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3-13

「そいつは…どういう意味なんだ?今日の俺の出来にケチでも付けたいのか?」



…やっぱし怒らせちゃったか?不快感は与えると思ってはいたけど……あ、この人お酒入ってるんだった。その事もちゃんと考えとかないといけなかったな…。



「あのですね、怒らせたいわけじゃ無いんですけども。とりあえず理由だけでも聞いてください」



「…俺があいつらに余計な事してるってんだろ?」



「あ……いえ、そういう認識ではないです」



「あんだよ、違うのか?

なら俺があいつらの中で一番雑魚だって言うつもりか?」



そんな事俺が思ってるわけないだろうに、喧嘩を吹っ掛けてると受け取られたのか?めんどくさいなもう…。



「ちょっと、先に話を聞いてくださいよ。

俺はリロイ君からマドクさんを助けるように依頼されて、ここに来たんですからね?

マドクさん達の問題点を改善できるなら、それは今みたいな助言だって構わないはずですよ。

それとも、こんなちょっと飲んだだけでもう酔っぱらっちゃったんですか?」



畳み掛けるように言うと、マドクさんはジョッキの中へ視線を投げる。ふん、と鼻を鳴らすと、ジョッキを脇へどかしてから塩辛い煮豆料理に手を伸ばした。



「…わぁかってる。ちょっとからかっただけだ。

続き、話してくれ」



…ふぅ、やれやれだぜ。



「では、俺の感じた点とそれを元に考えた上で、ですが…。

マドクさんの能力には皆さんそれぞれ評価してると思います。ですけど、今のその状況の価値には気付けていないですね、きっと」



「状況ね…。それはどんなのだ?」



「マドクさん程の人に指導してもらえる状況に、です。

要はマドクさんに甘えてるって事ですよ。自分達の問題点を指摘されても次に活かせてないみたいですし、結局は聞き流してしまってますよね。

それにリンダさんもすぐにマドクさんへ意見を求めたりするから、先回りして指示出しとかしちゃってませんか?」



「…俺がちょっとばかし指示しようが、それを聞くかどうかはあいつらが決めりゃ良いことだろ」



…んー、この反応を見ると、マドクさんとしても自分が我慢できずに口出ししちゃう事については思うところが有ったみたいだな。まぁ、わかっててもやめられないってやつなんだろうね。



「形としてはそうでしょう。でもあの子達がマドクさんの出す指示を完全に無視できると思いますか?

気持ちとしてはその意見に流されてしまいますよ、きっと」



マドクさんは面白くなさそうな顔をして、脇に避けておいたジョッキの中をちらりと見てから一気に煽った。空になっただろうジョッキは、叩きつけられるかと思いきや、ゆっくりと机の上へと降りてきた。



「…俺がいなきゃ、あいつら毎度怪我しちまうぞ」



ぼーっとした視線はジョッキの中に向けられたまま。声は少し沈んだような感じだった。



「そうですね……確かに毎日のように怪我することでしょうけど、それで成長もする筈です。怪我も、経験の内なんですよね?」



「…ちっ、あぁそうだな」



マドクさんが見るので、俺も思わず皆の席を見てしまう。騒がしく言い合いをしているけど、その内容は今日の振り返りをしている訳でも無さそうだった。楽しんでいるのは良いことだと思うけど、経験したことから反省点を見付けて学ぼうとしているような、そんな雰囲気は無さそう。


こういう場で、そういう姿勢を求める俺が間違っていたりしないかな、と自問するまでもない。魔物と戦うことは命が掛かってる事なんだ。遊びじゃないし、適当にやってて良いことじゃない。


