2-24
今日は倉庫に行くわけでは無さそうで、朝から体を洗われて髭も剃って髪も整えてもらった。
俺の他には男の人間族3人も一緒だ。アンネさんは俺を担当するのを避けたのか、違う人が体を洗ってくれる。名前って…確かニアさんだったっけ?
それが終わると服もちゃんとしたやつを着せてもらえた。その後は、どうやら店舗の方へ向かうみたいだ。
何か新しい仕事かな?それか奥様に呼ばれたのかな。
中に入ると、皆で一つの部屋に通された。見たことある商会の人から全員の名前を確認され、それから説明を受けることになる。
「個人で購入希望のお客様だ。
ご希望では、成人した人間族の男で人並みよりも力が強く荷物持ちができる。戦いから逃げないが普段は温厚な者とある。
それに当てはまらないと思うか?」
誰も手を挙げなかったけれど、自然と皆の視線が俺に向けられた。
……何なんでしょうかね?
「…くれぐれもお客様には失礼のないように」
段々と理解が出来てきた。
今日店舗に来ているお客様が、希望に沿うような奴隷を探し求めているのだろう。俺達は今からその人の品定めを受けるためにここへ連れてこられたんだ。
お店の人によって呼ばれて、順番に一人ずつ部屋から出されていく。けれど、俺はまだまだ待たされている。
残り俺と、もう一人だけになった時その奴隷さんから話しかけられた。
「今日のお客様は、多分お前を狙って買いに来てる」
「……なんで?」
「こういう時、店側も誰狙いか大体解ってるんだ。お客様は黒髪の男だとか言っていたかもしれない……分からないけどな。
それでも奴隷商としては宣伝目的とかで目当て以外の他の奴隷も見てもらうんだよ」
「そっか…。本当に俺目当てだったとしたら、ごめんね。無駄足に付き合わせちゃって」
ずっと倉庫で作業してたから、忘れてた。俺達は奴隷で商品で誰かの所有物で、そういうモノとして人から人へと売られるかもしれないってことを。
何年か倉庫で働いて、何日かに一度また街の外へ行って、魔物の相手したりして素材を集め、自分を買い取るお金を貯め続ける生活をして行くのだと思ってた。
ダミカやランドル達と一緒に居て、色んな常識を教えて貰うのだと思ってたけど。急に終わるんだねこういうの。
…まあ、本当に俺が目当てなのかはわかんないけどさ。
「それは良いけど…。お前、奴隷頭と仲良かっただろ。
何か伝えておくことあるか?」
はっとした。もうダミカ達に会えないかもしれないってことか。
俺は売られてもまだ奴隷のままだ。自由なんてある訳じゃないし、売られてそのまま違う街へ行くことになるかもしれない。
ダミカ達に、伝えたいこと……って、何があるかな?
「…何も無いのか?そんな間柄にも見えなかったけど」
「あ、いや…」
何も無い訳じゃなかった。ふと思い浮かんだのは、あの焚き火を囲んでした話の事だ。
「ダミカとランドルに、自分のやりたいことを見つけて、それを忘れないでって…。
やりたいことを見付けられなかったら、大事な人の事を思い出してあげてって、伝えてくれるかな」
「…わかった、二人には伝えておく。
間違って俺が買われたら全部忘れるよ」
あ、話してる内に信じ込んでしまってたから何か笑えてきそう。しかもあんなセリフ言った手前だからちょっと恥ずかしい。
えへへって照れ笑いしてると、商会の人が来て次に呼ばれていた。本当に俺が最後になったので、やっぱり彼の言ってた通りに成りそう。
「ああ、あとキースって子には度胸は大事だぞって。お願いね」
彼は頷いてから部屋を出て行った。
それから小さな部屋に一人で待つ。待つ時間は、色々と経験してきた。でも自分が売られるのを待つ時間は経験したことはない。長く感じた。
学校の卒業式で、証書授与のために名前を呼ばれるのを待つのって、こんな感覚だったかも?随分と昔の感覚を覚えているものだな。
「順番だ、来なさい」
「はい」
呼ばれた。今はもう卒業式の時みたいな気負いは無かった。あの時程の若さは俺にはもう無い。あるのは奴隷としての自覚だろうか。
商会の商品として精一杯見映え良く振る舞い、お客様のお眼鏡に叶うように心掛ける。
そう意識して、通された部屋には他の奴隷は居なかった。扉の前に警備の人、商人が3人居て、椅子に座っているのがお客様らしい。
袖と裾の広がった、フード付きの服は魔法使いが着るようなローブみたいだ。額に巻き付けた布の上から銀色のサークレットを嵌めている。何で俺はサークレットって名前を知ってるんだ?まあいいけど。
そして大きな木の杖を手に持っている。魔法使いが用いるような怪しい杖だ。
ローブでよく分からないけど、首が細くて頬も痩せこけて骨ばっているため体型も細いものだと思う。明るい水色の長髪に黄色の瞳。そして耳が長く先が尖っている。……もしかして、エルフかな?
