2-17
余談だけど解体が終わった頃ぐらいに手が震えて心臓もドクンドクンしてきた。全てが終わってからアドレナリンが出始めてるみたい。反応が大分鈍いぞ俺の体。
そして狒々という名の猿からは背中の毛皮と牙といくつかの内蔵、そして胸の中心辺りから魔石が取り出された。生きていた時の体は大きかったのに、今ではこれっぽっちか…。
解体に関しては前の世界でそれっぽいところを見たことがあったので耐性がある。少し気持ち悪いかなって思った程度だ。…あと牙を抜くところも少し怖かったかも。
「この鉈コロウが持ってて。その方が良い」
解体を手伝った後にダミカがそんな事を言ってきた。
「何で?俺こっちの棒、結構気に入ってるんだけど…。
それにダミカの枝払い上手だからダミカに持っててほしいな」
「……でも戦力としてはコロウが持ってた方が絶対良い」
ダミカの言葉に奴隷の皆がウンウン頷く。そう言われるとそうかもしれないけど、奴隷は戦闘員じゃないんだよなぁ。
「じゃあわかった。戦闘になったら受け取るから、それまでダミカに持っててもらうよ」
「…もういい」
あれ?怒っちゃったのか?ダミカが怒ったの初めて見たかもしれん。なんか申し訳ないな。
「ごめんね。怒らせたいわけじゃなかったんだけど」
「怒ってない、呆れてる」
あ、そうでしたか。余計にすみません…。
その後は魔石持ちの鳥が沢山捕れた。こっちは解体をしないし数も多いから大分嵩張る。他にも鹿や兎とかの色んな生き物が居たけど見付かるとすぐに逃げられた。冒険者さんの目当ては主に鳥みたいで、そいつらを追いかけることはしなかった。
この鳥は空を飛べないらしい。木の枝に跳び移る事が出来る程度で逃げ足もそんなに早くない。他者に食べられるためだけに存在しているような、可哀想な鳥さんである。
そして冒険者さんの弓矢が減ってきた所で昼食のためにも一度拠点へ戻る事になった。鳥だけじゃなくて植物も時々採取してるから素材がどんどん増えて、奴隷の荷物は満タンだ。俺は背負子が鳥だらけで乗せられなくなってる。
けど、重さはそこまで感じてないからまだまだ持てそうなんだよね。それでも冒険者さんも少なからず荷物を持っているような状況だ。
ランドルが息をふうふうと吐く音を気にしながら拠点まであと少しという所まで来た。焚き火の煙を目印に帰っているのだと気付いたから、近付いて行けば行くほど安心感が大きくなる。森の中は風が強くないからか、煙もほとんど真っ直ぐ昇っていく。
「来たか、今度は大量だな」
残ってた人達の皆が笑顔で出迎えてくれた。
さっき下ろしていった鳥が解体されて、焚き火の近くで部位毎に炙られてる。羽も使うものなのか紐を通して干してある。
他にも植物の根や葉が器の中で潰してすりおろした状態になってたり、水に浸けて火にかけられてたりしてる。アロマみたいな良いにおいだ。
なるほど、こういうことのために人がたくさん来てるのか。
俺が背負子を外すと全部落ちそうなので、仲間に手伝ってもらいながら鳥を下ろしていく。
獲った鳥は全部で32羽にもなった。
「奴隷は羽をむしったら飯にして良いからな」
正直腹ペコだけど皆で頑張った。尾羽と黄色部分の羽だけは丁寧に抜いて、後は雑に抜いて良いみたいだ。崩れてモコモコになった羽が空気を含んでふわふわと散るので、作業してる辺りが凄く汚れる。服なんかにもくっつくから皆羽毛まみれだ。ダミカなんかは毛皮に直接絡み付いてるから羊みたいになってしまう。
「全部終わったらダミカも綺麗にしてあげるからね」
「いい、自分でやる」
ちょっと怒ってるみたいだ。原因に心当たりはある。
お昼ご飯は朝の残りだった。でも朝よりも美味しく感じた。
何人かは鳥の肉を食べてる。あっちもめちゃ旨そうだな。
食べた後は少し休んで、それから午後の仕事だと思ってたら俺を連れていくかどうかで少し揉めた。
「こいつ、勝手な行動をするからな。それでさっきはヤバかった」
「被害は無かったんだろう?
