3-9
マドクさんのメンバーはラクシュ君だけ獣人族で、他は皆人間族の新米冒険者パーティーだった。と、言っても活動してから1年位経ってるらしい。俺が奴隷だということは詳しく聞かれない限りは黙ってた方が良いとジルーセ様から言われてたのでまだ伝えてない。もちろん異世界から来たこととかもだ。それなりにこの世界の常識も身に付いてきた事だし、予め知っておいてもらわなくても大丈夫だろう。
小一時間話をしてると組合所内に良いにおいが漂ってきた。受付に誰もいないと思ってたら、裏の方でご飯が作られてたみたい。
「飯まだだろ?食うなら奢るぞ」
というありがたい申し出があったので甘えさせてもらう。一品しかメニューが無くて、それは肉たっぷりな塩辛いシチューだった。この世界こういう煮込み料理多いんだよな。後はパンがあって、飲み物が何種類か頼める程度だ。
食べてる内に、続々と組合所に集まってきたメンバーと顔合わせをする。皆それぞれ早めに昼食を済ませたらしく、集合したら街の外へ行くのがお決まりになってるそうだ。マドクさんがお酒を飲んでたから心配したけど、こんなくらいじゃ全く酔えないって言ってたからいつものことなのだと思って自分を納得させた。
ザンカートの街は中心部が城壁に囲まれ、その周囲に市街地が広がっている。さらにその外周からは城壁よりも簡素な造りの石壁で守られ、そこに物見櫓が等間隔に並んでる。
街の外には座っているのに聳え立つように見える巨人族。土塊で出来た体の至るところにぼこぼこと大きな窪みが出来ている。そんな彼は昨日動いてたリオニードさんだ。
統一された装備で身を固めた人たちがリオニードさんの周りを警戒している。見えるところだけでも5人。彼らはきっと兵士さんか何かで、近寄ってくる魔物から巨人族を守ってくれてるんだろう。
「巨人族は3柱この街に来てるって聞いたんだけど、他の人はどこなのかな?」
隣にいるリロイ君に聞いてみる。槍を持っているけど身長に合わせてなのか、他に見かけるものと比べてやや短い。俺の身長と同じくらいだ。
そして俺は荷物持ちで、背負子を担当してる。一応自前の剣もあるけど。鞄はジルーセ様のお店に置いてきちゃったし丁度良い。
「ボリーヤはきっと街の反対側にいるよ。フェードラは街から少し離れてて、強い魔物が出てくる場所を押さえてるんだ」
なるほど、それぞれ担当してる場所があるわけだね。
街を出て5分くらいかな。時刻は正午を過ぎたくらいか。この時間になると気温も上がってきて、歩いていると少し汗ばむ。森に入れば日陰になって涼しい筈だけど、まだ街道を進んでいく。馬に乗った集団が俺達を追い越したり、食料を満載にした馬車がすれ違っていく。馬があれば移動も楽なんだろうか。羨ましいな。
「やべぇ、俺昼飯食い過ぎたかも…。
もう腹痛ぇ~んだけど」
「バカフラッド。アンタいらないからもう帰ってていいよ」
「マジ?そしたらちゃんと分け前ある?」
「馬鹿言わないで。働いてないのにあるわけ無いでしょ」
「おいー、初っぱなからキレすぎでしょ。
落ち着けって~」
今のところ俺の所感だけど、フラッド君はダメな方のムードメーカーっぽくて、リーダーのリンダさんは真面目キャラが過ぎててどうにも苛立ちが抑えられないような印象かな。ただ、礼儀正しいというわけでもないからそもそも高圧的なキャラなのかも。
「街が近くても1人は危ない。だめだ。
フラッド、うんこ出せそうか?」
「うんこ!恥じらいもなくうんこ言いましたねラクシュさん!かっこいい!
実はですね私。うんこ出せそうです!」
「下品、サイテー。女子がいるのに、マジサイテー」
最低と連呼してるモニクさんはリーダーじゃないから、まだそこまでイライラしてなさそう。だけど、リンダさんの表情はかなり険しい。彼女の方は感情を抑えるのが大変そうだ。
んー、俺からするとそこまで気にしなくても良いと思うんだけどな。受け流せればフラッド君が面白い人間なだけの事だと思うけど。
「モニク、もういいから黙れ。
俺とコロウでフラッドの用足しに付き合ってくるから、リンダはしっかり先導しておけよ」
マドクさんの仲裁が入る。リンダさんが爆発してしまう前に止めた形になるかな?でもこれって不完全燃焼させただけで、ストレスの原因を解決したことにはならないよね。
「はあーい。ほら行こうリンダ?」
「あいつ、もう魔物に殺されれば良いのに…!」
ええ……そんな怒りますかリンダさんや?
