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第3話 再会からの買収

 荷をまとめていた手が止まる。

 乾いた音が、控えめながらもしっかりと耳に届いた。


 ──コン、コン。

 それは、誰かが門を叩く音だった。


 こんな寂れた鎮魔司に用がある者なんて、限られてる。役人か、それとも……まあ、たぶん役人だろう。

 特に緊張感もなく、空燕は手を止めて扉の方へ向かった。


「はいはい、どちら様かな〜」


 ギィ、と年季の入った扉を開く。油の切れた蝶番が、不機嫌そうに鳴いた。

 目の前に立っていたのは、煌びやかさはないが品のある布地をまとい、飾り気はないのに妙に存在感のある剣を腰に下げた男。

 大柄な体に整った顔立ち……って、待て。


 ──おい、こいつ……!


 思い出すまでもなかった。ついさっき、あの妓楼で見たばかりの顔だ!


 「あ、あああ──!!」


 向こうも空燕に気づいたようで、派手に声を上げやがった。


◆◆◆


 ──声デカすぎる!

 案の定、近所の好奇の視線が集まってきそうな気配。これはまずい。


「ちょ、こっち来いっ!」


 空燕は男の袖を掴むと、無理やりにでも門の内側へと引っ張り込んだ。


 中に入ってきた男は、薄暗い鎮魔司の中を興味津々と見回す。

 古びた壁に、踏めばきしむ床板。空気に染みついた線香の匂い。──こんな所に物好きにも足を運んだ男は、ふと正気に戻ったように、空燕へ向き直った。


「私は湊国にて鎮北将軍を務めております、盛子豪と申します。まさか貴殿が、鎮魔師の房殿であったとは……鎮魔式でお見かけしたときとは、随分と印象が違いますな」


 ──盛将軍?ああ、なんか聞いたことあるな。


 気まずそうに、それでも目の奥の驚きは隠せないままに、男はそう言った。

 空燕は苦笑しながら応じる。


「これはご丁寧に。元・鎮魔師の房空燕です。蔡国の鎮魔司は昨日、正式に解体されましてね。私もお役御免となりました。まさか貴殿が、あの湊国の名将・盛殿だったとは……。鎮魔式に貴賓としてお越しだったんですね。で?今回はわざわざ何のご用で?妓楼巡りですか?」


 言葉の端に、しっかりと皮肉を込めてやった。

 どうせこいつ、昼間あの店にいたんだ。こっちはしっかり見たぞ。


 しかし盛将軍は、図星を突かれたからか──いや、それ以上に何か言いにくいことがあるようで──急に声を低くした。


「……実はお願いがあり、馳せ参じました。ぜひ、私と共に湊国にお越しいただきたいのです」


「は?なんで私なんかが、貴方と一緒に湊国に?」


 何言ってんだコイツ?と思わず一歩、距離を取る。

 それを見逃さず、将軍は一歩、詰め寄ってきた。目には、必死さが滲んでいる。


「湊国では一昨年、新たな王が即位して以降、怪異が絶えぬのです。王も重臣も、これは魔の仕業だと……。房殿、どうか……湊国に忍び寄る魔を、共に鎮めていただけませんか?」


 ──なるほどね。

 空燕は、すとんと腑に落ちた。湊国で起きてる怪異、そいつを鎮めるために自分を呼びたいってわけか。


 でも、それは大きな──とびきり大きな誤解だ。


 空燕は小さくため息をついて、首を振った。


「……残念ですが、私は確かに蔡国の鎮魔師でしたが、鎮魔の力はありません。蔡国の鎮魔式は、儀式であって、実際に魔を視たり聞いたり、鎮めたりできるわけではないのです」


 そう言う空燕の声音には、皮肉でもなく自嘲でもなく、どこか誇りのような響きがあった。

 ──幻想だよ、そんな力は。ってな具合に。


 でも、盛将軍の顔からは、まったく諦めの色が消えない。


「いや、貴方の剣舞には、確かに魔を鎮める力がある」


「だから、ないって言ってるでしょうが」


「いえ、あります」


 おいおい、話が通じねぇ!

 否定すればするほど、木霊のように「ある」と返ってくる。どこの幽霊か。


「いや、申し訳ないが……」


 もう、ここらでハッキリ断ってやろうとした、そのとき。


「……ならば、いくらなら湊国に来ていただけますか?」


「──ッ!?」


 唐突なその一言に、空燕の目がひらく。


「金二百両。いかがでしょう?」


 二百両──。


 ごくり、と喉が鳴る。

 ──ざっと、二千万円。

 ──人生変わるやつだコレ。


 それでも、かろうじて理性を保った空燕は、最後の確認をする。


「……湊国で“鎮魔”をするにあたって、何か掟や戒律のようなものは?たとえば、肉食の禁止とか……」


 真顔で問う空燕に、盛将軍は一瞬きょとんとしたが、すぐに答える。


「湊国には、そもそも“鎮魔”という概念が存在していませんので、掟も戒律もございませんが……?」


 その返答を聞いた空燕は、満面の笑みを浮かべて、ぴたりと手を打った。


「よっしゃ!二百両で湊国に行きましょう!……鎮魔の腕が鳴りますね〜!」


 ──鎮魔の力なんてものは、持ってない。

 だけど今この瞬間だけは、それを忘れることにしよう。そう決めた空燕だった。

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