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2-18

「…じゃあお前も『そのまま逃げろ』とかって言えば良かっただろ」



水を差されてランドルは不満げだ。



「まあまあ。でもーまぁー、逃げ切れた方が良かったかもね。

魔物を倒した後、俺ちょっとだけ後悔したんだ。大きな生き物を直接殺した経験があんまり無かったから」



「マジかよ…全然そんな風に見えなかったけどな」



「いくらでも殺し慣れてるような感じだった」



他二人も同じような意見だったようだ。それから初めて何かの命を奪ったときのことをそれぞれが話してくれた。皆若い頃から経験していたみたいで驚く。


なんでも、レベルに関係する経験値は魔物を倒すことでしか得られないらしい。なので、どんな人でも一度は魔物を殺めた経験があるとか。


人族からは経験値が得られないらしく、それは魔物が人を倒した場合においても同様だそうだ。


経験値関連の事については気になることが多い。教えてくれるかわからないけど、また竜神さまにでも聞いてみよう。



「魔物は私達の敵だから。後悔なんていらない」



「経験値だと思えば良いんだって」



「でもさ、魔物の中にも人に友好的なのもいるんでしょ?いきなり命を奪うのって良くなかったのかなって少しだけ思っちゃって」



「お前さぁ、あんな奴らが仲良くなりたがってるように見えたのか?

やっぱ見方がおかしいって」



…そう言われると、確かに敵意みたいなものは感じたかもしれない…。



「仲良くなりたがってても弱かったら経験値にしてしまえば良い。

危険のある場所では迷わないで。私コロウが死ぬところは見たくない」



うっ…そう言われるとなぁ。


俺としては竜神さまの事もあるから、それは大分乱暴な考え方のようにも思えた。でもこの世界ではダミカの言うようなやり方で良いのかもしれない。


色々と覚悟してたけど、実際に命のやり取りを体験すると悩むものだと思い知った。そして、こうしてダミカ達に胸の内をさらけ出して返答が貰えると、何だかスッキリした気持ちになったな。妻に悩み事を打ち明けた時のような感じがして少しだけ懐かしかった。



「そうだね…ありがと。

そこは悩むような所じゃなかったね」



「多分だけど…コロウは怖さとか感じて無さそうなのがおかしい」



「あー、怖さか。怖いものはあるかもしれないけど、魔物を前にしたときは『死ぬ可能性も有るだろうけどまあいっか』って思ってたね」



「ハァ?何だよそれ。

死んでも良かったってことか?やばすぎだろお前…」



「んー、あの時は俺が本気になれば猿くらい殴り殺せると思ってたし。

でもあんな大きい奴だと思わなかったけど」



「…コロウ、大人なのに凄く心配かける人。

もっと反省して欲しい」



「そんなにか…。

わかった、今回の事はできるだけ重く受け止めるようにするよ」



ダミカ……何だか俺や他の奴隷のことをかなり気にかけてるようにも見える。奴隷頭だからかな。



「そろそろ俺の事はいいでしょ?俺からはダミカの事を聞きたいんだけどね。

さっきランドルが今後の目標について話してくれたけどさ、ダミカはお父さんが迎えに来てくれたらどうするの?」



「…お父さんの迎えは、私期待してない」



驚く俺。



「なんでなの?」



「戦争に行ってるから。絶対に生きて帰ってくるなんて思ってない」



…うん、まぁそういう考え方が現実的なんだろうけどもさ。



「そこは、信じてあげようよ。お父さんが、絶対に迎えに来るって言ってたんでしょ?

そこで期待しなかったら、ダミカがお父さんのことを諦めちゃうようなものだよ」



そう言ってダミカの顔を見ると、何て言葉を返してくるのか察することが出来た。



「…はじめから、期待なんてしない方が楽で良い。

期待して……それで迎えに来てくれなかったら、辛いから」



俺の考えてた通りの答えだった。


ダミカって、確かまだ17歳って言ってたっけ。若いよなぁ。まだいくらでもやり直せるような歳だよな。


色んなことを学べて、色んな人とも知り合えて、沢山の恋をすることだって出来る。


とは言ったって、異世界だし奴隷だしで勝手が違うから、俺の感覚で考えてもいけないだろうけどもさ。


俺がダミカに言ってあげられることはなんだろう?


ダミカのお父さん……家族か。


俺は、もう家族に会えないんだよな。そう考えたら、頑張れば会えるかもしれないじゃないか。諦めるなんて、勿体ないよな。



「じゃあ、会いに行くために考えたら?」



「…えっ?」



「奴隷って、自分を買い取ることが出来るんでしょ?頑張ってお金貯めて、お父さんに会いに行けば良いよ。

もしもお父さんが死んじゃってても、お墓参りとかさ。一緒に戦争に参加してた人を探して、どんな事をしたか聞きに行ったって良いんじゃない?」



そっちの方が、よっぽど希望を持って生きていけると思うよ。


俺なんか、どんな希望を持てば良いのかさえわからないんだからね。


だけどダミカは俺の意見を素直に受け入れることは出来ない様子だった。



「それは、やってみたいけど…。

私には難しい…。知らない場所に行くのも、知らない人と喋るのも、人を探すのも、どれも自信がない…。

それに…」



「それに?」



「私は、奴隷頭だから。ここで奴隷の皆の親代わりになってあげたい…」



胸がぐっと熱くなった。俺の、同士を見付けたと思ってしまった。


俺も同じ事を考えてたんだと、ダミカに言ってあげたかった。言おうとして、言葉が喉まで出掛かって、言えなかった。


それを言ってしまうとダミカの意思を縛り付けてしまう可能性を懸念してしまって、どうしても言えなかった。


固まる俺を他所に、ランドルが話し始めた。



「あのさぁ、お前が俺達に余計なお節介をしていた時が、一番鬱陶しかったからな?

