3-12
街に帰ったら獲ってきた鳥を専門の場所まで持っていく。魔物素材の買い取り窓口兼解体場みたいな市場が街の外れの方にあって、そこで現金化させるみたい。
列に並ぶと俺達の前には中規模な荷馬車がいた。幌が掛けられてて中は見えなかったけど、動く度に傾いた馬車の隙間からどす黒い血がボタボタと滴り落ちる。
何の死体が乗せられてるんだろう…。
ここに集められた素材の内、廃棄となる部分は即焼却してるみたいで、魔法使いの人が近くにある広場の真ん中で運ばれてくる物を止めどなく燃やし続けていた。肉の焼ける臭いに混じって食欲の失せるような酷い悪臭も漂ってくる。
指定の場所に俺達の獲物を全て降ろし終わると、マドクさんとリロイ君が残ってくれるので、その他の皆でモニクさんを連れて行く。
怪我とくれば、回復魔法だよな。どうやって治すんだろうとワクワクしながらモニクさんを背負ってあげる。
それは何の気なしにしたことだけど、モニクさんの体の軽さとまだ大人になっていないという、子供らしさを背中から感じた。それには共に戦う仲間という印象が沸いてこない。むしろ、まだ大人達が守るべき子供であり、愛らしい存在のように感じて、ちぐはぐとした想いが俺の心の中で入り交じってた。
…俺が何を感じようと、どんな想いを抱こうと、この世界では子供でも女の子でも、守ってもらうだけでは居続けられないんだろうな…。
「モニクさん、痛むだろうけど頑張ってね」
「う、うん…。いいよ、痛いけど大丈夫」
そうか、本人が大丈夫と言えるならまあいいかな。早く治してもらおうね。
「モニクの事は子供扱いしなくていい。
戦士が戦って手負いになった。 子供が転んだ訳じゃない」
そう言うのはラクシュ君。何だか少し怒ってるかも?
「子供扱いはしてないよ。痛いだろうから励ましただけでさ」
「戦士なら痛みにも耐えられる。モニクは戦士だ」
スケールのでかい理論で殴って来るような話し方をするな…。同じ獣人族のダミカはそんな風に言ってくることは無かったけどね。
「…戦士だったとしても、今は戦ってないじゃん。俺達仲間だけしかいないんだから、耐えたりせずに弱みを見せたって良いと思うよ」
そう伝えると、ラクシュ君は黙ってしまった。言い負かしたい、という気持ちが無かったわけではない。でも、自分の年齢の半分にも満たない子にムキになってしまっていたのではないかと思えて、その心を恥じた。大人げないなと。
ちょっとだけ重い空気が流れた。けど少しして、ラクシュ君がまた話し出してくれた。
「…俺の尊敬する人が教えてくれた。『戦う心を忘れるな』」
あ、何か聞き覚えがある気がする…。何だっけ、そういうことわざ。えーっと確か…。
「それ、そういうのって常在戦場って言うんだっけ?」
ことわざじゃなくて四字熟語だったね。
「じょう…?聞き慣れない言葉だけどね、それ。
この辺りじゃあんまり使われないんじゃないの?」
フラッド君が言う。この世界じゃ通用しない言葉なのかよ。
「ラクシュが言ってるのは『オーガは死ぬまで戦う』ってやつでしょ」
「バカ、それ違うでしょ。イカれた戦闘狂に使う言葉じゃない」
「違うの?…あっ、アレだよね?『イニシオスは戦う者の…』ってやつ?
