-5-
説明しよう。
ドラゴンの言ってたことは、ある儀式のようなものを経て、俺自身に竜の力の一部を与えるものだったのだ。
その方法とは、死んでいない竜種の生き血を飲むこと。
それは誰でも効果が得られるという訳でもないみたいで、ある程度その竜と適合出来る何らかの要素がないと意味がないらしい。
俺とこのドラゴンとは同じ魂という事で、かなり強い効果が期待できるという話だった。
なんか、シンクロ率っぽい感じする。
「但しこの儀式は一月の間、毎日行わなくてはならぬ」
と言われたので早速飲んでみた。
最低これぐらいと飲まされた量は200ml位。
ご丁寧に盃で用意されてた。
まあ不味い。当然のように鉄の味というか、人間の血の味とほとんど同じで、しかも油っこい感じで舌触りも良くない。飲み干すのに苦労した。
折角腹の中に収まっても、気持ちが悪くて溜まった分を吐いてしまいたいくらいの気持ちになった。
竜の力いらないから飲むのやめたいな。とか思ってしまったけど、これのお陰でこの世界の魂に染まれるスピード上がるかもしれないから我慢することにした。
あと、この念話っぽいことについて聞いてみると言語の話になった。
この世界の言葉はスキルで習得する物らしい。赤ちゃんでは理解力が乏しいから覚えられないが、段々と身近の存在が話す言葉に慣れて、大体2歳位の幼児期にスキルが発現するみたい。
俺の世界での発達基準と同じ感じだ。
識字能力についてもスキル依存らしいから、スキルが成長すれば字も書ける。識字率は高そうだ。
「竜なのに、人間のことに詳しいですね」
「我はアルカンドルディース・フォーレリウス。長き時を生き、膨大な知識を有しておるのだ。
度々我の持ち得る知識を人族が乞うてこの地までやって来てな。そやつらは我を『賢竜アルカン』と呼称しておった。
しかし神に至った竜という事で、ただ『竜神』と呼ばれることも多いのだが」
なるほど、賢いから知ってるのね。
俺はあまり頭は良くない。人の名前を覚えるのは苦手だ。これからはドラゴンの事、竜神さまと呼ぼう。
あと、俺もスキルを覚えるために、竜神さまにこの世界の言語で話してもらうことにした。そして同時に念話でも話してもらうようにもお願いした。
英語をいつの間にか覚えられるツールに、同時に2つの言語を聞いて耳に慣れさせるというのがあった。
そもそも異世界人の俺が、スキルを覚えられるのかどうかという問題もあるんだけれど。でも細かいことは気にせず、実験あるのみ。効果を期待して、レッツドラゴンラーニング!
『ところでコウタロウよ、そなた…我を恨んではおらぬのか?』
竜神さまの声が重なって聞こえるような感じがする。
まあ実際に喋ってる言葉は違うんだけど。
「あ、考えてもしょうがないことなんで。
あんまり思い出させないでください」
『む……すまぬ』
それから色々なことを聞いた。
魔法、魔物、種族。異世界らしさ溢れる事から始まり、産業、国、文化等の人間の営みについて。
正直言って……全然覚えられん。
まあ異世界に来て初日だし、いろんな事があったし。そんな直ぐに覚えられたら苦労しないでしょ。そろそろ暗くなってきたし、腹の中に入れたものは竜神さまのマジ生き血だけだったけど、今日はもう寝て、明日から頑張って覚えよっと。
竜神さまが用意しててくれた動物の毛皮の寝床で横になる。くさい。
あーあ、一人で寝るのなんていつぶりだろう?
嫁さんと同棲し始めたのが27歳の時だったから、それからか?