それが原因で損失があれば補償はする契約だったが…」
「…微妙なところだぜ。
勝手なことをしてくれたお陰で囮の役割が出来たとも言える。獲物も増えたしな」
「いや、ありゃあこいつが1人で仕留めたようなもんだ。あの威力見ただろう?ただの木の棒で頭蓋をカチ割るんだからな、相当な腕前だぞ?
その上どっちも一発でだ。どこの剣豪だっての」
「一文字流派の使い手にも見えたが……よくよく思い返せば、構えは素人に毛が生えたようなもの。ただの力任せの一撃だろうが、それでも急所へ向かって全力で振り抜いたのなら見事と言えるだろう」
「それにしてもドワーフでもねぇのに異常に怪力過ぎねえか?
どう見たって体格は俺達と比べても劣ってるのによ」
「馬鹿力はどうでもいいっての。力だけ馬鹿なら良いが、問題なのはそれ以外も馬鹿だって事だ」
………ん?これ俺の何で揉めてるんだ?誉めてくれてるのかな?それに剣術にも流派がある世界なのか。ちょっと興味あるな。
あと俺のパワーはちょっと有りすぎるのかも。レベルが存在する世界なら気にしなくて良いと思ってたけど、もう少し演技した方がいいかも。
「次も同じように仕留めれば良いってか?
お前ら森の中で好き勝手に振る舞ってばかりいる奴と肩並べたいと思うのか?」
…うーむ、俺としては勝手に何かしようとしたというよりは、良かれと思ってした事が、運悪く裏目に出てしまっただけなのだと感じたけど。
まあ他人から見れば同じかな。
「連れて行かない場合だが、奴隷の中ではそいつが一番荷物を持てるし体力もある。残して行くのは損だぞ」
「わかってる、そりゃあ見りゃわかるよ。
ああー、くそ……先に狒々を見付けたのもそいつだったな」
「勝手なことさえしなけりゃな…」
冒険者さん達は顔を見合わせた。
ここいらで俺からも意見を言わせてもらおうかな。
「あのぉ、ちょっと良いでしょうか?」
話の張本人だし奴隷だしで、話の輪に入ろうとした事についてやいのやいのと文句を言われたが、とりあえず話してみろとなった。
俺から言いたいことは、当然連れてって欲しいということだ。だって俺がここにいるのはダミカやランドル達の力に成りたいからだし、冒険者さんの仕事ぶりがどんなものなのか見たいからだもん。ここで連れて行って貰えなかったらただ楽しいだけのキャンプだしね。
「俺の自分勝手な行動で皆さんを危険に晒す位なら、どうぞ見捨てて逃げてください。
俺は死ぬことも覚悟してここまで来てます。
ただ、奴隷の仲間が危険な目にあって欲しくなくて着いて来たので…」
要は捨て駒として考えてくれってことだ。そういう意図で話したつもりだった。
そしたら、ガハハと笑う女の人の声。昨日干し肉をくれた背の高い人だった。
「あんた変わってるねぇ。まあ、良いんじゃないかい?連れて行っても。
奴隷で変わり者でも、どうしようもないほどの馬鹿者じゃ無さそうだ。一つ一つ言って聞かせて、教育しておやりよ」
気さくな感じで笑って言う。ただ、そこにはどこかしら反論を許さないような圧が込められていた。それは気のせいなんかじゃなく、事実冒険者さん達から否の意見は出てこなかった。
「ちっ…言って聞かせた所で、俺達の特はどこに有るんだよ」
「すみません。あれでも一応考えた上でやった事なのですが」
「奴隷ごときの浅知恵を勝手に行動に移すな…」
ちょっとムッとしたけれど、身分を考えれば仕方ないかもな。
「時間的猶予が有れば…もうちょっと冷静な行動が出来たかもしれません」
