2-20
小高い山の頂上は、どうやら巣になっていたらしい。あの辺の地脈は局所的に強くなっていて、まあまあ強い魔物であるワイバーン達が活動できているのではないかと話してた。……山というかあれは丘だったのだろうか。
ワイバーンについては、空を飛ぶし大きいし厄介な魔物なのに何で今まで見つかってなかったのかと思うが、多分餌場はもっと森の深い方向であって、浅い方へは来なかったのかも。
森の深い方、そのずっと向こうには、標高の高い山々が連なっている。目を凝らせばその山の回りを飛んでいる何かが見える。きっとあいつらも何らかの強い魔物なんだろう。
そして俺達は何をするのかというと、拠点に戻ってきていた。ワイバーンという、空を飛び、強固な外皮を持つ魔物を打ち落とせる程の攻撃力がここには無いからだ。たとえ1匹であったとしても襲われたらひとたまりもないのに、それが7匹も居るという話だ。
とはいえ、例え見付かったとしても森の中に居れば、開けた所へ行かない限り襲われる心配は無いと思うけどね。翼が大きすぎて木を避けて飛ぶことなんて出来ないだろうし。
冒険者さん達は明日になったらこの件を街へ報告しに行くのだそう。あとそれとは別に、適当に素材や肉を集めて仕事は終わりになりそうだと話している。どうやら今回みたいな異常や、強い魔物とかを発見した時に報告すれば、その情報に対する報酬が貰えるみたいだね。
焚き火を囲みながら、今日は鳥の肉を食べさせてもらう。脂が濃くて焼いていると美味しそうに見えたんだけど、食べてみると特別美味しく感じることは無かった。ただ臭みも全く無い。塩味と食感と焚き火の匂いが付いてて食べれなくはないけど、もっと上手く調理出来ないものかと考えてしまうね。タレが欲しいよ。
食事とその後片付けが終われば奴隷の皆は毛布にくるまって眠りにつく。
俺は食事中、焚き火に照らされたダミカが、何事もなく今日を終えられたと嬉しそうに話していたことを思い出す。
「少し深いところに行ったけど、誰も危ない目に遭わなくて良かった。
皆で無事に帰れそう」
そう言っていたダミカが皆の身を案じているのは知っている。
だけど俺は…魔物と命のやり取りをした後、色んなことを考えていた。他の生き物の命を奪うということとかについてだ。
考えた結果と、全ての心の整理がついたあとに改めて自己分析してみると、俺自身は魔物との闘いの高揚感を特別な物として味わっていたように思う。
比較対象として記憶の中にあるものでは、学生時代にしてた部活の試合も充実していたし、思い出深い。妻と温泉旅行に行った時にした卓球もすごく楽しい思い出だ。あと他には、ネット対戦形式のテレビゲームだってかなり熱を入れてやってたし、勝負事が好きなのは自分でも解ってるつもりだった。ただ賭け事は一度大負けした過去があって大嫌いになったんだけど…。
でも…あの自分の命を危険に晒して行う駆け引きには、それらとは隔絶している程に、どうしようもないくらいの魅力を感じた。
価値など無いと思っていた今の俺の命にも、何らかの使い道があるかのような気がしてならなかった。
魔物と戦う仕事がしたいと、心底思った。
そうなるとやっぱり、俺は借金奴隷から抜け出すことが出来たら冒険者になりたいなぁ。
ちょっとだけ生きる希望になりそうなことを考えていたところで、意識に割り込んでくる感覚…。
(夜分にすまぬ、寝るところだっただろうか?どうしても落ち着かず、明日まで待てなくての。
うむ、そのだな……今日はどうであっただろうか?)
出たな鬼電ドラゴンめ。一日に二回は初じゃないか?
