3-15
剣を振るうとき、その力の起こりは足から始まると俺は思う。
距離を詰めるための踏み込みもそうだ。攻撃に重みを持たせるために重心を意識する必要だってある。逆に回避のための位置取りとか動きやすい足運びにも気を付ける。行動前の溜めを作るのもそうだろうしね。つまり、剣を握るのは腕であっても、それを操る人の下半身の動きというものはとても重要なのだろう。
相手との距離や体の向き、剣の位置からなる構えは、その時剣をどう使いたいのか、という使い手の想いを映し出しているのではないか、っていうのが今の時点での持論。
初心者の俺が暇なときにじっくり考えて導きだした一つの答えなのだが。
専門家ではないので確信は持てないけど、距離を測る意味でも足の動きには注意しておくべきだ。そこは間違いじゃないはず。
ということを念頭に置いて、改めて相対する彼女の構えを見定めてみると、何と頭を前に突き出して剣の先を下に向けている。
これは…頭を狙った振り下ろしの攻撃を誘う囮の構えなのかな?とすると、彼女はカウンター狙いなのかも。
後ろ足が結構遠いところにある。これはやはり、攻撃されたときに後ろへ素早く引くための布石ってことかな。
なら、誘いに乗ると見せかけるために上段で構えて近寄って、直前で突きの動作に切り替えて前に出た足を狙ってみよう。
間合いはまだ大丈夫。近寄って近寄って…。
「判断おっそ」
落ち着きがあると言ってほしいぜ。
彼女は待ちの姿勢に飽きたらしく、間合いの手前まで踏み込んで来た。
構えから察した通りに、下から斬り上げて来た。
速くはない。反応して合わせる!
ガツンと打ち合う。だが思った以上に軽い手応え…。
なんだ?と、思う間もなく剣の握り手を狙った一撃が振り下ろされてきた。
一瞬混乱する。なぜ下に向けて剣を叩きつけたはずなのに、その直後に隙もなく上から振り下ろして来れたのか…。あ、やばっ、これ避けるの間に合わ…いや防げ!
振り下ろした剣を戻して何とか握り寄りに当てて防ぐ。マジでギリギリだった。
が、そこから乱打が始まって防戦一方にさせられる。マジで怖ええ…これ真剣だったら一回でも防げなかった時、死ぬかもしれないんでしょ?正気じゃやってらんねぇよ。
「よわー、防いでばっかりじゃん」
防いでばかりだと弱いのか…?なら防ぎ続けてれば油断してくれるかも!
そう思った矢先、乱打が更に激しくなる。打ち込んでくる勢いが激しくて目が回りそうだ。
振り下ろして来た剣の角度と体の向きから足の位置を予測して、次の攻撃場所を予測する。というのも、相手の動きを見てから剣を構えてたらもう間に合わないってくらい忙しい。
息が荒くなり、心拍数も上がってくる。緊張を抑えなければ、視野が狭くなって、得られる情報が制限されてしまう。
落ち着け、落ち着けと自己暗示をかける。意識的に呼吸をゆっくり、深く行うように制御する。2歩下がってみると、視界がクリアになった気がした。
相手の勢いに呑まれるな。いや、相手の勢いに合わせなくて良い。相手の勢いを見て、理解し、自分のペースで戦うのが良い。きっとそれが良い。
「ふ~ぅ…」
よし、完全に落ち着いた。負けても良いんだ。最善だと思う戦い方をしていこう。
右からの攻撃。これは踏み込みが浅い。何かこう、『ピュッ』て感じだ。『ビシュッ!』とは程遠い。
防ぐと今度は足を入れ換えてきた。これは左から来るな?
防ぐと、『コン』という手応え。『ガン』ではない。つまり、次かその次くらいで大振りの一撃が来そうな感じがするってことだ。
来るかな来るかな、と心の中で思っていても相手には待ちの姿勢を見せないつもり。次を防ぎ、来るか?大振りの来るのか?と期待する。
しかし、予想は外れて来なかった。その代わりに素早い連打が始まる。さっきまでと比べて早さはあるけど何か雑で、一撃の重さも感じない。
片腕の力だけで簡単に防げるのでこっちの防御まで雑になってしまいそうだった。ふむふむ、素早いだけが良い訳じゃないってことか。
色んな学びを得ているつもりになってると、急に相手が大きく踏み込み、距離を詰めて鍔迫り合いに持ってきた。
びっくりはしない。力押しで来るのは完全に悪手だと思うんだけど、油断はせず心静かに相手の様子を伺うに留める。
「何っだよ、もう!さっきからずっと防いで!
本当はもっとやれるんだろ!馬鹿にしやがって、女と思って舐めんじゃないよ!」
鍔迫り合う木剣を挟み、様子をじっくり伺ってたらめちゃくちゃキレられてた。どうゆうこと?訳がわからんすぎる。
むしろ散々馬鹿にされてたのは俺の方だし、キレて良いのはお前じゃなくね?
それに女の子とは理解してるつもりだけど、剣の上手さや汚い言葉遣いもあって女の子扱いするつもりはあんまり無かったんだが?こっちは最初からずーっと真剣にやってるんだが?
