最強の門番
何か、面白い話を所望ということですか。
それでは、私が見てきた珍しい王国について、お話をしましょう。
その王国では、王様より門番のほうが偉いのです。
そういった王国のお話です。
◇◆◇
私、旅商人のアルフレッドは、世界各地を旅しておりました。
珍しいものを探して、東奔西走したり、あるいは面白そうな話を聞いて回ったり、と、気ままな商人ライフを送っておりました。
それで、私はとある王国に辿り着きました。
その王国の名前は、ローランド王国。
国に入るときは、通行書だとか、あるいは身分を証明するものが必要になります。それで、今日は少々込み合っておりまして、なかなか入ることが出来ませんでした。
そんな中、貴族の一人らしき、豪勢な馬車が通りました。
その馬車は恰も、自分が優先されるのが、さも当然といった形で、私たちを追い越していきます。
そして、門の前に止まると、貴族は怒鳴り声を上げて、門番を威圧し始めました。
「なんだ、私は名門貴族だぞ! 私を優先的に中に入れるべきだ!」
「いえ、しかし規則ですので」
その門番は、髭を蓄えた年配くらいの男性で、肉体もたくましく、凛々しいか顔つき。
もし将軍か騎士かと言われたら、恐らく騙されていたでしょう。
そんな門番と貴族の問答が続いていました。
私は、興味深く、その問答を見守っていましたが、やがて貴族は怒り出しました。
「ええい、うるさい! この私を誰だと思っているんだ!」
しかし、冷静に門番は言い返します。
「いえ、貴族様。この門を早く入りたいのは誰しも一緒。時間は身分に関係なく平等です。なのに貴方は身分によって、優先されようとしている。これは、納得できません」
すると、その貴族は顔を真っ赤にして怒鳴りました。
「ええい、うるさい! このローランド王国の貴族である私に対してなんて無礼な!」
そして、その貴族の男は、門番に殴り掛かりました。
しかし、門番も負けていません。彼は手に持った槍を使い、ひらりと、その貴族をかわすと、赤子の手を捻るかのように、貴族の腕を取りました。
「こんな往来で暴力を振るうのはやめて頂きたい!貴族は貴族らしい振る舞いをしてもらいたい」
「うるさい! うるさい!私は貴族だ!」
暫くすると、たまたま城内を視察に来ていた王様が通りかかりました。
そして、その王様はその光景を見るなり、門番に近寄りました。
私たちは息を飲みました。
貴族と言うのは、王国の中でも身分の高い地位にいます。
そして、身分の低いものが、身分の高いものに無礼を働くことは許されません。
私はドキドキしながらその光景を見続けます。
しかし、私の目の前で見たのは、驚くべき光景でした。
王様は兵隊にうやうやしく頭を下げ、何があったのかを訪ねます。
「いえ、この者が割り込みして先に門の中へ入ろうとしてきました。それを注意しました」
「ほう。それで?」
「はい。それを注意されたのを激昂して、この者が殴りかかってきたので、やむを得ず取り押さえました」
「なるほど。それは正しい対応だな。で? お前は何故ここにいるのだ?」
貴族は王様を睨みつけながら答えます。
「私はローランド王国の貴族だ!身分の高いものが先に入るのは当然だ!」
しかし、王様は貴族に冷たい視線を送りながら、言い放ちました。
「そうか。ローランド王国はいつから、身分によって優先される国になったのだ?」
その王様の一言で場が凍り付きました。
そして、その貴族は顔を真っ青にして言いました。
「い、いえ……それは」
「お前はこのローランド王国の貴族か? それとも他国の貴族なのか? もし他国の貴族なら、お前の国の泥を汚す前に、出直すんだな。もし、ローランド王国の貴族ならば、この兵士に口答えすることがどれほどの無礼か、理解しているんだろうな」
「あ、あの……その……」
「なんだ?」
「も、申し訳ございませんでした!」
貴族は慌てて馬車に戻ると、そのまま逃げるように去っていきました。
王様は門番に向き直ると言いました。
「ご苦労だったな」
「いえ、滅相もございません」
私はその光景を不思議そうに見ていました。
一見、この出来事は王様が公平に物事を取り仕切る、という美談に見えます。
しかし、どうも実際はそうではなく、この国では門番が偉いのです。