後ろの部分忘れちゃった。なんだったっけ」
「へへーん、俺それ知ってる。答えられた奴は分け前の端数分を総取りってことにしようぜ!」
えー、マジかよ俺勝ち目ねぇじゃんそれ。最悪なんだけど。
「…ってか、それだとフラッド君も勝ち目なくない?」
「そこはほら、誰も答えられなかったら俺の勝ちってことで」
おお、それなら成立するね。
「なんだっけ…『戦う者の心を見守る』だっけ?」
「違くない?何か響きがださいし」
「は?お前さっきからそういうこと言ってばっかじゃん。なら答え知ってるんですか~?」
「知ってても言うわけないでしょ。『ゴブリンに罠を教えるな』ってやつよ」
「はあ?ウザ過ぎ…。ことわざで返すか普通…」
「…俺は上手い返しだと思った」
「な、俺も思った」
「んだよもう!」
ディーク君は悪態ついてるけど本気で怒ってる訳じゃなさそう。
皆は街に戻るとこんな感じなのかな。街の外ではピリピリしてたから、緊張が解れたのかも。
と、そこで背負ってるモニクさんの重心が動いたのを感じる。何だと思ったら、こそこそ話をし始めた。
「『イニシオスは闘志にこそ宿る』だったと思う」
モニクさんが教えてくれたのはこのゲームの答えらしい。
「いいの?モニクさんが言わなくて」
同じくこそこそ話す。
「私が答えたらばつが悪いもん。
それにコロウさん今日頑張ってくれたし、おんぶしてくれてるし」
そういうもんですかね。まあ確かに俺が怪我して皆に迷惑かけちゃったとして、ここで勝ちに行きたくは無いわな。
そういうわけで、このゲームの勝者は俺になった。皆には俺が異世界人ということを伝えてないから、まあ大人なら知ってるよねって感じで違和感無さげな反応だった。
そうして目的地に着く。そこはマドクさんと会って、今日の昼食を奢ってもらった組合所だった。
リンダさんが中にいた大人の人に話しかける。モニクさんの怪我の手当てを頼める人を探してるようで、慣れた感じだ。
話を聞くところ、ここはこの街全体の冒険者組合というわけじゃなくて、地区毎にある組合所なのだとか。そこに登録してる人達はお互いを助け合ったりする事も多く、いわば互助会みたいなものみたい。
何か冒険者同士ってもっと殺伐とした関係性なのかと思ってたんだけどな…。思ったよりこの世界って優しいものなのかも。
「…骨は折れてなさそうね。痛みの原因はもっと浅い部分でしょう。
それでも治そうとすれば魔力切れを起こすでしょうけど…やる?」
20歳くらいの魔法使いの女性が診てくれる事となり、長椅子に寝かせたモニクさんのお腹に杖が当てられてる。
回復魔法は怪我をしている側の魔力を主に消費する魔法らしい。原理的には、回復魔法使用者が微量の魔力を注ぎつつ、怪我をしている人の魔力を操作し、その人の自己回復力を高めるというような感じなのだとか。
ということは、短期間で何度も死にそうな怪我してたらどんだけ魔力持ってても回復してもらえなくなっちゃうわけか。それに魔力切れってのは…。
「魔力切れを起こしたことないんだけど、どうなっちゃうの?」
「モニクだったら大体1日くらい気を失っちゃうかな。モニクもいいよな?」
「寝てる間に取り分ピンハネしたら利子付けるんだからね。後の事はコロウさんに家まで届けてもらえれば安心だし」
ということらしいので、回復魔法を使ってもらった。杖の先から出る淡い光がお腹に当たり、少し苦しそうにモニクさんが呻く。それが10秒程続くと、話の通り眠るように気を失ってしまった。
「ふうっ、あまり上手く出来なかったわ。
魔力が回復したらまたしてあげても良いけれど、それで完全に治るかは微妙ね」
「え~、一回で治せないの?もぉ、へたくそ」
「うるさい。練習も兼ねてならやってあげるって最初に言ったでしょう」
回復魔法ってお金のかかるものだと思ってたけど、この世界ではどちらかというと怪我人不足なのかな?
そんな疑問をモニクさんを背負い直し、家へ送り届ける間に聞いてみたら全然違った。
「そりゃしっかりした本職の回復術士だったらお金かかるよ。
さっきのねーちゃんは昔からの顔見知りだし。あと腕もそんな良くないしね」
ということらしい。研修医が闇営業でする手術の練習台にされたようなもんかな?