俺の命はどうでも良いけど、あの子達はまだまだ未来があるはずなんだ。だからしっかり考えなきゃいけないことだと思う。


…ってなると、やっぱり急に面倒見るのやーめたってするのもダメかも。



「まぁ…一切関わらないってのも良くないかもしれませんよね。

何日かに一度とか、そういう感じで頻度については話し合って行けば良いと思います」



「…そっちの方があいつらにとっても良いか」



そこでマドクさんは新しいお酒を注文する。


直ぐに運ばれてくるお酒と、空になっていたジョッキが回収された。


お店の人に、今日は呑むペースが遅いことを指摘されて、それを面白くなさそうに適当にあしらう。それから一口流し込むけれど、あんまり美味しそうに見えなかった。



「…はぁ。なあ、コロウも飲めよ」



「いえ、俺は食べるだけにさせて下さい。鬱陶しいかもしれませんが、これでもまだ仕事してるつもりですので」



「マジかよ…変わりもんだなお前」



「自覚はあります」



本当はめっちゃお酒飲みたいけどね。



「…何で今日会ったばっかのお前にこんなこと言うのか、って思うけどよ」



「はい…」



「俺はあいつらを成長させてやってるって気になってた。

違ったんだな。俺がやりたがってただけだったのか…」



この発言が直ぐに出来るのなら、今気付いた、というわけではなさそう。どっちかというと、言葉にしたのはこれが初めて、という感じだろうか。


まあ正直どっちでもいいか。


マドクさんの指導する姿勢については、そういうのは個人が決めることだしどうあっても悪意さえなければ悪いことだとは思わないかな。ってか、モチベーションに繋がるとしたら大事だもんな。あんまり思い詰めないで良いんじゃないかな。


ただ、今のやり方のまんまじゃ今までの成長の仕方と変わんないかもしれない。それじゃいつまでも一人前にはなれないかもしれない。いつまでもマドクさんが見ていられる訳じゃないって、そう言ってたし。だから、長い目で見れば今のままってのはマドクさんにとっても都合が悪いはずなんだけど…。


ネガティブな思考にさせたい訳じゃないんだよな。悪い人じゃないんだしあの子達が成長してくれたら喜んでくれるような、そんな存在であってほしい。



「…さっき言ってたことと矛盾しそうですけど、今のままでも少しずつ成長はすると思いますよ。

今言ったのは俺の勝手な意見に過ぎませんから」



「ああ。言われなくても解ってる。そんぐらいの事はな」



気分が上向いたような様子は見られなかった。その後はしばらく無言で食べたり飲んだりする時間が続く。


微妙な空気になっちゃった。もう話すること無さそうだしお腹膨れたし帰ろうかな?と思った時に、フラッド君から声をかけられた。


一緒に食べてた同年代の子から、俺がどんな人かと問いかけられて、実はよく知らないままだったって事になって話の槍玉に上がったって経緯らしい。


メンバー間の交流も必要だと思うし、マドクさんからも行ってこいとジェスチャーされて皆の席に移る。それから色んな質問に答えてあげてた。


悪いと思いつつ、誤魔化したり嘘を交えたりしながら、自分の経歴を話す。目立ちすぎないように立ち回れたと思う。それでもそこそこ皆から興味を持たれてた。ってか逆に、メンバーの皆からかなり変な人だと思われてた事を知って、俺の方がびっくりしたんだけどね。


それからは俺以外全員が残るみたいだったけど、完全に暗くなる前に明日の予定を聞いて帰る事にした。


ちなみに異世界初の仕事についての取り分は大銅貨3枚と銅貨5枚で、結局晩御飯までマドクさんに奢ってもらったので出費という出費は無かった。この取り分には初日サービスの銅貨2枚も含まれてる。ちゃんとリロイ君から貰った。


この金額だけ見たら銀貨に届いてたけど、分け前の関係で銀貨が無かったからこうなった。


日雇いの仕事って前の世界でもしたこと無かったから、働いた後に目に見える報酬が手元に残ると何だか新鮮だな。日本の金額に換算するとリアルに1万円くらいだから現実感もあるし。


宿に帰る前にジルーセ様のお店に寄る。報酬のほぼ全てと装備を預けるためだったんだけど、ちゃんと働いたことを誉めてもらえて嬉しかった。ついでなので、店じまいを手伝う事にしたのだけど、さっきマドクさんに聞けなかった事を思い出した。



「ジルーセ様、魔女ってどんな人か知ってますか?」



「勿論よ。彼女を知らない人はこの街に居ないんじゃないかしら」



そんなにですか。俺世間知らずじゃん。



「魔術師協会って呼ばれる機関があって、そこから特定魔女として認定されてるのよ。それで皆は魔女だ魔女だって言うけれど、このザンカート付近で悪さしてる彼女、正式には『毛皮を纏う悪意の魔女』というの。