とくに、目の前にいるこの男が特別偉いみたいなのです。
私は興味を持ちました。そして、調べました
なぜ、この門番はそれほどまでに偉い理由を。
◇◆◇
元々、ウルフという名前の、この男は、元々それほど偉くはなかったと聞きます。
ごくごく普通の、自分の任務に責任を持ち、真面目に働く、そんな男でした。
そして、彼は貧乏なスラム出身だったせいもあるのでしょうか。このように城の兵士として抜擢されたことを誇りに思い、門番こそが自分の転職である、と信じていたそうです。
そんな中、とある事件が起きました。
それは、この国の王子が暗殺されかけたのです。
その王子暗殺事件は未遂で終わりましたが、王様はこの事態を重く見ました。
そして、先のウルフを呼びつけたのです。
「ウルフよ。お前に聞きたいことがある」
「はい、なんでございましょうか?」
「今日、城の近くで、何者かによって王子が暗殺されかけたそうだ。そしてその場を見張っていたのは、お前だけだったそうだ」
ウルフは、顔が青くなっていきます。
その時、ウルフは体調が悪く、門の近くで休んでいたからです。
王様は、言いにくそうに、言葉を続けます。
「ウルフよ。お前が良くやってくれているのは知っている。しかし、これは職務怠慢だと責められても仕方ない行為だ」
「い、いえ、それは……」
「少なくとも、他の兵士は納得はしないだろう。しかし、私はお前の働きぶりをよく知っている。お前は職務に忠実で真摯な男だ」
「……」
「ウルフよ。お前に暫く暇を言い渡す。その間、自分の行いを反省し、そしてこれからに生かすのだ」
「わかりました」
ウルフはそれを受け入れるしかありませんでした。
◇◆◇
しかしウルフは、暇を言い渡された後でも、近くの森で訓練に励み続けました。
きっと、ウルフは自分のことが許せなかったのでしょう。
自身が少し目を離した隙に、暗殺者を通してしまい、王子を危うき目に合わせたことを。
ウルフは熱心に、愛用の槍を振り回しました。
それは、いつもより力が入ったものでした。
しかし、その槍は空を斬りました。
なぜなら、ウルフは突如現れた男に、槍を止められたからです。
「ふむ。悪くない太刀筋だな」
「……誰だ?」
「ああ、その前に自己紹介だったな。私はヤマト。剣聖と言われている剣の達人だ。お前は?」
「俺はウルフだ」
ウルフは槍を下ろし、ヤマトに向き直りました。
そして、ヤマトも剣を鞘にしまいます。
「……剣聖? そんな人がなぜここに……」
「なに、お前の槍術が気になってな。筋自体がいいから、興味を持った」
「ふむ……」
ウルフは少し考えました。
そして、ヤマトに向き直ります。
「私の槍術が気になるというのなら、稽古をつけてくれないだろうか?」
「稽古か……まあ、いいだろう」
ウルフはヤマトと向き合います。
そして、ヤマトはウルフの構えを見て言いました。
「ほう、なかなかいい構えだな」
「それはどうも」
ウルフは槍を繰り出しました。しかし、ヤマトはその攻撃を軽くいなします。
「ふむ……筋がいいが、まだまだだな」
「なるほど……なら、これならどうだ!」
ウルフはさらに槍を速く突き出します。
しかし、ヤマトはその攻撃を軽々とかわしました。
「ふむ……悪くはないが……」
そんなやりとりが何度も続きます。
ウルフはとうとう息を切らし、そして地面にへたばってしまいます。しかし、ヤマトと言えば、汗もかいておらず、平然とその場に立っています。
ウルフは、これが「剣聖」の凄さなのか、と実感しました。
「なるほど。やはり筋がいいな。よし、お前が上達するのを手伝ってやろう」
「本当ですか?」
「ああ、私は剣聖だ。嘘はつかんさ」
こうしてウルフは、ヤマトから棒術を教わることになったそうです。
◇◆◇
こうして、ウルフは暇を貰っている間、ヤマトと共に修行をしました。
そして、給金が無い間だったとしても、貯金を切り崩し、ヤマトに月謝を払いました。
ヤマトとしては、趣味でやっていることだからだと断ったそうですが、ウルフはそのお金を払うのを譲らなかったそうです。
その律儀さに、ヤマトはますます感心し、ウルフの槍術を鍛えたそうです。
そして、月日が経ちました。
とうとう、その日がやってきたのです。
ウルフは棒術でヤマトを打ち負かしてしまったのです。