でも、これはちょうど良かったかもしれない。
(竜神さま、今回ばかりは良いタイミングです。
実は今日…)
俺はワイバーンの巣が近くに有ることを伝える。もし竜神さまが良ければ、ここへ来て貰いたい。というのもワイバーンを相手に、この世界の強者であるはずの竜神さまの戦いを見てみたいと思ったからだ。
(…ふむ。ならば明日、そちらへ向かうとしようかの)
(おおー、竜神さまフットワーク良いですね)
(コロウよ、そなたが何を考えておるのか我には解るぞ。危険だと忠告してやるべきだとも思うたが…我と共にとあらば、考えがある。明日を楽しみに眠るがよい…)
ちょっとご機嫌な様子の竜神さまからの連絡が途切れたため、俺は言われた通りに楽しみにして眠りについた。
そして翌朝。久しぶりに目にする竜神さまが、俺たちのいる拠点へ文字通り飛んでやって来た。
派手に木々を薙ぎ倒し踏み潰し、か細い道の土を削り飛ばしつつ着陸する。場所は違うけど以前着陸するところを見たことが有ったんだが、こんな降り方はしてなかった。今回は何か意図があるのか、わざと豪快にしたかったんだろうか…。しかし地響きってこういう時に起こるものなんだね。
改めて間近で見ると、凄まじい威圧感を放つ竜神さまの巨体。その体は強靭な筋肉が鱗の下から支えていた。
光を浴びて輝く深緑の鱗は角度によって色を変え、大きな蛇の瞳は……何でか少しだけ怒りに染まっていた。何でやねん?
「け、賢竜アルカン……」
竜神さまの出現で慌ただしくしていた護衛や冒険者さん達の内の一人が呟く。そういえば竜神さまってそんな風に人族から呼ばれてたって言ってたっけ。
「いかにも。我が名はアルカンドルディース・フォーレリウス。
そなたらの身に覚えは無かろうが、我にとっては一つ腹に据えかねる事があってのう…」
ちらと竜神さまが俺の方を見る。
あ、これきっと俺を奴隷にした人達のことをまだ気にしてるんだな?何か余計な事を言い始める前に止めなきゃ。
「竜神さま、それは後にしてくださいよ。
ほら、昨日話したワイバーンが逃げちゃったらめんどくさいじゃないですか」
考えてた通り、竜神さまが来たせいで森中の生き物達が騒いでいるのが聞こえてくる。あのワイバーン達からも竜神さまの事は見えてたはずだ。
「……ふむぅ、ならば先に成すべき事を成そうではないか。
さあコロウよ、我の背に乗るのだ」
地に伏せた竜神さまの背中までは、3メートルくらいの高さがあるが、前足を階段代わりにしてくれてるから登りやすかった。
背骨の部分にとげとげした長い鱗が等間隔に生えている。俺はその内の掴みやすそうな奴に腕を回して体を固定した。
「それと、これは借り物だが遠慮なく使うが良い」
竜神さまの頭の方から何かが飛んできたのでキャッチする。それは本だった。
つるつるとした何かの皮による装丁で、留め具で開かなくなっているもののどこか禍々しい雰囲気がある。表紙に書かれた文字は読めない。読ませる気がない文字というよりは、俺の言語スキルが未熟だからだろうね。
「それは『この手に悪夢を』という名で、非常に高位の魔術媒体よ。
幾つかの攻撃魔術が記憶されており、使用者の魔力を多大に消費して魔法を使うことができる。しかし、その際に『この手に悪夢を』側からやや高度な精神攻撃を受けるのだが…」
「え?どういうこと?この本生きてるんですか?」
「いや、これは超魔法的創造遺物。いわゆるアーティファクトと呼ばれるものだ。ちなみにその精神攻撃に対し抵抗に失敗すると意識を奪われるが……安心するが良い、我が正気に戻してやろう」
こっ…この本ヤバすぎんか?竜神さまの近くでしか使えなさそうじゃん。
でもアーティファクトってゲームとかファンタジー物で聞いたこと有るなー、ロマン溢れるわー。
