表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/48

3-3

宿場町を通る度に寝泊まりすることを2回経た日の昼頃、砦の構えられた物々しい感じの関所に差し掛かった。砦の左右には隆起した地面の上にも城壁の如き建造物が自然を隔てる様に続いていた。関所と表現したけども、ここは今の俺やアルノー様にとっては何の問題もなく通れる所だ。


そしてここは国境というわけでもない。ここまでは人族の生活する環境だったのだけど、ここからは魔物が支配する環境に人族が無理矢理侵略している形になる。


つまりは地脈の影響が強くなってくる、その境目だということ。今までは道を歩いてても魔物に襲われる心配なんてほとんど無かったけれど、この先は道だろうが町の中だろうが魔物と遭遇する恐れのある場所に切り替わるのだ。国の境ではないけど、人族と魔物の境界みたいな感じだね。


そして、地脈の影響が強いということは、魔法を使い易くなっている事でもあるし、襲われた時に魔法を使われる可能性も有るということだ。


こういった地脈の影響が一定以上に強く現れている場所のことを、魔境と呼ぶのだそう。



「その棒を手にして前に出られてはむしろ邪魔になるだけだ。

元よりお前の戦力は当てにしてなかったが、ここからはくれぐれも私の前には出るな」



「わかりましたけど、後ろから襲われた時はどうすれば?」



「急に私の前に出るな、という意味だ。

詠唱していると意識がそこへ集中してしまう」



「あぁ、了解です。ならアルノー様の後ろの警戒は俺の役目ですね」



味方への誤射は現実世界でも良くある事だったと聞いた覚えがあるし、過去のゲーム経験からでも味方が邪魔だなーって思ったことは何度かあった。


味方を間違って攻撃するだなんてとんでもないと思う人もいるかもしれないけれど、味方だと思ってるからこそ、その存在を警戒しておらずに誤って攻撃してしまうような事故が起こり易いのだ。決して甘く見てはいけない。


そんなわけで気を引き締めながら進んだのだけど、この日は結局戦闘になることは無かった。ばかでかい鹿が道に出てきていたのを見かけたので、アルノー様が魔法で追い払ったくらいだ。鹿の方も怪我はしなかった。


草食動物といえども気性の荒い生き物もいることは知ってる。日本の鹿は臆病だったり大人しかったりするもののイメージがあるけど、あれだけでかいと角も大きいし、普通に恐い。馬みたいだったな。


この日は町にまではたどり着けなかった。といっても元々その予定で、野営地のような場所に到着した。今日はここで朝を迎える予定だ。


まだ日が沈みかけている時間だけど、そこかしこで火が焚かれ、その集団毎に火を囲む人々。馬車が停められていたりテントが広げられてたりしている。野営地だからか前の世界のキャンプ場のようにも思えるが、今となってはダミカやランドル達と森で過ごした日々の方が思い出される。少し、この世界に染まってきたかな?


森の中にある大きな広場なのだけど、その中央には巨大な木が生えていた。あれだけ大きいと目立つよなぁ。



「…顔見知りがいる。今日はそこの集団を頼るとするか」



「頼るって、一緒に野営するって事ですか?

馬車には知ってる人と乗りたくないと言ってたのに、今日はどうして……あの人達が信頼できるからですか?」



「んん…まあ、あの者らはそこそこの人格者では有るだろうがな。

こういう場では狂暴な魔物よりも悪意を持った人族の方が脅威となり得る。背に腹は代えられん」



何事かの経験でもしたことがあるのか、記憶の中の出来事でも思い出しているかのように話すアルノー様。その思い出について気にはなるけど、今聞いた所で純粋に楽しめる話では無さそうだな…。


アルノー様の示すその集団とは、7人で焚き木を囲んでた人達で、まだ火は灯していなかった。その内何人かは寛いだりせずに、防具を身に付けて武器を直ぐに取り出せるようにしていた。あと、ドワーフ族の人もいる。


