なんだか頼もしくさえ感じる。
「どうも……」
少し照れくさくなりながら、俺も軽く頭を下げる。
「お、君が椿芽が話してた子か。今日はゆっくりしてってくれよ!」
すると、椿芽の叔父さんが気さくに話しかけてきた。
「あら、君が……カウンターになっちゃうけど、そこに座ってね。すぐにお冷持ってくるわ」
叔母さんもにこやかに目を細める。
「あ、ありがとうございます」
俺は促されるまま、カウンター席に腰を下ろした。家族で賑わうテーブル席や、黙々と一人飯を楽しむ常連客たちを眺めながら、なんだかこの温かい雰囲気に心が和んでくる。
壁には色んなメニューが所狭しと並び、どれもどこか昭和な雰囲気が漂っている。値段も控えめで、食堂の良心的な感じが伝わってくる。カウンターに置かれたメニュー表に手を伸ばし、ざっと目を通すと、定食や丼もの、麺類まで種類が豊富で何を頼むか迷ってしまう。
「忙しない店内だけど、ゆっくりしていってね」
カウンター越しに叔母さんがやってきて と、にっこり笑いながらコトンとお冷を置いてくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言うと
「どういたしまして」
と穏やかに微笑んで叔母さんは立ち去っていく。
「当店おすすめは肉じゃがです」
カウンターの下からぴょこんと頭を出してきた椿芽がと真剣な顔でおすすめしてくる。
「うお、びっくりした」
俺は思わず驚くと、
「おお、ごめんごめん」
椿芽は照れたように舌を出して謝ってくる。
「肉じゃががおすすめなのか?」
「うん!叔母さんの肉じゃがは本当に美味しいんだよ!」
「へえ……すみません!カツカレーの大盛り一つください!」
メニュー表に乗ってたカツカレーを注文をする。
「肉じゃがは!?」
椿芽がガーンとショックを受けた表情を見せる。
「カツカレー大盛り、あいよ!」
と、叔父さんが威勢よく注文を受けてくれる。
「もー、肉じゃが美味しいのに……」
とぶつぶつ文句を言いながらも、椿芽は厨房に戻っていく。
「お待たせ、カツカレーの大盛り」
叔父さんがカウンターの上にコトンと俺のカツカレーを置く。俺はそれを受け取り、湯気の立つカレーを目の前に据える。
「いただきます」
俺は軽く頭を下げ、早速スプーンで一口掬って口に運ぶ。おお、これぞ家庭の味。スパイスがガツンとくるわけじゃなく、どこか和風出汁のやさしい風味がほのかに効いていて、どこか懐かしい味わいだ。専門店とは違うけれど、この温かさがたまらない。
夢中でカレーを頬張っていると、ふいにカウンターの上にコトンと別の小鉢が置かれた。
「……??」
俺は不思議と小鉢を見つめる
「サービスの肉じゃがです」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた椿芽がと言ってくる。
「いや、カレーと肉じゃがはさすがに合わんやろ……」
「カレーも肉じゃがも、元を辿れば同じさ!」
椿芽は、したり顔で言い放つ。
「本当か……?」
「作る工程は途中まで同じだから!」
椿芽は得意げに、まるで勝ち誇ったようにピースをする。
「こら、椿芽、勝手なことしない!」
その様子に気づいた叔母さんがカウンターの奥からやってきて、と軽く叱りつける。
「ご、ごめんなさい……」
バツが悪そうに椿芽は小さく縮こまる。
「佐藤くん、椿芽のわがままになっちゃうけど、もし良かったら食べてみてくれる?」
叔母さんは俺の方を見ると優しく勧めてくれた。
「え、良いんですか?」
「ええ、椿芽の気持ちをね、ちょっと受け取ってほしいな」
「では、お言葉に甘えて……」
俺は箸でじゃがいもを掴み、味が染みて崩れそうなそれを口に運ぶ。
「美味しい……!」
思わず声が漏れる。ホクホクとした食感に加え、優しい味が口いっぱいに広がる。椿芽がやたらと推してくる理由が少し分かった気がする。
「やった!」
椿芽は小さくガッツポーズをして満足そうだ。
「もう、調子乗らないの……」
しかし、それを見た叔母さんにとあっさり小言を言われてしまい、
「はーい」
椿芽は照れくさそうに返事をし、小さく笑った。
「ご馳走様でした」
俺はカツカレーと肉じゃがを完食し、会計を済ませる。
「また来てね、悟くん!」
カウンター越しに椿芽がにっこりと笑顔を向けてくれる。
「また来るよ。今度は肉じゃがをメインでな」
「うん!待ってる!」
俺は店を出て帰り道に向かおうとすると、食堂の戸がガラガラと開き、後ろから声がかかる。
「佐藤さん、少し待ってくださる?」
振り返ると、出てきたのは椿芽の叔母さんだった。
「あ、どうされましたか?」
「少しお聞きしたいことがありましてね……椿芽は学校生活、ちゃんとやれてますか?」
その問いに少し驚きながらも、俺はしっかりと答える。
「はい、響……神野くんだけじゃなく、他にも友達ができて、毎日楽しそうに過ごしてますよ」
「そうですか……あの子、ああ見えて引っ込み思案だから、少し心配でしてね」
そう言って心配そうな表情を浮かべる叔母さんに、俺も少しほほえんで答える。
「確かに本人もそんなことを言ってましたけど、椿芽さんがいるおかげで、みんな楽しく学校生活を送れてますよ。もちろん、俺も」
「それを聞いて安心しました……神野くんだけではなく佐藤さんもいるなら、椿芽は大丈夫ですね」
叔母さんはホッとしたように微笑む。
「佐藤さん、またいつでもいらしてくださいね。お待ちしております」
「ありがとうございます。今度は神野くんも連れてきますね」
俺は軽く会釈し、叔母さんに礼を言ってから、夜道の中家へと向かった。




