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二日が過ぎた。相変わらず朝は辛い。もう泣くことは無かったけれど。


ご飯は朝と夕方、二回に分けて出された。


どっちも量が沢山有ったから残しといて、出されたとき以外でも時々食べた。竜神さまが料理してるんだと思ってたけどそうじゃなくて、日に何度かこの山に登って来る人が居て、竜神さまにお願いしたり話を聞きに来たり、お供え物をしに来たりする人たちが置いていってくれてるらしい。


それを俺にお裾分けしてくれてるだけだった。


寝床にしてる横穴の奥の方には他にもお供えとして置かれたであろう物が沢山ある。色んな硬貨や宝石、武器とか防具とか壺とか鏡とか、ごちゃごちゃになって置かれている。


鏡に映った自分は、疲れた顔をしてた。今日もそんなに眠れないだろうから、まだこっからどんどん老け込んでいくんだろな。


…気分転換がしたい。



「竜神さま。俺、山の下にある町に行ってみたいです。

治安とかはどうなってますかね?」



下に見える煙が上ってる町は燃えてるんじゃなく、ドワーフらしく鍛冶場が多い町だからああなってるということを教えてもらってた。初日はひどい勘違いをしたもんだ。



『治安は問題なかろう。我の膝元であることと、ドワーフ族の治める町故に、その種族が多い。

彼の者らは陽気でおおらかな気質。頑固な面もあるが、尊重する心を持ち、髭に勝手に触れさえしなければ問題なく接する事が出来よう。

また、エルフ族は神経質で繊細で高圧的。しかもやたら色恋を好む……めんどくさい種族よ』



…恋愛脳かよ、エルフさん達とは関わらない方が良さそ。



「エルフの人は普通に町中にいます?」



『多くはないであろうな。しかし居ないとも限らぬ。

見かけたら用心せよ。ドワーフ族の町に居るエルフ族など録な人物ではなかろう』



なんかフラグっぽい気がしないか?


そう思いつつも一応竜神さまに許可もらって少しだけお賽銭を頂戴し、久しぶりの山歩きでよたよた進みながら二時間位かけて山道を降りきった。


転移前に靴履いてて本当に良かった。これがなくて裸足とかスリッパだったりしたら途中で諦めてたかも。


途中と言えば、逆に上っている人と行き違ったな。言語は通じないから会釈だけしたけど、どうも相当思い詰めてるみたいで何の反応もなく、表情も固まったまま通り過ぎていった。


あれは…もしかしてどっかから飛び降りて死ぬつもりの人だったのだろうかと、今になって思う。でも追いかけて止めに行くかと自分に問うも、それはしないかな。


ドワーフじゃなくて、この世界で初めて見る人間だった。それも灰色瞳の赤褐色髪男。でも何の縁もゆかりもない。相手も意味のわからない言語で話しかけられても迷惑だろう。もうほっとく。


それより、膝と腰が痛くてガタガタだ。最近子供の散歩と公園遊びに付き合ってた位で、大した運動もしてなかったツケがここで効いてきた。町中まで行くのは止めとこうかな。


それに喉が乾いた。何かのみたい。


道を歩いてると、向こうの方からでかい樽を背負ったドワーフがのしのし歩いてきた。


ま、マッチョすぎる。ドラム缶位の大きさだから、もしもあれが空じゃなかったら、100キロは有るだろう。もしかしたら150とか200とかになるのかな?


もしそうなら重すぎて可愛そうだ、少し軽くしてあげよう。



「あのー、ちょっと良いですか?」



通じないとは思いつつも声をかけてみる。すると顔を上げたドワーフは俺の顔を見るなりヘラヘラ笑い出して、顔と頭を交互に指差して何か言ってる。


馬鹿にされてるような気もするが、俺はきっと彼が思ってる以上の馬鹿だ。何の不快感もない。むしろ笑ってくれて少し心が軽くなった気もする。



「いきなりすいませんねぇ、その中の水、ちょっと下さい」



通じないだろうからジェスチャーも交えて飲みたいアピールをすると、首をかしげた後に樽を指差してくれた。


貰ったお小遣いの硬貨数枚をポケットから出して見せると、フムフム言いながら一枚だけ取られた。


樽を置いたら、蓋を外す。小さな柄杓で掬って、フンフン言いながらしゃがめとジェスチャー。意図がわかったのでしゃがんで上を向いて口を開けた。多分飲ませてくれるんだろう。


と思って待ってたら、口元まで柄杓が来る前に匂いがした。これ、お酒だ!