彼らは近付くアルノー様に警戒したが、それが誰か解ったらしく声をかけてきた。



「……なんだよ、アルじゃないか。お前だけでこっち側に居るのは珍しいな」



「ああ、まあな。

だが今日は私だけではない。悪いが夜明けまで同席させてくれないか?」



「おう、いいぞ。

その代わりに物資を節約したい。お前の魔法を頼りにしても良いよな?」



「その程度なら構わない。

…あぁコロウ、こっちへ来て良い」



輪に入って良いのかわからず、立ち止まってしまっていた。入って良いと言われたなら行かせてもらおう。



「こいつ誰だ?」



「奴隷だ。彼を買うために出掛けて、今はその帰りでここにいる」



「借金奴隷か」



「そうだ」



「へえ。高かったか?」



「必要経費と思っている」



相手はこのグループのリーダーっぽい人で、アルノー様とは気心の知れた仲のような感じ。それに俺が奴隷だということを知られても良いと思うくらいの評価がある人なんだろう。



「ホレ、アンタもそんなとこで突っ立っとらんと、ここに座り」



ドワーフの女性に招かれて、俺も集団の輪に加わる。礼を言って座ると、自覚できるほど皆からじろじろと見られた。



「アンタ奴隷なの?金のために身売りでもしたのかい?」



結構ずけずけ聞いてくるタイプだなこのドワーフさん。隠したいこともあるからあんまり話の槍玉に挙げて欲しくないんだが。



「まあ…そんな感じです。人に迷惑かけてしまって、お詫びするためにまとまったお金が必要でして」



ケインさん達との事を思い出す。今頃何してるかな。俺が奴隷になることで得たあのお金、何に使われたんだろうな…。



「アルノーが買い付けに行くぐらいなんだから、何か珍しいスキルとか持ってるんだろ?

何が出来るんだ?」



今度は別の男の人が聞いてきた。不躾に初対面の人のスキルを聞き出そうとするなんて、そういうのって失礼なんじゃないの?


そう思ってアルノー様の方を見るけど、まだリーダーの人と話していて何の助けも来そうにないな…。仕方ない、ここは適当に誤魔化しとくか。



「では…皆さんが良ければ料理を振る舞わせて下さい」



「料理してくれるの?やった、助かっちゃう」



大人になりたて位の若い人間族の女の子が言う。彼女がこのグループで元々料理を作る役割だったみたいだ。



「こら、ネネノ。サボろうとするんじゃないよ。

せめて変なの作られないように見張っときな」



というやり取りがあって、調理を任された。ネネノさん達の食材を見せてもらうと、玉ねぎと芋とにんにく、新鮮だという猪の肉。あと牛乳と蜂蜜とオリーブ油もあった。パンもあるけどもちろんこれは硬いやつだ。


バター欲しい。出来ればトマトも。


まあ無い物ねだりしてもしょうがない。薪を組み立てて熱源を作ろうとしたら、加熱のスクロールをアルノー様が貸してくれた。


加工された魔物の皮に魔法陣が刻印されていて、魔術用の触媒を正しい位置に置き魔力を込めると上に乗せたフライパンやら鍋やらがアッチアチになる優れものだ。IHマジカルクッキングヒーターですねぇ。


それなりに使用感があって、所々に焦げやシミ汚れが目立つ。コンロあるあるだね。


早速鍋に水を入れて加熱。猪肉には塩を振っておく。胡椒は今切らしてるらしくって残念だ。芋はジャガイモっぽいので一口大に刻む。玉ねぎは薄くスライスしたいけど、ナイフの切れ味が悪いせいであまり薄くできない上に目に染みる。砥石があれば…。あとまな板も小さいな。


鍋の水がもう沸騰したので火力を落として切った芋を投入。すると芋が浮いてきてしまうので落し蓋をした。


にんにくは半分に切って芽を取り除いて刻んでおく。幾つか磨り潰して猪肉に塗り込んでみた。肉に臭みは無かったけど一応ね。


芋を鍋から取り出す。ザルが無いので一つずつ菜箸で摘まんで取り出すから大変な上にめんどくさいぞ。その後磨り潰すのだけど、ボウルが無いので代わりにフライパンへいれてマッシュする。


芋茹でに使った鍋の湯は捨てず、そのまま牛乳と潰したジャガイモを戻し入れて混ぜ続ける。これはネネノさんにも手伝ってもらおう。


で、フライパンに油を垂らして熱し、刻んだにんにくを加熱する。臭いが油に染み込み、にんにくがカリカリになったら取り出して、その油で肉を焼く。表面に焦げ目を着けた所で玉ねぎも入れて、アルノー様が持ってた乾燥オレガノで風味付け。