女性か男性かは判らない。中性的な見た目では有るけれど…。エルフって美男美女ってイメージがあったけど、この人はそういうのよりも不健康とか神経質そうだとか、そういう感じがしてしまう。失礼だけど魅力的な印象は無いなあ。
「…彼にする。買おう」
声は男性のものだった。
…ん?『買おう』って、ああ……やっぱり俺この人に買われるのか。
……ダミカに、一緒に居るって言ってしまったのに。こんな風に約束を破ることになるなんてな。
正直、直接会って謝りたい。あんな約束をしてごめんって。言ったことを守れなくて申し訳ないって。
…でも逆に、俺の意思とは関係無く離れ離れにさせられるんだ。伝言で別れを告げる事しか出来なかったとしても、仕方ないと言い訳が出来るかもしれない。
ダミカ…傷付かないで居てくれたら良いんだけどなあ。
あと、覚悟してたと思ったけど、人に買われるとかいう感性が未だにしっくり来ないな…。
「…宜しいのでしょうか?まだ金額もお伝えしておりませんでしたが」
「値切りはしない。大金貨なら余裕がある。
支払いで困るならそちらで両替屋を呼んでくれ」
「これは大変失礼致しました。両替は当店で請け負い手数料も頂いておりません。
奴隷は一度下げさせても宜しいでしょうか?」
……何か物凄い量のお金が動きそうな匂いがする。
「…彼が席を外す理由は?」
「差し出がましいようですが、お支払への配慮と奴隷へ新品の衣服を着用させてからお渡ししておりますので、その準備時間を頂きたく…」
「なら今着させている服も買い取る」
「承知致しました、贈答用の衣服は手渡しでご用意致します。
お支払いは大金貨をご希望ということでしたので……22枚お預かりしても宜しいでしょうか?」
「聖金貨なら3枚ある」
「はい、計算致します」
大金貨……確か、金貨4枚分くらいの価値がある貨幣だ…。聖金貨は金貨10枚分以上の価値があったはずだよな。それらが小袋からばらばらと出てくる。金貨同士の擦れ合う音って、めっちゃ金持ちっぽい音がするぜ。
台の上に乗せられた秤を使って、一枚ずつ重さを確認している。そしてお釣りの金貨や銀貨も同じようにお客様の見える位置で一枚一枚重さを確認していた。全て問題無かったので支払い完了になる。
それが終わると、今度は神様との契約についてだ。
コロウと呼ばれる借金奴隷…つまり俺が、残りの支払いが金貨と大銀貨が一枚ずつあって、奴隷商人と買い主との売買が滞り無いため仕える主人を只今より移り変わりますと奴隷の神様にお伝えをする。
ここは書類とか必要無い。金銭か、それに相当する価値のある物のやり取りが行われれば良いみたいだ。魔法的な何かや神聖な物品も用意しなくて大丈夫。契約を悪用するような心を持ってたりすると罰が与えられるだけだと聞いている。
それと今になってちゃんと理解したが、俺が金貨と大銀貨一枚ずつを返済するまでの期間が借金奴隷としての労役で、その労役期間を金額に換算すると大金貨22枚くらいの値段になるらしい。これは奴隷の個性や能力によって判断されるため、値段も個別に違ってくるのは当然だろうね。