しかし、簡単にウルフは喜びませんでした。なぜなら、最初はヤマトが手を抜いたからだと疑ったからです。ウルフは、それほどまでにヤマトのことを格上だと思っていたのです。
「ヤマト殿。なぜ、手を抜いたのですか?私は貴方と対等に戦えるようになったと思っていたのですが」
しかし、ヤマトは首を横に振りました。
「いや、ウルフよ。私は全力を出した。しかし、お前は自分が気が付かないうちに上達し、私を超えたのだ。誇っていいぞ」
「そ、そうですか……」
ウルフは困惑が隠せませんでした。
そして、そんなときです。兵士の一人が、ウルフに向かって走ってきたのです。
「大変です!王国が、王国が!」
急いでウルフたちは森を抜け、王国が一望できる丘に登りました。
すると、そこには信じられない光景が広がっていたのです。
「な、なんだこれは!」
ウルフたちは王国を見下ろせる場所にたどり着きました。しかしそこで見たのは、王国が炎に包まれ、火の手が上がる光景でした。
ウルフたちは兵士に問います。
「これは何事だ!」
「ま、魔王の軍勢です!どうやら、途中で勇者がやられてしまい、これを機とばかりに、王国に攻めてきたのです!」
ウルフたちは絶句しました。しかし、すぐに立ち直ります。
「……やむを得ん! ヤマト殿!力を貸してください!」
そう言って、ウルフとヤマトは王国に向けて、走り出します。
◇◆◇
魔王の配下は門の前にいました。
その配下は、頭から山羊のような角をはやしており、そして肌は炎のように赤く、そして体は筋肉質であり、漆黒のような黒い髪をしていました。
いわゆる、デーモンと呼ばれる種族です。
そして、満足そうに王国が焼け落ちているところを満足そうに見つめ、そして門を通ろうとした。
――その時でした。
ウルフとヤマトが間に合ったのです。
「ふん。なかなかの手練れのようだな」
そう言ってデーモンは、ヤマトとウルフを睨みつけました。
ウルフは槍を、そしてヤマトは剣を構えます。
そして、戦いが始まりました。
デーモンは、その巨体を生かし、ウルフを圧倒し始めました。
ウルフはなんとか槍で応戦しますが、デーモンの猛攻は凄まじく、防戦一方です。
しかし、ヤマトも負けていませんでした。
ヤマトは剣を振るいます。ですが、なかなかデーモンには届きません。
「ほう、なかなかやるな」
そう言ってデーモンはヤマトに向き直りました。
そして、その鋭い爪を振り下ろし、それをヤマトは剣で受け流します。
しかし、受け流したときに一瞬油断してしまったのかもしれません。
背後から骸骨兵が、ヤマトに向かって矢を放ったのです。
「ヤマト殿!」
ウルフはその矢から、庇うように槍を回しました。
そして、骸骨兵を打ち倒します。
「大丈夫か!」
「ああ、大丈夫だ」
しかし、デーモンの攻撃は止みません。
ヤマトはその攻撃をかわすだけで精一杯です。
そんな中、ウルフはなんとか、デーモンの猛攻と対等に渡り合いました。
デーモンの攻撃をいなし、隙をついて槍で突きます。
しかし、デーモンは倒れませんでした。
ウルフは何度も攻撃を仕掛けますが、どれも決定打には至りません。
そんな戦いが一時間も続きました。
しかし、ついに決定打が生まれます。
「ウルフ!俺がスキを作る!その間に、弱点である心臓を突け!」
「わかりました!」
そして、ヤマトはデーモンの懐に飛び込みます。
デーモンはヤマトを弾き飛ばそうとしますが、その隙にウルフが槍で心臓を突き刺しました。
「ぐぎゃぁ!」
デーモンは、口から血を吐きだし、そして倒れます。
ウルフはトドメとばかりに、デーモンの心臓に槍を何度も突きつけました。
総大将がやられた魔王軍は、なんとかヤマトとウルフを抑えようと必死になりましたが、一騎当千のヤマトとウルフには敵わず、敗走していきます。
こうして、王国は救われたのです。
◇◆◇
ウルフについての話は、私が知っている限り、ここまです。
しかし、まだ魔王が死んだわけではありません。
もしかしたら、第二・第三の襲撃があるかもしれません。
あるいは、はたまた、ウルフが魔王を倒し、真の英雄になるかもしれません。
それは、誰にも分かりません。
しかし、これだけは言えるでしょう。
ウルフは私の知っている限り、最強の門番なのです。