「お前じゃまだ理解できんだろうが、良かれと思ってやった事が原因で仲間を死なせちまうこともある。だからもう思い付きで勝手なことするんじゃねえぞ」
……はい、まぁ、そうだよな。
そんで、結局連れて行ってもらえることになった。何故かダミカが俺の腰紐に縄をくくりつけているけれど。
鳥は午後も沢山見つけたし、色んな植物も採取した。俺も皆もしっかり働いた。戦闘らしいものは起こらず、暗くなるまでに拠点まで2回往復した。羽のゴミが凄まじい。
「お前ら、今日は焚き火使って良いぞ」
皆で死ぬほど羽毛をむしった後に、冒険者さんに言われた。
薪になる乾燥した木は奴隷達で森の中から集めて来た。削ると火花が飛び散る金属を貸してくれたので、火口はその辺の羽毛を使えばよく燃え上がり、焚き火は完成した。キャンプの経験が活きたね。
「手慣れてるね」
「俺こういうの好きだから」
「ふうん…」
薄暗い森の中で奴隷5人が火を囲む。
パチパチと焼ける音。目に染みる煙とその匂い。揺らめく炎の暖かさ。用意してもらったご飯を食べながら、皆俺の話で盛り上がっている。
狒々を倒した時の事とか、普段の様子とか。
夜に火を囲んでする話って楽しいよね。
俺についての話題が一段落した頃に、ランドルが身の上話を始めた。
「俺はさ、売られたら戦闘奴隷になりたいと思ってたんだ。希望通りにいくことばっかりじゃないとは思っていたけど、そうなったらいいなって…。
でも今日のコロウを見てたら、俺とは全然違ったよ。あの魔物にしても、心底『何も怖くなかった』って顔して持ち運んでたのを見てさ。それぐらいの気持ちじゃなきゃ戦えないのかなって」
そうか、ランドルってそんな夢があったんだな。
だけど他の奴隷から、俺を普通だと思ったらいけないと言われている。失礼だなこいつら。
「俺、お前と戦って全然勝てなかっただろ?一回だけ勝てたけどさ…。
その日から悔しくて、どこかの何かでお前には勝ちたいと思ってたんだけど、まだ来たばっかりだったのに荷運びも滅茶苦茶早いしさ。余計に負けてられねぇって思って無理して、いつもだったらしないような無茶な運び方してたんだ。
そうしたらさ……ほらこの前、やらかしただろ」
「あぁ……あれってそういう流れがあったんだね」
そうか、そういう負けず嫌いな想いがあったからミスが起こったのか。
何だか、若さを感じるな。俺がそういう気持ちになったことっていつが最後なんだろう?もう思い出せないや。
「…うん。そんな俺のやらかしの尻拭いも平気でやっちゃうしさ…。
これに参加したのも負けたくない気持ちがあったからだけど、お前がどんな奴なのかも気になったからでさ」
「あ、そうだったんだ」
へぇー、そういう気持ちにもなれるのか。
というか、ランドルの印象って大分変わったかもなぁ。こういうことを素直に話してくれるのって結構すごいことなんじゃないかな。
「…そういえば、狒々が後ろから来てることランドルが教えてくれたよね。
ありがとね、あれが無かったら気付けなかったよ」
「えっ……あ、ははっいや、いいってそんな事」
これは…照れてるな?ふっ、かわいいやつめ。
と思って和んでいたら、今度はダミカが不満気に要らんことを言う。
「あれは立ち止まらなかったら逃げ切れてた。
ランドルが余計なこと言ったから、コロウがもっと余計なことをしただけ」
え?そうなの?でも言われてみればそうなのかもしれない…。でも今言わなくても良くない?