社員旅行の時は同僚と相部屋だったし、子供が生まれてからはずっと俺が隣で寝てたし。
環境は良くないけど、気楽に一人で寝られるって良いな。この世界に来て良かったこと、初めて見つけられたかも。
いや…いや、良くないな。
でも、そういうところも認めていかないといけないんだろうか。
不意に、胸に空いた穴に気付かされるような、そんな虚しさに襲われた。
いつまでも引き摺っていたらだめだ、いつまでこんな思いを続けていかなくちゃいけないんだ、前の世界の事なんていっそ忘れてしまえ、もうこれ以上自分を苦しめるようなことはやめよう、前向きに考えたら心が楽になる。
…自分を守ろうとする思考回路が働いているのを理解させられた。
こんな夜を続けていれば、俺は少しずつ精神を磨り減らし、いつか遠くない未来にはクソみたいな人間になっているだろう。
そうなる前に、なんとか、なんとかしなきゃ。
山の穴の奥で横になった俺は、穴の外で地に伏せる竜神さまを見つめる。
深い深い負の思考を振り払い続けながら、寝ているのか、起きているのか自分でもわからなくなるような、夢も見ないごく浅い眠りに落ちた。
翌朝の日の出は、とても暗く見えた。
いつも俺より早く起きるあの子に起こされる事もない。
朝に弱く、いつもいつも眠いのに、早く抱っこしてよと起こしてくるいつものやり取り。
遠い昔の出来事に思えた。本当は昨日の朝にも有ったことのはずなのに。
「ああ、マジで現実なのかよ…クソっ、畜生……!」
解ってたけど、準備してなかった。
朝になったら夢だったっていう、そんなオチ。期待してる自分がいたことに気付けなかった。
夢から覚めたら全部が元に戻っているのかも、なんて希望を抱く余地なんてもうないはずだった。
そう思ってても、もしかしたらという夢を見てたんだ…。馬鹿だな、俺。
まるで、当たらないと思いつつ買った宝くじで、外れてしまった時のガッカリ感みたいな。
でも今回はその大きすぎる不意打ちの絶望感に、朝のぼやけた頭が対処しきれない。
また、泣いてしまう…。
「うぅっ…ふぐっぐううっひっ、ひっ……」
くそ、めちゃめちゃ涙が出てくるじゃんか。
嗚咽が止まらん、どうしたらいいかなこれ。
『コウタロウ、そなたが良ければ忘却の魔法を使うが…』
苦しんでいる俺の所まで来てくれた竜神さまから、気遣うような感情が降ってきた。
忘却の魔法?
『ごく最近の出来事を忘れさせる魔法。
そなたの今の心を僅かでも救えるやもしれぬ』
竜神さまに悪意は無いんだろう。
俺もこの苦しみから逃げたかった。
でも、できない。
「くっくるじいですっ。
でも、おっれは、ああっあのごのこと、いちっ、いちみりもっ、わずれだくないっ!」
あの子のことで、今俺がどれだけ苦しもうと、それは俺とあの子の繋がりがあるからだと理解した。
いらないものだからと、少しも切り捨てたりなどしたくない。全て。
だってもう、これ以上失くすことなど出来ない俺から、更に何かを奪われてしまったら……そんな存在が俺自身だと俺が思えるのか?
どれだけ苦しんだって良い。むしろこの苦しみがあるからこそ、俺が俺だと言える。
絶対に奪われたくない。今なら、あの子との繋がりを感じられる道を選ぶため、どんな地獄へでも飛び込んで行こうと思う。
この体が、俺の意思で動かせる限り。
『コウタロウ、やはりそなたは我と同じ魂を宿しておる。
灼熱の海に溺れ、誰もが垂らされた蜘蛛の糸へ群がるであろう時に、じっと耐え、己がすべき事を揺るがず見据える…。
今こそ我は震えたぞ、そなたの吐いた気にな』
「うるさいんでっ静かに!」
『ぬぅ…す、すまぬ』
今念話も合わせて二重で喋ってる事忘れてるんじゃないだろうな?
今俺のこの感情の時に、興奮して喋られると怒っちゃうんですけど。