と、思ったけれどこういうのって日常茶飯事だったのかも。いつもいつもフラッド君がさっきみたいなことを言うから、その度にリンダさんが我慢してて負の感情がめちゃめちゃ蓄積されてたりする?
「こっわ、今の普通に聞こえてるんですけど」
あー、良くない。思ったことを直ぐ口に出しちゃう?これは良くないですね…。
リンダさんの堪忍袋が心配になったけど、何も言い返すことなく、リンダさんはずんずん歩き出した。引き続き怒ってはいるみたい。
「フラッドー、どんだけデカいの出たか後でじいちゃんに聞くからなー」
「馬鹿野郎、下らないこと言ってないでさっさと行け」
ディーク君はマドクさんに叱られながらもニヤニヤした表情を見せ、リンダさん達を追いかけて行った。
それを見送り、別れた俺達3人は道を逸れ、樹の影で頑張ることにしたフラッド君の周りを警戒する。背の低い草が生い茂って、藪のような木もそこらに生えてるから死角はそこそこある。とはいっても、あんまり注意深くというわけではないようで、マドクさんから話しかけてきた。
「まあ、こいつらいつも大体こんな感じだな。
街の中じゃそこまで言い合いしないんだが、外に出ると最近はこんな調子だ」
「んんんっ!そうそうっ!リンダが、うぅんっ…ふぅ、怒りっぽくてさあ」
お前は話に入って来ないで他に集中することがあるだろ。
「今後…いつまでも俺が見てられる訳じゃないから、早いところ自覚ってモンを持って欲しいんだが…」
「でも今のところ1年間くらい続けて来れたんですよね?もう少し見守ってあげてれば良いんじゃないですか?」
「コロウさん呑気だなぁー。
でも俺そういうの嫌いじゃないよ。あ、何かケツ拭く物ちょうだい」
俺は見付けておいた手のひらサイズの大きめの葉っぱを3枚手渡す。
「ありがとー…ってこれ、かぶれる奴じゃん!まあそれでも拭くけどさあ!」
「えっ、知らんかった。ごめん他の見付けてくるから止めとこうよ」
「いやいや。俺、他人の善意は大事にする人間だから」
こいつ…愛嬌の塊かよ。でもお馬鹿だとは思ってしまうな。
「フラッド君はさ、悪い人じゃないと思うんだけど…。
リンダさんに何を言えば怒られるか、わかりそうじゃない?どうしてもさっきみたいなこと言いたくなるの?」
「えー、んー……そこまで考えてないなぁ。
それに俺、普通にいつも通りにしてるだけだし。それなのに街の外に出た時だけ怒るリンダの方が変じゃない?」
それが事実なら確かにリンダさんが怒りっぽくなってるだけだと思える。
マドクさんを見ると、肩をすくめてみせた。……それどっちの意味やねん。
「じゃあ、街の外ではそれだけリンダさんが気を張ってるって事だとも思えないかな。
仲間なら心理面でも助けてあげた方が良いと思うんだけど、どう?」
「うん、確かに。色々考えなきゃいけないのはしんどいよね。
俺、コロウさんの言う通りにした方が良い気がする」
お、物分かりがいいな。ユーモアたっぷりだけど素直でもあるのか。親御さんはどんな育て方をしてきたんだろう、ちょっと気になる。
フラッド君はズボンを上げて、装備を整える。頑丈な革のベルトを腰に巻き直し、剣を差した。このパーティーはマドクさんが質の良い盾と剣を使い、リロイ君は槍を使う。それ以外は皆同じ剣を装備していた。あとはディーク君が魔法を少しだけ使えるらしく、30センチくらいの短い杖を持ってるそうだ。
魔法用の杖はアルノー様が使うような大きい物や、ディーク君のような短いものの他に、小人族が使う中くらいの長さの杖が一般的だ。
杖は大きくなるほど魔法の構築に補助効果がある。その分杖に込める魔力の割合が大きくなるので、魔力操作に習熟してないと魔法の発動にかえって時間がかかるらしい。理論的には魔力の消費は杖の大小で変化しないそうだけど…。
