ある日の下車
私がその駅で降りたのはあまりにも偶然だった。
本当にたまたま、降りるべき駅の名前と似ていて下車したのだ。
仕事終わりであたりは日が暮れており、腹が減っていた。取り敢えず何か食おうと駅を出て、街灯がかすかに照らす道を歩く。
しかし不思議なことに行けども行けども、レストランやカフェといった食べるところが無い。
コンビニすらも。
仕方なく、ようやく見つけた百均に入った。近頃ではパンなどを取り扱う百均も多い。だが、期待に反して食べる物は一切無かった。
「ご主人、ここら辺にどこか食べるところはありませんかね?」
疲れ切った私は尋ねた。
こんなことなら駅で待って、次の電車に乗れば良かったと思いながら。
店主は一寸黙り、口を開いた。
「…お客さん、今すぐ店を出て、駅でこれから来る電車の3本目にお乗りなさい。それで帰れるから。」
「え?」
「いいから、早く」
訝しく思いながらも店主のただならぬ様子に気押され、踵を返す。
店を出際、微かに後ろから声が聞こえた。
「…ここの住民は、何も食べない。…食べれない。急げよ、ニンゲン。」
それからあとはほぼ記憶が無い。
1、2本目に来た電車の中の人を極力見ないように下を向いて立ち、急いで3本目の電車に乗った。大勢の人が乗り降りしたはずなのに、影が行き交うだけで物音は一切しなかった。
それで、家に無事帰った。そこまでである。
路線図には家の最寄駅と似た名前の駅など無かった。