やれ物の運び方が違うだの、食べる物の順番が違うだの、話下手なくせして寝る前にあれこれ話しかけてきてさ。

お前の子供じゃ無いって、俺たち皆が思ってたからな」



「そ……それはコロウの前では言わなくていい…のに…」



あー、その、そうかあ。ダミカがもっと若い時に、奴隷の皆のお母さんになりきろうとしてた過去が有ったんだなあ…。


大人っぽく振る舞おうとして、背伸びしちゃう年頃の女の子か…。ふむ、いとをかし。



「前々から思っていたんだけどさ」



勿体ぶって一度溜めることで、皆の注目が集まるのを待つ。



「ダミカちゃん、とっても可愛いぞ」



「…もう、絶対にからかってくると思ってた」



ランドル達がケラケラと笑った。


ウケて良かったし、ダミカもちょっとだけ前向きな気持ちになったみたいで本当に良かった。


お父さんのことは、俺も力になってあげたい。何か助けになれればと思うのだけど、ダミカも自分で何が出来るかを考えているはずだ。さっき俺が言ったことはダミカの中でこの先も残っていくだろう。


彼女が成長していけば、いずれは自分で壁を乗り越えて行動へ移すようになるかもしれない。俺が今無理に推し進めようとしたりせずに、本人に任せれば良いことと思おう。


そうして食事も終わり、焚き火の近くで皆が眠りに就く。


俺は集めた薪が残ってたから、皆が寝静まるまではと思って火の番をしていた。


火の暖かみがあるから昨日のように身を寄せ合う必要もないのだけれど、薪が無くなりそうな頃にダミカが毛布にくるまったまま近くに来た。



「私の親代わりは上手くないってわかるけど、コロウはお父さんみたいな思いやりが凄く上手だと思う。

…私も負けてられない」



ふっ、なめんなよ小娘が。お父さんみたいじゃなくてこちとらホンマもんのおとっつぁんじゃい。勝負にもならんっちゅーに。


だけど、もうそれも過去のものだけどね…。



「勝ち負けじゃないよ。そんなもので勝とうとしなくていい。

ダミカは…親に売られてしまった奴隷の気持ちを理解してあげられる。だから、親代わりを優先しなくたっていい。皆の気持ちに寄り添ってあげてね」



アドバイスのつもりなんてまるで無くて、思ったことを言ったまでだったけれど、言った後に思った以上に良いことを言えたような気がした。



「……うん、わかった。

あ、それと私はね…コロウがランドルと初めて話をした時に、もっと沢山聞きたいことがあったの」



「ランドルと?それって……棒で勝負した時の?」



「うん、その時。

今でもうまく言えないけど…私が皆にしてあげたいことを、先にコロウにされた気がしたから。

先を越されて悔しいのと、どうしてそんな風に出来るのかって聞きたくて、でも何だか言えなかった」



ふぅん……よくわからん。


自分の感情が上手く言葉に出来なかったって事かな?



「んー……まぁ、俺も自分の感情がよくわからなくなる時もあるからさ。全部言葉にしなくても良いんじゃないかな。

ただ、その時どんな状況で、どんな風に自分が思ったかは覚えておいた方がいいかな。後で振り返ったときに、自分の心について学べるし」



「コロウ……なんか難しい話する。

そういう話がすぐに出来るから大人なのかな…」



ダミカはちょっと寂しそうだった。



「ほらほら、考えてると眠れないよ。

明日もあるんだから、温まってる内に早く寝ちゃいな。話なんかまだいつだってできるんだから」



「うん、わかった」



焚き火に照らされたダミカは毛布にしっかりくるまると、少し離れて体をちょこんと丸めた。相変わらず体が柔らかい。



「コロウは、私達と一緒にいてくれるよね?」



それはダミカからすれば何気ない質問だっただろう。


無邪気な子供の、望む通りの答えが返ってくると信じて止まないような、無垢な問いかけに感じた。


俺は…その欲も穢れも、金も権力も無い、何の強制力もないはずの言葉に何一つ抗えなかった。



「うん、大丈夫だからね」



ダミカは安らいだような笑みを浮かべて、目を閉じる。だけど俺の心に安寧などは無かった。


嘘を、言ってしまったと思った。俺のこの先の人生には、泥沼のような道が永遠に続いているとしか思えなかったから。


先の言葉に子供らしさを感じたからだろうか?それともダミカ自身に情があるからだろうか。


いつか裏切りになる未来しか見えずに、激しい後悔が押し寄せる。取り戻そうとしても、もうどうしたらいいかわからず考えもまとまらない。


そうこうしている内に、ダミカは寝息をたて始めた。


薪も絶えて、火の勢いが弱まり、やがて煙だけを吐き出す灰になった。それでも燃えかすのように燻る焚き火跡は、俺の心の中で処理しきれなかった感情と同じようにいつまでも消えなかった。


この心を切って捨ててしまえたら、今の俺はどんなに楽だったんだろう。

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