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9-1 けもの狩り

 津幡に先導され新堂たち三人は大学から離れ住宅街に向かっていく。数十年前の都市開発で多くの分譲住宅が建てられた区画で、住んでいる人口は多い。

 周囲はすっかり暗くなっていたが、ジョギングする人や犬の散歩をする人たちとすれ違いながら、三人は歩いていく。道の脇に水路があるが、そこからビーバーが出てくるのではと新堂は内心怯えていた。だがそんな事はなく、三人は何事もないまま歩いていく。

「ここだよ。僕の家だ。入ってくれ」

 津幡がドアの鍵を開け、新堂と朝比奈も玄関に入っていく。安物の芳香剤の匂いが漂っていた。

「考えがあるって言ってましたけど……一体何なんですか? こんな所にまで連れてきて」

「こんな所とはご挨拶だな。おっと、新堂君はちょっと待て。タオルを持ってくる」

「え……いや、はい。分かりました……」

 不満そうに新堂は答える。こんな時にどうでもいいだろう。そうも思ったが、他人の家だ。従うしかない。

 朝比奈は靴を脱いであがり、所在無げに周囲に視線を巡らせていた。

「結構いい家に住んでる。准教授って給料いいのかしら」

「さあね、どうでもいいよ。それよりどうするつもりなんだ? ちょっとここで一休みして考えようとか言わないよな? 切れそうだ」

 新堂は冷えた体を震わせながら言った。ずぶ濡れの体は、歩いている間にすっかり冷え切っていた。

「何か考えがあるんでしょ。いい考えか分からないけど……」

 新堂も朝比奈もあまり津幡を信用してはいなかった。普段の行いが頓珍漢すぎるせいだ。しかしそれでも二人がここまでついてきたのは、ひとえに疲れで頭が回らなかったからだ。片岡の死。そして殺人ビーバー。追いかけられ死の危険を味わったのだ。平静でいる方が無理というものだった。

「新堂君、待たせたね。靴下は脱いで、足を拭いて入ってくれ。スリッパはそこの棚のを使ってくれ」

「はい、分かりました」

 新堂と朝比奈がスリッパを履いたのを確認し、津幡は廊下を歩いて奥の部屋に進む。

「こっちに来てくれ。見せたいものがある」

「何なんですか? 勿体つけないでくださいよ……」

 新堂の言葉に応えず、津幡は歩いていく。新堂はイライラを募らせていたが、ここで怒鳴っても面倒なだけだ。大人しく後ろをついていく。

 案内されたのは物置で、トイレットペーパーやら段ボールが置かれている。その奥に金属製のロッカーが見えた。

「実は僕は、クレー射撃をやっていてね……」

「クレー射撃? あの……銃で飛んでる奴を撃つ奴ですか?」

「そう。散弾銃でね。標的はクレーって言って、粘土の板だ」

 答えながら、津幡はロッカーに鍵を差し込んで開錠する。ロッカーのドアを開けると、中には細長い筒状のケースがあった。その形状に、新堂は目を見張る。

「まさか……!」

「そのまさかさ」

 津幡はケースを取り出し、そして側面のファスナーを開けていく。中に入っていたのは散弾銃だった。

「すげえ……本物、なんですか?」

「本物だよ。ちゃんと免許も持っている。これでもクレー射撃の腕前はけっこういいんだぜ?」

 散弾銃の銃口を上に向けて持ち、津幡が誇らしげに言った。

「まさか……これであのビーバーをやっつけるつもりなんですか?」

 朝比奈が言うと、津幡は頷く。その目には決意の光が宿っていた。

「ビーバーのサイズなら散弾銃で仕留められる。狂暴なビーバーと言えどしょせんは獣……人間の作り出した武器にはかなわないさ」

 津幡は散弾銃を構えながら言う。

「これから戻って……川に隠れているあいつを撃ち殺す……」

 そんな事が、本当にできるのか? 新堂の心には疑念が宿る。津幡の腕前が分からないし、仮に十分な腕前があったとしても、本当にそれであのビーバーを倒すことが出来るのだろうか。何せ相手は普通のビーバーではない。剥製からよみがえった悪霊……剥製の体をバラバラにしたって、それで死ぬのかどうかわかったものではなかった。