何よりマドクさんのことを年寄りだと決めつけて舐めた口効いてたのは誰なんだよ。
あ、やばいマジでキレそ…いやもう限界だわ。キレよう。
「じゃあ負けたら、即ラクシュ君に頭下げろよ」
鍔迫り合う剣を、力に任せて押し付ける。
圧の急な高まりを感じて重心をずらそうとしてくるが、身長差も使って有無を言わせず押しに押す。相手の技術を俺のパワーで捩じ伏せた形だ。歯を食いしばって耐えているが、まだまだ俺の全力じゃない。怒りに任せて怪我をさせるつもりはないからだ。頭に血が上ってもその分の理性は残ってる。
「んぬぅぅ!」
「どうした?『参った』も言えないか?」
少しずつ、僅かずつ圧力を上げてまだこれ以上があることを解らせる。お前が鍔迫り合いを選んだ時点でもう負けなんだよ。
「ちく、しょう!
やめ!もう、終わる!」
『終わる』って何だよ。素直に負けも認めらんないのかよ。
そうは思いつつも、ちょっと面白く感じてしまった自分がいたので止めてあげる。年下の女の子を虐めたいわけでもないし、もう怒りは大分収まったから。
「ラクシュッ!あれ、今後はもう言わないからな。
それで良いでしょ!」
顔を真っ赤に染めながら、木剣を地面に投げつけて言っている。怒ってるからか、さっきまで力みまくっていたからなのかわからんけど。
「…あ、ああ。
あ、コロウ…。今のは、俺に謝ったのと同じだ。詳しく説明すると、俺が恥ずかしい」
「そっか。それなら俺は良いからね。俺も、もう怒らない」
少しは気になるけど、そう言われれば深入りするつもりはないかな。とにかくこれで一件落着だなーと思っていたら、投げつけられて落ちてた木剣をドワーフの女の子が拾い上げた。
「力を使うやり方だったんだなあ!
なら最初からそう言えば良かったぞ」
あ、第2ラウンドですか、次は私が相手だってわけですかそうですか。
「…じゃあ、お願いします」
ちょっとだけ、うんざりした気持ちもあるんだけれど。でも戦いを学ぶという心構えを忘れたくはない…なんて決めたけれど、なーんかそれも、どうでも良くなってきたかもしんない。
「コロウさん、ドワーフはかなり打たれ強いから、木剣ぐらいなら体に当てても平気だと思います」
リロイ君が教えてくれるけど、それ聞いてよっしゃ手加減せずにぼこぼこにしてやろ、とは思わないんだよなぁ。ずんぐりむっくりしたドワーフの体は確かに頑丈そうに見えるけれど、女の子らしさはちゃんと感じるしなぁ。
「そおらいくぞ」
まごまごしてる内に振りかぶってきた。かなり大振りで捨て身とも言えそうな一撃だ。剣を想定した振り方じゃあないんじゃないかな。
ただ足が短くてそこまで大きな踏み込みに感じられない。半歩下がって避けれる。すぐさま肩を軽めに打つ。
「うわっ!」
するとどうだ。ラクシュ君と稽古してた時の手応えとはまるで別物。なんていうか、ダメージが入ったような感じが全然しない。例えるなら、自分よりも遥かに巨大なゴムの塊を叩いたような感触、みたいな。
「そんなの痒くも無いぞお」
片腕で木剣を振ってくる。そう危なげもなく避けられるような速度でしかないが、そこに込められた力強さで空気がぶおんと震えたように感じた。さすがドワーフといったところか。これは…力比べをしたら負けるかもしれないな。
次の攻撃を避けて、さっきよりちょっと強めに叩く。
「どうしたあ!」
屁でも無さそう。反撃をやり過ごして、もうちょい強めに。
「わはっは!手加減なんていらないぞっおぉ!」
これでも全然効いてないらしい。しかも、今回は下手に踏み込みすぎてしまった。防がないと。
ガツンと当たる。防げた…が、体が若干持っていかれる。重心が強制的にずらされるので持ちこたえきれない。これは、力比べというよりも、重量対決って言った方がしっくりくる。
「おおっ!お前本当に力すごいぞお!」
「いやぁ、それほどでも」
ドワーフに驚かれるくらい俺のパワーが優れているのか。それはまあ良かった。
とはいえ、これ以上強く剣で体を打てば怪我をさせ無くても女の子の体に痣をつけてしまいそうで何かやだな。
仕方ない。異世界で日本男児の奥義を見せちゃうか。
木剣を握る手の力をふっと緩める。もう落としたって良い。
彼女の身長は150センチに届くかどうかというところ。ただ足が短くて重心が低い分、やりづらさはあるだろう。
まあ、だからどうしたという話だけどね。
相手の踏み出した一歩を狙って腕を絡め、その勢いを使う。膝を地面に接地させ、服の腰部分を握り込み、力ずくで引き寄せた。彼女の体幹が崩れ、重心の大部分が俺の体の上に乗ったと確信する。ここだ!
「ふんぬっ、死ぬなよ!」
見た目以上に重く感じたが、それも無理矢理にでも投げ飛ばす。服の強度が足りずにビリっと破れたような音がした。
縫い目が死んだかもしれんけど許してな。お詫びに絡めたままの腕を引いてやり、宙を舞った彼女を背中から地面に叩き付けてあげた。
「おぉうおっ…どぅっぷ!」
変則的な背負い落としになった。
彼女の体の重みが地面に衝突する際、そのまま大きな衝撃となる。しかも、ろくに受け身も取れなかったからか、息も出来ないようで苦悶の表情を浮かべていた。
「しゃあオラ!これが柔道じゃい!」
彼女の持ってた木剣を使って、すかさずその首に木剣をあてがう。ここまでされるとさすがに敗けを認めるしかないようだった。