今の金額が大金貨22枚くらいもするのに、何で奴隷になったときは大金貨一枚にも満たない値段で売られたのかというと、まあそこは俺を売る立場だったあのケインさんに商売っ気が無かったからだろう。要は買い叩かれたって事だし、当時は俺にも色々と問題が有ったからだろうな。
言語スキルが貧弱で法律もよく知らず、それに関わらず犯罪に手を染めかけていたってのは良く見られないだろう。
ただこれは買われる側の今の俺が気にすることじゃないけど。
「お待たせしました、それではお客様よりネビス神へのお誓いを…」
「…金は支払った。この奴隷コロウを僕とし、今後仕えさせる。
彼の者が隷属から解かれる時まで、善き主人としての役目を全うすることを誓おう」
俺のご主人様はたった今から、エルフのアルノー様になった。
「お前の装備を買う」
「はい、ご主人様」
商店から見送られてすぐ、アルノー様からそう告げられる。
俺の荷物は奴隷なので何も無い。この身一つだけだ。
奴隷の作法はこれまでに色々と教えてもらってた。
街中ではご主人様の2歩後ろを歩き、進んで荷物を預かる。お財布については自分から持とうとしてはいけない。
声をかけられた時のために、聞き逃さないようにご主人様の声には注意し、喋り始めたら一歩距離を縮める。命令されれば『はい、ご主人様』と答える。
食事はご主人様から食べて頂く。必要があれば奴隷が率先して作り、味付け時点で味見をお願いする。
睡眠も先に寝てはならない。朝は先に起きること。
街の外では許可をもらってご主人様の前を歩く。危険があれば可能な限り身を呈してそれを振り払う。他にも色々と仕込まれたけど大体忘れてしまったがまあ良いだろう。
ようし、やるぞ。俺はご主人様の奴隷なんだ。完璧な奴隷として、俺を買って損は無かったんだと絶対に満足して頂くのだ!
「…武器を、お前に与えたいと思っている。
どんな物なら扱える?」
一歩近寄る。
「武器なら、棒が最も扱い慣れております」
「…棒?……わかった。
他に欲しい物は有るか?」
「はい。荷物を持つための背負い鞄を」
今のところご主人様は杖を持ってるだけで他の荷物は持ってなさそうだ。お財布は何処かに入れてるだろうけど。
「鞄……だけか?」
水色の髪を揺らし、振り向かれた。不健康そうな顔からはあんまり感情が読み取れない。
「はい。お荷物があれば自分がと思いました」
「…あぁ、そうか。私の荷物は持たなくて良い。今はお前が欲しい物を聞いている」
なんと、ご主人様はお優しい!でも、大丈夫ですよ。
「お心遣い感謝致します。しかしながら、お手を煩わせる訳にはいきません。
必要な物は、ご主人様に選んで頂けたら幸いです」
「…お前に説明したいことがある。
買うものを買って宿で荷物を拾ったら街を出る。そこで話そう」
……そうか、もうこの街を出るのか。
もしかしたら、この街に居続ける事になって、ダミカと話をする機会があるかもしれないと思ったけれど、仕方ないよな。ダミカとの約束を守れなかった後悔はいつまで残るだろう?考えるのもうんざりするよ…。
そして説明することってなんだろな。
「はい、ご主人様」
「コロウ、私は奴隷を持つのは初めてだ。許可を与えるのでご主人様と呼ぶのは止めなさい」
…えっ?奴隷のアイデンティティーを初日から奪うつもりですか?