ただ、杖が小さいと強力な魔法が使いにくくなるそうで、上手く発動できなかったり、発動しても大量の魔力をロストしたり、最悪制御出来ずに魔法が暴走することもあるそう。逆に規模の小さい魔法しか使わないなら使い勝手は良いと聞いた。
しかし、材質にお金を掛ければその限りでは無いそうだけれど…。魔法を使う道具には他にも色々あって、その中でも杖は安価な部類でオーソドックスな物らしい。
杖の他には俺が前に使った本の形のものや、水晶とかもある。本タイプはページ毎に魔法陣が書かれてるので詠唱とか集中がほとんど必要ない。だけど、魔法の応用が全くできない上に魔法陣を書くのに高価な触媒が必要で、しかもその魔法陣も消耗するらしく何度も使える物じゃないからコスパはすこぶる悪い。大金持ちでもメインで使う人は滅多にいないらしい。
俺が前使ったのはアーティファクトだったから、色んな意味で特別なんでこのルールからは外れてただろうけど。
水晶も物によるけど凄く高価らしいけど、そっちは落としたりして壊しちゃうまでずっと使える非消耗品だ。しかもかなり応用が効くし、詠唱中の集中力を高めて強力な魔法を使うのにも適してる。ただしその特質があるから、魔法の詠唱中に深く集中しすぎてしまうことで意識を失う未熟者が多いらしい。
戦闘中に意識失くしたら死ぬじゃんね。使うの怖いわ。
あとは指輪などの装飾品もあるのだとか。でもそういうのは攻撃魔法には向かなくて、祈りや呪術を使うのに適してるってアルノー様が言ってた。ジルーセ様のバフ魔法もそういうのを使うからね。呪術ってのはデバフ系統の魔法ってことかな。
魔法ってのは奥が深いぜ…。と思ってマドクさんの先導に着いていくと、リンダさん達が魔物をやっつけてたみたいだった。
「蛇と鼠。鼠はもう2匹居たけど逃げられた」
ラクシュ君が皮を剥ぎ終えていた。鼠の方は猫くらいある大きさ。蛇は…そんなに大きくないな。
「俺も最近蛇を倒したんですけど、この辺多いんですかね?」
「昨日ナーガが街の近くに出ただろ。神性持ちが動くと近い系統の魔物もつられて活発化するんだ」
へぇ、そういうもんなのか。ってことは、ナーガが神性を得られたのは蛇の魔物たちの信仰心が集まったからかな。
「鼠は蛇に驚いて道に出てきた」
なるほど。
「コロウさんが倒した蛇ってどんな感じ?」
フラッド君が聞いてくる。
「この蛇の3倍くらい長かったかな。一番太いところは、このぐらいあったよ」
言いながら電柱を抱えるように両腕で輪っかを作る。
昨日のことだけど、あいつに締め付けられて痛くなった全身は昨日の内に回復してたな。
「結構でかいっすね。
鱗も固かったでしょ。その剣で斬れたんですか?」
「いや、その時は剣持ってなくて、木の棒で戦ってた。
でもそれも途中で折っちゃったから、最後は素手で頭掴んで捻り潰したよ」
思い返せば余裕なんかなくて、いっぱいいっぱいな戦いだったな。一番死を感じた戦いだったかも。
「き、木の棒で戦うって…」
「素手で捻り潰すとか、もしかしてドワーフの血が入ってる人…?」
「いやそんなのドワーフでもやらないでしょ、無理無理」
皆から奇異な目で見られることになってしまったけど、伝え方が悪かっただけのような気がする。これは説明の仕方を間違えてしまったかも…。
「ま、まあ力はある方なんでね。荷物持ち、頑張るからどんどん魔物仕留めてってよ」
黙々と解体してるラクシュ君から切り取った素材を受け取って縄で纏めていく。俺、おっさんだから急に目立つポジションになると気分的に居心地悪くなるんだよね。
すると、最後の肉塊をラクシュ君から受け取るときにボソッと言われる。
「俺は最初から強い奴かもしれないって思ってた」
……そ、そうですか。