モニクさんを家へ送り届けると、ディーク君がお母さんに怒られてた。それにここに居ないマドクさんにも何でしっかり見てないのかとか愚痴られ、今どこに行っているのと問い詰められてる。懐かしいな、昭和の母ちゃんってこんな感じだよね。
怪我した娘を背負ってたからか、俺に対しては打って変わって感謝の言葉がどんどん投げ掛けられる。いうて俺もモニクさんの怪我を防げなかった訳なんですけども。申し訳ないです。
ディーク君はこってり絞られるらしくて、ここで離脱。モニクさんも置いていくので、二人抜けた状態でまた組合所まで戻る。そこでマドクさん達も交流した。
「わはは、思ってた通りだな」
マドクさんが居ない間の話を伝えたところ、こんな感じで笑ってる。因みにもうそこそこお酒入っている様子。俺は呑んでないけど食事中だ。昼よりメニューが多いから嬉しい。
「かわいい孫娘が怪我してるのに…」
「おい、つまんねぇ事言うなよ。
これも若いモンにとっちゃ経験ってやつだろ?」
俺とマドクさん以外の皆は違う席で夕食を楽しんでる。他のグループらしき同年代の子も何人か混じっているから地元の友達なんだろうな。
「経験と言えば、今日は俺にとって得難い経験でしたね。冒険者ってのがどんなものか、何となく解ってきた気がします」
「おお、その事なんだがな…」
手にしていた木のジョッキを一旦置いて、佇まいを正す。雰囲気がちょっと変わった。
「思ってたより筋は良いぞ。度胸もあるし、結構使えてたな、剣」
「……あ、もしかして俺の評価ですか?」
「…お前、何だ?とぼけてるのか?」
「いえ、なんかいきなり話し始めるから…」
それに何て言うか、俺の人生上でも誉められ慣れてないからかな。この世界でも竜神さま以外に俺の事誉めてくれる人身近にいないし…。アルノー様はひたすらディスって来るもん。
「まあ、一番は人のナリだな。最初から解ってたが、性根がひねくれて無いもんな。
それだけでもまあまあ…って所だ」
ふーん?まあまあってのは、冒険者のパーティーメンバーとして見ると合格点って事かな。
「評価してくださって有難うございます。
でしたら、俺からの意見もちょっくら聞いてくださいよ」
「…んお?」
さて、どこから言おうかね…。まず、俺のする指摘に説得力があると思って貰わないといけないよな。
「この人員で続けていくなら、今後もリンダさんだけが指揮していくのは良くないと思います」
マドクさんは口に当ててたジョッキを一先ず机に置いた。
「…面白れえ話みたいだな。いいぜ、解るように説明してくれ」
「はい。ですがその前に、ディーク君に魔法を積極的に使わせている理由について確認したいです」
「…ま、それはお前も大体察してるんだろ。
とりあえず言ってみろよ」
「そうですね…。魔法スキルの底上げを図ってるのかなと」
「ああ、そんなとこだな。あとは、自由に剣使わせてたらあいつばっかりレベル上がっちまうからな。なるべく使うなって釘刺してる」
なるほどね。
「では、ディーク君とマドクさんは置いといて。
あくまで俺から見てですが、戦力として見ればリンダさんとフラッド君とラクシュ君が同程度、次にリロイ君で、モニクさんは一番下というような印象でした」
「ぐははっ、今日一日しか見てないようなド素人が遠慮もなく言うじゃねえか。ええおい?」
あれ?こういうこと言っても良さそうな雰囲気だったんだけど怒っちゃったか?
でもまあ言っちゃったことは仕方ない。とりあえず話を進めちゃえばいいや。
「まあ、確かに素人なりになんですが…評価が間違ってたらすみません。
それで、指揮する役割を他の子に変えてみてはどうでしょうか?」
「…ん、リンダを頭から降ろすってわけか?」
「…リンダさんの能力が低いだとか、そういうことを言いたいわけではありません。
友達同士で組んでいるからか、組の頭役というものを皆が深く理解できていないと思うんです。だからいっそのこと、皆がその役割を実感してみた方が良いと、そう思いまして」
いわゆるパーティー間での相互理解というやつ。あの子達の内では、それぞれの個人の戦闘力がどの程度のものなのか、ちゃんと把握できてない可能性すらあると思う。
命のやり取りをする集団のリーダーが簡単な訳がない。それを各々実感してもらって、それからまたリンダさんが指示を出す事になったとしても、皆にとって得られるモノは有るはずだ。
「ふーん、なるほどな。まあ、それについてはあいつらの気が向いたらやってみたって良いんじゃねえか?」
反応軽いな。あんまり説得力無かったのかなぁ…。
まあ、仕方ない。本題の方を思い切って伝えてみるか。
「あと、もうひとつ良いですか?」
「お?まだあるのか?」
「はい。これするのはかなり危険を伴いますけども…。
マドクさんを戦力から外す事です」




