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第7話 色んな意味で食われそうな監視者

「嘘だ。俺は信じないぞ」


 そう呟いた空燕の声には、明らかな怯えと戸惑いが滲んでいた。額に手を当て、ふらりと視線を泳がせるその姿は、地面が崩れ落ちたような現実感の喪失に抗っているようだった。頭はうまく働かず、喉の奥がひりつき、目の前の光景だけがまるで夢の断片のようにぼやけている。


 ──その目の前には、黄金の虎がいた。


 否、真叶シェンエイと名乗る存在が、だ。


『信じようと信じまいと、私は実体を得た。……それが、動かしようのない結論でしょ?』


 冷静で、けれど呆れを隠そうともしないその声音が、どこまでも現実的だった。そんな現実に、杭でも打たれたように空燕の胸がずしりと重くなる。


「……ただの剣だったじゃないか。俺が魔とか霊とか、見えるようになっただけじゃないのか?虎は関係ないだろ……なんで、虎なんだよ!?」


 声を荒げる。震えを隠せないその問いかけは、懇願に近かった。目の前の虎を睨みつけながら、空燕は言葉を重ねる。


 だが虎──真叶は、尻尾をゆらりと揺らすだけだった。


『鎮魔師が魔や霊を「感じる」ようになった時、それらは「形」を持つようになるの。……感じなければ、勘違いで済む。見なければ、存在しないのと同じ。だからこそ、掟があるのよ。鎮魔師が魔を、霊を、感じぬよう己を縛るためのね』


 静かに語るその声には、歳月を生き抜いた者の諦観と、どこか戯れにも似た調子が含まれていた。


「嘘だろ……!?誰も、そんなこと教えてくれなかったぞ!」


 吠えるように叫ぶ。言葉は、理不尽と混乱と怒りの塊だった。誰も教えてくれなかった。そんな大事なことを、誰一人。


『……教えたところで、どうせ守らなかったもの。先代も、先々代も。あなたで三代連続よ。呪われてるのかしらね、その無鉄砲さ』


 あっけらかんと言い放つその声音に、空燕は言葉を失った。胸がぎり、と軋む。心臓の音が、嫌なほどうるさく響いていた。


 なにか、大きなものが、自分の中で崩れている。


「でも……俺は、鎮魔司でお前を見たことなんて──」


『この姿でも?』


 真叶の言葉が終わるより早く、虎の体が黄金の光に包まれた。柔らかく、眩い輝きが部屋の中を照らし、そして──光が収束した先には、


 ──ちょこん、と。


 まるまるした金茶色の猫が、そこに座っていた。


「あっ──!!」


 咄嗟の叫び。


 記憶が、閃光のように脳裏を走った。思い出した。思い出せる。かつて、先代のもとに時折顔を出し、餌をせびっていた、あの猫だ。高飛車で、ふてぶてしくて、けれど不思議な品をまとっていた猫。だが──先代が死んでから、姿を見せることはなかった。


「……先代が死んだから、実体を失ってたのか?」


 そう呟いた空燕に、金茶の猫──真叶は満足げに頷いた。


『ようやく分かったみたいね。気づくのが遅すぎるのはご愛嬌ってことで』


 冗談めいた口調の奥に、静かな感情が潜んでいた。


『私の役目はね、魔や霊を感じるようになった鎮魔師が、魔に飲まれないように見張ること。もし、魔に魅入られて……鎮魔の責務を果たさなくなったなら──』


 その言葉に、空燕の喉がひくりと動いた。生唾を飲み込む音が、異様に大きく響く。


 真叶の目が、細く、鋭くなる。どこまでも無邪気に、けれどその奥には、冷ややかな本質が潜んでいた。


「あれば?」


 掠れるような問い。


 猫は、一度ぱちりと瞬きした後、ぺろりと、舌を出した。


『――貴方を、食べちゃうわよ?』


 その仕草は、ただの猫のいたずらにすぎないはずだった。けれど、空燕の背筋に走ったのは、確かな恐怖だった。冷たい汗が背中をつたい、皮膚が泡立つような感覚が、じわりと全身を蝕んでいくのを感じた。


 冗談じゃない。いや、冗談であってくれ──!

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