「使うのは普通の玉じゃない。中に銀を入れる」

「銀を……?」

 津幡のやりたいことが分かった。古来より邪悪なものを打ち払うのは銀で出来た武器だ。

「でも、相手は狼男じゃないんですよ?」

 新堂が呆れたような顔を見せるが、津幡は不敵な笑みを返す。

「同じようなものさ。ちょっと惜しいが銀のフォークをペンチで細かく切断して弾に混ぜておく。加工に少し時間がかかるが、それで奴をやっつける」

「そんな簡単に……うまくいきますかね?」

「弾を自作するのは初めてじゃない。自分でやった方が安くつくからね、いつもの事さ。今日はそれに銀を混ぜるだけの事だよ。何の問題もない」

「……分かりました。じゃあ今から大学に戻って……」

「いや、さっきも言ったが弾は作らないといけない。それと、行くのは僕一人でいい。君たちが来ても銃を扱えるわけじゃないからな。もう一丁あれば新堂君に預けることも出来るが……生憎と僕は一丁しか持っていない」

「一人で……危険じゃないですか?」

 新堂の言葉に、津幡は眼鏡を直して答える。

「言っておくがね、新堂君。僕はこれでも怒っているんだよ。そりゃあ事の起こりは僕のせいかもしれないが……片岡君は僕にとっても後輩だ。それをやられて黙ってなんかいられない。仇を討たせてくれ」

「津幡さん……」

 津幡の思わぬ言葉に新堂は少しだけ感動した。しかし片岡が聞いたら、大きなお世話だと言いそうだった。草葉の陰であいつはどんな顔をしているだろうか。

「……きっと、あいつも喜ぶと思います」

「うん、必ず仇を討ってくる! さて……では早速準備に取り掛かる! 君たちは休んでいたまえ」

 津幡の言葉に、新堂は素直に従うことにした。


 新堂は熱いシャワーを浴びながら、思考を整理していた。襲い掛かるビーバー……全ての始まりはあの剥製だった。

 津幡が注文し、殺されたビーバーの家族。そして母親と子供は無残にも海の藻屑となった。それを知った父親のビーバーは、家族を失った怒りからか悪霊としてよみがえったのだ。

 なんて……馬鹿馬鹿しいんだろう。滑稽な話だった。とても真に受ける気にならない。

 だがそれが、恐らくは真実なのだ。この際理由はどうでもいい。きっかけが何であるかは、重要ではない。問題なのは、あのビーバーは人を殺せるだけの力を持ち、そして人を殺すという強い悪意を持っている事だ。

 あのまま放っておくことはできない。だが津幡の言うように、普通に警察に任せようとしても駄目だろう。認めるのは何となく癪だったが、津幡の言う事にも一理ある。ビーバーの事を信じないままやってくる警察は、奴にとって格好の餌食だろう。警察にも被害が出れば本腰を入れて動いてくれるかもしれないが、そのために無関係の警官を危険にさらすわけにはいかなかった。

 全ての元凶である津幡自身が、それは良く分かっている。だからこそ自分一人でケリをつけると言い出したのだ。

 家に連れてこられたときは、ひょっとしてそのままどこかに逃げだすのではと思ったほどだ。だが散弾銃を見せられ、新堂は津幡を信じることにした。散弾銃であれば、確かにあのビーバーの化け物を倒すことが出来るかもしれない。銀の弾丸は眉唾だが、それでもないよりはましだろう。あのビーバーに銀の効果を信じるだけの信仰があればいいのだが。

 新堂はシャワーを止め、濡れた髪の毛を手で拭った。水たまりで転んで体がすっかり冷えていたが、シャワーのおかげで元に戻った。疲れ切っていた脳にも力が戻ってきた気がする。

 浴室を出て、体を拭いて津幡が用意してくれた着替えを身につける。下着は津幡がもっていた新品の替えを使わせてもらい、服も津幡の使っている運動用のジャージだった。少しサイズが大きいが文句は言えない。


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