まあ、魔女認定されてれば大体悪意有る存在なのだからちょっと可笑しいわよね」



「悪さするんですか…。じゃあ、その魔女を倒そうとする人もいるけれど、返り討ちにされちゃったりするとか、そういう感じですか?」



「そう、そんなところ。

200年はこの近くの魔境で生きてて、とてつもない技術と執念を持つ魔法使いよ。化け物と称するには十分な怪物ね」



「それ、人間…なんですか?」



「そうね、元人間族って言われているわ。

もう魔物として見た方が良いのでしょうけれど…」



「うーん……悪さする目的とかって、何なのでしょうか?」



巨人族さんと戦ったナーガもその魔女の差し金じゃないか、みたいな事をマドクさんが言ってた。魔女が元々人間だったのなら、そんな事をするメリットが有るのか疑問に思う。



「そうねぇ。会って話したことがある人もいるって噂話はよく聞くけれども…」



ジルーセ様は頬に手を当てて考えを巡らせているみたいだった。そしたら、考えが纏まったのか、視線だけを俺に向けて話し始めた。



「魔物の中には、人間に味方する子もいるでしょう?

なら、人間の中にも魔物の味方になろうとする人もいるかも知れないわねえ」



そう言われると、俺はもう既に人間に味方してる魔物と3体も出会っている事に気付いた。竜神さまと魔境に入ったときに見た、めちゃでかいトレントと、今日見た貴族に使役されてた鷹だ。


…っていうか、それどころじゃないわ。馬代わりに馬車とか荷車を()かされてる色んな魔物も一杯見てきたし。



「それに、稀に変わった進化を遂げる人族もいるの。

意図してかどうかは知らないけれど、その進化した結果、人里では過ごし辛くなることも有るみたいよ?」



「…魔女も、そんな進化をしてしまった、という訳ですか?」



だとしたら、俺もあんまり経験値貯めて進化しまくるの、ちょっと怖くなるんですけど。


答えを聞くのがちょーっと嫌な気持ちになってた所、ジルーセ様は少しだけ微笑んで安心させるような声色で話し始める。



「どうかしらねぇ。私はそこまで興味ないもの。わからないわ。

気になるなら、コロウちゃんが頑張って情報を集めてみてね」



うおい!教えてくれないんかい!ってか、知らないんかい!



「物知りそうに見えたのですけど…。ジルーセ様って結構雰囲気だけなんですね」



見た目はうら若き美女って感じですけど。



「あら、中々言うじゃない。まあ、情報集めは私の本業じゃないから諦めて頂戴。

さあ、そこの入り口の床を綺麗にして終わりにしましょう」



ぱっぱとぼろい箒で砂埃を店の外に掃き出して、後片付けはおしまい。その後宿に行ってから寝る。




朝になり、預けた装備を受け取ってから広場に有る露店でまだ暖かいパンと牛乳を買う。朝靄が見えるがそこまで濃くない。焼きたてのパンはいくらか柔らかいけれどボソボソしてて、牛乳は臭みが強かった。ってかこれ本当に牛乳なのか?まあ安いから何でも良いんだけどさ。