カチカチのパンを切り分け、そして焼き上がった肉も切り分け、玉ねぎと一緒にパンにのせる。フライパンの残り汁に蜂蜜を混ぜたものをその上から垂らしてカリカリにんにくもトッピングする。メインはこれで出来上がりなので、完成したものから皆に配ってもらう。


空いてたコンロに再び芋を入れてた鍋をのせて再度入念に混ぜてみるけど、やっぱり小麦粉が無いからかとろみが弱い。それに潰しも甘かったのか、固形のままの芋も目立つ。


せめてバターが有れば…。何ならもう少し調味料が有れば良かった。残念で仕方がない。


不甲斐なさを感じながら、蜂蜜と塩で味を整え、味見をして貰うために少量をアルノー様へ持ってく。


ところが既に猪肉パンを食べていたアルノー様からは何の不満も無さそうだった。むしろ俺の様子を見て怪訝そうな顔をしている。



「…途中まで生き生きと作っていたのに、何故食べる段階でそう落ち込める?」



「作ってる時は夢中なんですけど、完成が近付くと理想通りにいかない所が気になっちゃって…」



心残りはあったけど、アルノー様からはGoサインが出たので完成した芋のポタージュも器にいれて皆に回す。ネネノさんやドワーフさんが結構盗み飲みしてたので気持ち少なくなった気がした。この2人の分減らした方が良いかな?



「全部まとめて煮てしまえば良かったのに。

食堂にでも使われてた奴隷だったのかい?中々手の込んだ事をするね」



そう言ってはいるけど味については不満はなさそうだ。食べてくれるなら作った甲斐があるね。


俺も食べてみる。すると、フライパンで芋を潰したためか、残っていた芋のかすが油で揚がってて想定外の美味しさを見付けられた気がした。カリカリしてて歯応えも楽しめる。


ポタージュの方は、流石に薄味だった。でも思ってたのと大分違う。何が想像と違うんだろうと考えたら、蜂蜜だと気付いた。


猪肉パンの方では少ししか使わなかったし、にんにくが効いてたから気付かなかった。けれど、ポタージュの方は色んな花の香りがして風味に深みと広がりが有るような感じがした。


これはきっとポタージュ自体が薄味で強い風味のあるものが無かったから、蜂蜜の香りが口に入れたとき花開いたのかもしれない。



「高そうな蜂蜜、沢山使っちゃってすみません」



「いいんだ。この辺りじゃ蜂蜜は安く手に入るから」



それは意外だ。養蜂家の町でも近くにあるのかな?甘いの好きだから後で舐めさせてくれたら嬉しいぜ。


食べたら寝ても良いらしいので俺は鞄を枕にして先に横になる。先人のお陰か、石が片付けられてる場所があって助かる。雨も降らなくて、地面が濡れてないのも良かった。


アルノー様はまだ起きているそうで、奴隷としては何か申し訳ない。でも俺が起きてても見張り役にはなれない。アルノー様はまだしも、このグループの人達が俺を信用し見張りを任せ、安心して眠れないからだ。




環境が良くないから途中何度か目が覚めながらも、夜が開けて朝になった。少しずつ周りの人も起き出した頃、竜神さまから連絡が来た。



(コロウよ、元気にしておるか?)



(竜神さま…連絡を待ってましたよ。

そして、白々しいですね。どうせアルノー様とはこっそりと連絡を取り合っていたんじゃないですか?)



早く連絡してこいよと、ここ数日ずっと思ってたけど、今回に限ってしてこない。


まさかここまで嫌がらせしてくるとは思わなかったぞ…。



(おお、新しい主人に対して常に様付け出来ているのは感心よな。

正に奴隷の鑑と呼べるのう)



(くそ、こんな計画的犯行なんか許されるはずがないんですからね…。

今日まで連絡してこなかったのも、もしかして連絡頻度を落とすように言った俺への当て付けじゃないでしょうね?)



(ふむ、そういうこともあるかもしれぬが、まあ気にしすぎも良くはなかろう?)



こっこいつめぇ…やっぱり確信犯じゃないかよ!この意地クソ悪竜アルカンめ。賢竜ってずる賢い竜って意味なんじゃないの!?



(それにあのままではそなたの時間をただ消費してしまうだけであろうし、他の奴隷とも別れ難くなってしまうのではないか?)



(…それは、もうあの時点で大分後ろ髪引かれてましたよ)



いらいらしてしまい、文句ばかり言いたくなる。でもそれを堪えて、もっと建設的な話をすることにしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