「ってことはこれ使って魔法を撃てるってことですか。
魔法使いって杖とかのイメージでしたけど…あれ?もしかしてワイバーンと直接戦うことになるのって俺なんですか?」
「うむ。……うむ?そなた、そのつもりで我を呼び寄せたのではないか?」
……そういうつもりは無かったんだけれど、そう言われるとめちゃめちゃ戦いたくなってくるな。
「案ずるな。我がそなたへ魔力を与える故、心配は要らぬ。集中を切らさず狙い澄まし、魔法でワイバーンを仕留めよ」
「なるほど、そういうことですか。
良いですねえ、楽しくなってきました。始めての魔法がぶっつけ本番っていうのが最高ですよね」
「そなたが望めば試し撃ちをすることも吝かではないが…」
うん、普通に考えたらそれが一番安全で堅実だって事くらいわかりますよ。でもね。
「こうしてる間にもあいつら逃げちゃうかもしれませんし、時間無いですから早く行きましょう!」
「やはりと思うたが、そなたはその事ばかり気にしておるな。
だが、まあそれで良かろう。それにどういうものか知るため、魔法を一度は使ってみねばならぬ。『聞いた魔法より使う魔法』とはよく言ったものよ。理解を深めるには使ってみなければな。
さあ、ゆくぞコロウ!」
話しつつ翼をはためかせ、大きな全身を使って地を蹴る。ぐんっと力強い急加速は、ジェットコースターみたいなスピード感を思い起こさせる。しっかり掴まっていなかったら振り落とされていたかも。
加速が落ち着いて楽になったかと思えば、翼で空気を叩く音が聞こえた。ここはもう空だ。
飛行機に乗ったことは有るけど、こんな風に空を飛んだのは始めてだ。めっちゃテンション上がる。
「うっひゃあぁ!翼が有るって最高ですね竜神さまぁ!」
後ろを振り返ると、竜神さまの尾が姿勢を制御するためになのか、ゆらゆら揺れていた。その向こうに薙ぎ倒された木々と、唖然とした表情で眺めている皆。
ダミカだけは…あれはどういう表情をしているんだろ?
「グッグッグ…。気に入ったか?
だがこの程度で喜ぶでないわ。そなたは魔法を使って暴れてみたかったのだろう?」
竜神さまの声で視線を前へと向ける。竜神さまが進行方向を変えたことで、巣からわらわらと飛び立つワイバーン達が見えた。
ワイバーン…竜神さまにとっては雑魚も同然だろうけど、俺にとってはそうじゃない。
「お察しのとおり、今はそういう気持ちになってますよ。
ちなみに魔法を聞くとか使うとかってさっき言ってましたけど、ことわざなんですか?」
何が可笑しいのか竜神さまの笑い声が聞こえた。
「そうとも。聞くだけでは解らなくとも、使ってみれば理解も深まるという意味よ!」
竜神さまの全身の鱗が、蛍のように僅かに淡く光ったかと思うと、その光が波打つように明滅しながら俺の周囲で収束した。浮かび上がるのは大きな正8角形。その中に細かな文字が列を成して、美しい幾何学模様を形作る。
光る魔法陣だ……何て綺麗なんだろう。夜に見られればどれだけ綺麗なのか…。
俺がそれに見とれていると、手に持つ本の留め具が勝手に外れ、バサバサとページが捲れ始めた。
同時に体内の熱が下がったり上がったりするような感覚が繰り返される。めっちゃ気持ち悪い…さっきまで気分良かったのに。
「百聞は一見にしかずって事ですね。
よくわかりましたけど何か気分が悪くなってきました…」
「そんな事を言ってはおれぬぞ!さあ彼奴等に魔法とはなんたるかを叩き込んでやるが良い!」
巣を出たワイバーン達は逃げるのではなく、俺達を迎撃する構えらしく何匹かがこちらへ向かって来ていた。
俺はこの悪夢を見せてくるらしい本と対話して、魔法を使わなきゃいけないみたいだ。
気持ち悪いのは一旦我慢して、いっちょ頑張ってみますか。




