Ⅰ.逢魔が時
逢魔が時とはよく言ったものだ。
いつものように顔を上げ、わざとらしく心の中で呟いた。茜色に染まった空が、誇らしげに広がっている。
(毎日だから、さすがに見飽きたけど)
朝も、昼も、夕方も、夜も、『この町』の空は一切の歪みなく綺麗だ。綺麗なばかりで、なんの面白味もない。万能だと謳われた魔法でも、自然の気まぐれさを表現することはできないのだから皮肉なものだ。
(まぁ、この扉の向こうよりはマシか)
顔を下ろし、目の前を見据えた。月と星の装飾を施された黒い扉が、意思を持っているかのように立ちはだかっている。
私だけじゃない。今頃、町のあちこちで似たような扉が現れているはずだ。この町に住む、全ての住人の前に。
扉の先は『私たち』にしか踏み入れることができない、文字通りの『死地』だ。
心のスイッチを押す。
柔らかな光に包まれ、すっかり着崩れたセーラー服が、瞬く間に星屑で彩られた青いドレスへと変わりゆく。種も仕掛けもないお着替えに、ただただ心を躍らせていたあの頃が懐かしい。
私は、魔法少女。外の世界を闊歩する『魔物』と戦う存在だ。
ただし、魔力の温存のため、戦闘は『昼と夜の間』しか許されていない。それが、魔法少女しかいないこの町の決まりごとだ。
魔法少女の、魔法少女による、魔法少女のための理想郷。
それが、美しい空しか見られない『この町』の正体だ。
手の中に、三日月を模した弓を呼び起こす。存在をしっかり確かめるように、弓をギュッと握りしめた。
扉を開き、私は今日も死地へと飛び込む。
魔法少女しかいないこの町を、守るために。