気付いた時にはもう流れ込んできた。アルコールの匂いだ、間違いない。カッと喉を焼く感じが、かなり強い酒だということを伝えてくる。てかもう飲んでるやんけ俺。


普段家では飲まず、たまに飲み会で呑む程度の俺はビールか日本酒かワインしか呑まない。でもこりゃ焼酎ロックより強いぜ。度数30以上は有るんじゃねぇのかね。



「がぼがぼっ」



むせながらも大分のんじゃったなぁ。


ドワーフは今度は笑わず、ふわふわの髭を撫でながらウンウン頷いてる。ここのところの方が笑うとこやろがい。


つっこんでもどうせ言葉は伝わらんのだろなと思ってたけど、良く見たら腰に短めの剣を提げてた。こわっ。マジで異世界じゃん。酔い醒めるわ。醒めないけど。


少しこぼしてしまったけど、むせるのが止まったのを見届けたドワーフは柄杓を片付け蓋を閉め、よいしょと樽を背負い直して挨拶もなくのしのし歩いて山を登りに向かった。


…もしかしなくても、あれって竜神さまへのお供え物だったんじゃないかな。


まぁ、いいか。酔ったままは危ないからしばらくこの辺うろうろして酔いに慣れてから町へ行こう。


こぼしたお酒で濡れた服を気にしながら、再び歩き出すと、声が聞こえてきた。



「コウタロウよ、何をしておるのだ?」



日本語だけで聴こえる。念話で話しかけられてるのかこれは。



「飲み物もらおうと思ったらお酒だったんです。

俺もびっくりしました。竜神さまは見えてたんですか?」



山の上の方を見上げると、太陽光を反射してきらきら輝く竜神さまが見えた。


なんだ、ずっと見守ってくれてたのか。



「やはり言語が使えぬと不便であろう。

満足したら早めに戻るがよい」



子供を気遣う親のような感じが声に乗っていた。


…あんまり心配させるのも良くないかな。せっかく降りたけど、もう上ろう。


帰りは疲れてたし酔いが回ったのもあってもっと時間がかかった。


お酒を分けてくれたドワーフは樽を上で置いてきたからスイスイと下山してきて、へばってヘコヘコ登ってる俺を見ると、また頭と顔を指差しながら何か言ってた。


すれ違い様に背中の低いところをバンバン叩いてくれ、頑張れよって言ってくれた様な気がした。大分嬉しかった。


山の横穴に戻ると、竜神さまは何も言わなかった。


ただ、お疲れと言いたそうな顔してて、でも何でか言えないのがもどかしいような感じに見えた。


俺の方から疲れましたと言ったら、お酒じゃない飲み物と麦粥を出してくれた。


麦粥は出汁とかはまるで感じなくて、麦の香ばしいふんわりした優しい匂いがする。それと塩気が効いててしょっぱさが際立ってた。プチプチするような歯応えがあって、モグモグ良く噛んで食べた。久しぶりにちゃんと何かを食べられたような気がした。


飲み物は酸味が強かったけど、少し甘い匂いがするもので、飲む前から唾液が沢山出てきた。口に含むと柑橘系じゃなくて、すももっぽい風味がした。



「竜神さま、美味しいです」



『それはよかったのう。

肉は…摂れるであろうか?

良ければ次に持ってこさせよう』



思えば、肉食べて無かったな。こっちの世界の肉ってどんなだろう?


気になって、食べたいですって言いそうになったけれど、やっぱりやめた。



「いえ、大丈夫です。

持ってきてくれたものを分けてもらえるだけで十分です。

…気を使ってくれて、有難うございますね」



『そう…で、あるか。

そなたが良ければよいのだ』



竜神さまは、穏やかにそう答えてくれた。


食べ終わった後、岩盤の縁から景色を眺める。雄大な自然がどこまでも広がって、それに寄り添うように人の手が入れられた町や道、畑が見えた。


…良い、景色だ。ずっと眺めていられる。


妻とあの子に見せたら、どんな反応を返してくれただろうか。写真に撮って贈ることが出来たらなと、そんな風に思えた。


そして俺は、赤褐色の髪をした男がどうなったかは聞かなかった。

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