第6話 “剣霊”って何ですか?
「ギャ~~~~~~ッ!!」
魂の底から迸るような、空燕の絶叫。だが、それに対して返ってきた反応は、悲しいほどに現実的だった。
──どすんっ。
まるで天からの制裁のように、信じられないほど巨大な肉球が、ふわっと柔らかくも圧倒的な重量感で、空燕の顔面に容赦なく覆い被さったのだ。見事なまでの顔面クラッシュ。頬骨がミシッときた(気がした)。
(えっ……!?何これ何これ何これ!?死ぬ、俺、顔潰れて死ぬ!!)
しかも、そのふわふわな肉球には、殺意の予感を纏った爪がしっかりと収納されており──要するに、今はまだ出ていない、というだけの話だった。
『その反応、一回で充分なの。二度目は……ちょっと、許容範囲超えたかも』
空燕の顔を潰してる犯人が、そんなことをしれっと口にした。声は、妙に低くて艶っぽい。姐御系というか、姉御系というか、妙な色気のある声音だった。
(え、嘘だろ……これ、虎の声!?つーか、虎に踏まれてんの、俺!?)
正気の沙汰じゃなかった。空燕の背筋に電流走る系戦慄が駆け抜け、思考が一瞬で真っ白になりかけた。しかし、そんなことより──
(息!息できねぇ!!)
パニック状態の中、空燕は必死に両手を動かし、顔面を押さえる前足をぱたぱた叩く。だが、その様子はまるで子猫のごとき無力さ。バタバタすればするほど、情けなさと羞恥心が倍増していく。
『……はぁ〜。さすがにもう叫ばないわよね?』
肉球越しに響いてくるその呆れ声に、空燕は首を縦に振った──必死に、力いっぱい。
ようやく、黄金の虎は右前足をどけてくれた。だがその足取りは、どこか嫌悪の色すら感じられるもので、絹の敷布の上にズリッと擦りつけられるその様子を目撃した空燕の心には、謎のダメージが刻まれた。
「……えーと、どちら様で?」
恐る恐る、空燕が質問を投げかける。返ってきたのは、呆れと諦めを極めたような嘆息。
『……はぁぁぁ〜〜……。あんた、よく今までその調子で生きてこれたわね。ある意味、尊敬するわ』
そう言って、黄金の虎は鋭い琥珀色の眼を細める。冷ややかで、どこか哀れむような眼差しが、空燕を突き刺す。
『名乗っておくわ。私の名前は──『真叶』。そう、あんたの愛剣よ。正確に言えば、あんたの愛剣に宿った剣霊ってやつ』
「……へ?」
空燕は、目をパチクリさせた。そのまましばらく、停止。
「剣霊?」空燕、首を傾げる。
『そ』
「霊?」逆側に傾げる。
『そう』
「霊ーーー!?」絶叫。
『しつこい!!』黄金の虎、ガオーッ!と低音で怒鳴った。
「……だって、だってだって!!俺、今まで霊なんて見えたことなかったのに!?なんで今になって見えるようになってんだよ!?」
頭を抱え、軽く震えながら、なんとか正気を保とうとする空燕。虎は肩を竦めるように、前足でポンッと臥牀を叩いた。
『あんた、掟破ったでしょ?だから見えるようになったの。魔とか霊とか、魑魅魍魎とか』
完全に雑談口調だった。え、そこそんな軽く流していいとこ?
(掟……俺が破った掟……?いや、え、何のこと?俺、何かしたっけ?)
だがその説明は、まるで夢の中で語られているかのように、空燕の耳には届かなかった。理解を拒むように、思考が逃げ出していた。