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第9話 魔なんて本当にいるんだ……

「……神隠しって、具体的にはどういう現象なんです?」


 慎重な語調で問いかけた空燕に、盛将軍は静かに頷いた。そして、やや低めの声でゆっくりと語り出す。


「国境に駐屯していた兵士たちが……家族もろとも、忽然と姿を消すのです」


「つまり……持ち場を捨てて逃げ出した、って可能性は?」


 そう言いつつも、空燕は内心で肩をすくめていた。国境警備なんて、考えるだけで胃が痛くなる。常に神経張り詰めて、命のやり取りを最前線でやらされる。にもかかわらず、報酬は雀の涙以下。やってられない責務ってやつだ。


「私だったら、長くもたないですね。夜逃げします」


 冗談混じり、でもわりと本音でそう呟いた空燕に、盛将軍は片眉をピクリと上げて、呆れたような目線を寄越してきた。


「金品も全部置いてですか?」


「……あ、それは……確かに。妙ですね!」


 ぱちり、と空燕は目を瞬かせた。そう、妙だ。何も持たずに消える。夜逃げでも盗賊の仕業でもない。それに、人攫いにしては痕跡がなさすぎる。


「じゃあ……怨恨の線はどうです?恨みを買った相手が、まとめて始末したとか」


 首をひねる。ひねりすぎて、今にも首の骨が鳴りそうな勢いで。


「もう二十以上の家族が消えています。怨恨にしては、件数が多すぎる」


 盛将軍の静かな言葉に、空燕の首もついに限界を迎えて停止した。


「……現場に、何か痕跡は?争った跡とか、血痕とか。そういう類は」


 首を戻しつつ、空燕は声をひそめて尋ねた。その顔には、好奇心と不安のごちゃ混ぜの色が浮かんでいる。


 盛将軍はひとつ息を吐き、わずかに眉間を寄せた。


「……何もなかったのです。跡形ひとつ。だから人々は、これを“神隠し”と呼ぶようになったのです」


 それっきり、沈黙が落ちる。言葉は続かず、空気は重く沈んでいく。



 馬車の中。窓から差し込む朝の光をぼんやり見つめながら、空燕はさっきのやりとりを思い返していた。


 馬車の前方席では、金茶色の毛並みが日の光にきらきらと輝く猫が、優雅に体を伸ばしている。


「……なぁ、おい」


 声をかけても、猫はぴくりともせず。前脚をぺろぺろ舐めて、優雅に毛づくろい継続中。その様子があまりに平和的すぎて、昨日の“喋る虎”のことが、夢だったんじゃないかって気になってくる。


「この猫が『真叶』の剣霊の実体化……とか、やっぱり夢だったんじゃ……酔ってたのかな、俺……」


 ぽつりと呟いた瞬間だった。唐突に、頭の中に澄んだ声が響いた。……いや、澄んではいたが、やたら艶っぽくて、ついでに上から目線だった。


『……あんた、まだ信じてなかったの?物分かりの悪い奴ね』


 猫が毛づくろいの手を止め、ぴたりと空燕のほうへ視線を投げた。その瞳と目が合った瞬間、空燕の背筋にぞくりと寒気が走る。


「……夢じゃ、なかったのか」


 猫は鼻を鳴らし、どこか誇らしげな様子で尻尾を揺らした。


『私を呼ぶときは“真叶様”と呼びなさい』


「じゃあ、真叶様」


 素直にそう呼ぶと、


『……なによ、素直ね。誇りとか、そういうのないわけ?』


 呆れたように言われて、空燕は鼻で笑った。


「そんなもん、あったところで意味ないだろ。今は、それどころじゃないしな」


 ――そう、今はそれどころじゃない。


 どうでもいいプライドより、もっと気がかりなことがある。


「……どうなってると思う?」


 空燕の問いに、真叶はぱちりとまばたきし、静かに言った。


『魔が、集っているわね』


 その言葉に、空燕の胸がわずかに疼いた。


「やっぱり……そうなのか。台じゃ、本当に魔が“神隠し”を起こしてるのか……?」


 望んでなかった答えをぶつけられ、空燕は額を押さえた。じゃあ、それをどうやって止めればいい?俺にできるのは剣舞くらい。他には何もない。


 そんな思考に沈む空燕の耳に、もうひとつの声が落ちてきた。


『……そっちも、魑魅魍魎の仕業なのは間違いないけど。私が言ってるのは──“あの子”の影のことよ。あんたも感じてるでしょ?禍々《まがまが》しいって』

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