「そのままで食べるのかい?蜂蜜をつければましになるよ?」



「いいえ結構です」



店の前で食べてるともっと出費しろと言われるけど無視して食べる。奴隷に贅沢は敵なのだ。


コップをお店に返却して、昨日皆が集まる予定だと言われた場所に行く。時間的にはまだ全然早い時間だったけれど、もうラクシュ君が来ていた。



「おはよう。

俺は迷うといけないと思って早く来たんだけど、ラクシュ君はいつもこのくらいなの?」



「俺は早起きだから」



と、そう言われて気付いたけど何かしらの運動をした後だったらしい。朝の鍛練ってやつか。もっと前から来てたってことだよね。



「昨日はよく見れなかった。どれだけ強いか見たい」



そう言って渡してくれたのは木で出来た剣だった。丈夫そうな素材の木だけど作りは粗い。それでいて使い込まれているからか凹みや磨り減りが目立つ。



「うん、わかった。首から上は無しでよかった?」



「怪我が無いようにしたい。

先ずは俺の動きに合わせてほしい」



どういうこと?と思いながらも木剣を握ると、ラクシュ君は上段に構えた。動きに合わせて、と言われたので同じように構える。


身長は俺の方が5センチくらい高い程度かな。筋力も俺の方が有ると思うけど獣人族だから動きが素早いとかありそうだな。



「ハッ」



ラクシュ君が気合いを入れ、左回りに木剣を振るう。剣先は俺には届かない位置だった。


振り切るのを俺はじっと見てしまってたのだけど、ラクシュ君もちょっと不可解な様子だった。



「…俺に合わせてくれ。剣を打ち合わせるように」



「あっ、そうか。動きに合わせるってそういうことね」



という事で、もっかい初めから。二人して上段に構える。



「ハッ」



ラクシュ君の気合いの声は、掛け声でもあったわけで、それに今気付いた。剣を振り下ろしますよって合図だったのだ。


俺はラクシュ君と対称の動きで木剣を打ち合わせる。力はあんまり乗せてないけど手にびりびりっと衝撃が来る。


いや、もしかすると力が乗ってないからびりびりするのかな?



「ハッ!」



今度は逆向きに振り下ろしてくるのを見て急いで反応する。何とか間に合って打ち合わす。



「ハッ、ハイ!」



今度は二回続けて打ち合わせるのだと感覚的に察知した。剣の動きを見て、しっかり二回とも合わせる。リズムゲームみたいで楽しい。力の乗せ具合もコツが掴めてきて、衝撃でびりびりしなくなってきた。



「はっ!」



今度はラクシュ君が動く前に、俺から声を出して剣を振り回す。驚いた様子のラクシュ君が慌てた様子で剣を合わせる。



「はっ、せい!」



複雑な動きをしてみたくなって、一歩踏み込んでみた。


その時になって、学生の時に痛めていた足を気遣っていないことにはっとする。体を動かすことに何の心配も要らないなんて、心まで若返ったような気分がするね。


ラクシュ君はちゃんと合わせて一歩下がり、二回とも防ぐ。


…楽しい。三回連続で攻撃したら、ラクシュ君はちゃんと防げるかな?試してみたいな。



「やっはっ!せい!」



ラクシュ君は二回目までは剣を合わせて防いでたけど、少し後退るので三回目は一拍置く。そして切り上げた。


楽しいけど、今のは何だか変な感じがした。握ってる剣が勝手に動こうとしたような気がするからだ。俺はそれを仕方ないなぁって、剣に合わせるように体を動かしてあげた感じだった。


だけどラクシュ君はその切り上げに木剣を合わせようとせず、大きく後ろに下がって避けた。なので結果的に空振りしてしまう。



「う、ぐっ……。今のは…だめだ。

俺に、合わせてくれないと」



「あ、そうだったね。ごめんごめん」



いかんいかん、ルールを忘れてたぜ。調子に乗りすぎだよな。


でも今の感じ、剣の動かし方に慣れてきてたのかもしれない。ああいう感覚は意識的に覚えておかなきゃな。


ラクシュ君は息を整えるように呼吸した後に構える。また上段から。



「…ハイッ」



カンと音を鳴らして打ち合う。



「ハッ、ハッ、ハイッ」



今度は同じ動きの繰り返しで、右、左、右。手首のスナップを効かせるように木剣を頭上で振り回しながら打ち合う動作を何度も繰り返す。


単調とも言えるかもしれないけど、段々と動きが最適化されていくように思う。手首のスナップだけじゃなく、僅かに体の重心を移動させるだけでも剣の振りが加速していくのを感じる。


次はここに動かしてみようかな、ここだともっと振りが速くなりそう。お、良い感じ。次はインパクトの瞬間にもっと体重を掛けてみようかな。


そうやってどんどん剣先の動きが速まっていき、ラクシュ君の声に合わせてたら危ないくらいになる。だから、もうわざと遅く振り始める事で打ち合わせるタイミングを調節するようにしていた。


…なんか、もうちょっと速くやってくれないかな。今なら見てから合わせられるから、掛け声要らないしなぁ。まだまだ限界を出せて無いから、もどかしいんだけど。

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