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2-13

「立て込んでいることは承知の上ですが、もう少しお時間よろしいでしょうか」



親方の謝罪を聞けてほっとしていたキースが驚いた顔で俺を見てくる。


親方さんは目を伏せたままだ。



「私の勘違いかもしれませんが、お弟子さん方への指導がなってないのではありませんか」



キースがあわあわっとし始めた。



「教えを受ける側が、手を抜いた仕事でも大丈夫だと思ってしまうのは、指導者として失格だと私は考えます」



ぎろり、と親方が伏せていた目を向ける。



「言われっぱなしですが、何か返す言葉は有りませんか?」



奥様がお付きの男の人を、すっと手を出して制止させたのが感じ取れた。まだ俺に任せてもらえるみたい。



「今後も私達とのお付き合いがあることでしょう。一度、本人に反省させるのも必要だと思います。

この品の仕上げをした方に心当たりがありますね?」



「だから何だ?そいつを教会にでも連れてくって言いてぇのか?」



教会?いや行ったこともないけど。何のことだろうか?


考えてもわからんからまあいいや。



「いいえ、自分の仕事に責任を感じて貰うため、事の次第を私の口からお伝えするつもりです」



「……うちの若いモンに、余計な事すんな」



長年積み重なった、頑固さや貫禄の滲む声色が感じられた。



「いえ、余計なこととは思いません。

今回この品の破損が発覚した際、それを持ち運んでいた奴隷には当方で指導しております。

なのに、原因を作った方が何のお咎めも無いのは全くもって不本意です」



親方は嫌そうに話を聞いていた。



「うるせぇや。

ったく……もう帰ンな。ダラダラ喋りやがって、おめぇの話なんざ聞きたかねぇ」



怒りの感情を隠しもしなかったけれど、威圧的というよりは逃げるように話を切り上げようとしたのかな。立ち上がろうとしている。


もう核心突いても良いかも。



「お弟子さん方がよっぽど可愛いのでしょう」



親方は動きを止めて、もう一度座り直す。



「…それ以上余計なこと言うな、やぼすけが。

あいつらは、可愛くなんかねぇ。目にかけてやってるうちに、情が湧いただけだ」



なんだこのじじい、ちょろすぎんか?



「それを可愛がるってことなんじゃ…」



ほとんど言ってしまった辺りでキースに脇腹を肘で突っつかれた。



「えっと、お忙しいのは重々承知してますが、しばしお聞き願いたい。

当商会で所有している奴隷は、商品ではありますが大切に管理しております。ネビス様の御加護が有ろうと無かろうと。

それはただ甘やかすのとは違います。売られた後も、新しい主人の元で与えられた役割を全う出来るように育てるためです」



ダミカと一緒に奥様と話をしてた時に感じたのは、目上の人に対する接し方がどんなものなのか、見極めようとしていた節があったように思う。


あの会食は他にも色んな意味があったのだろうけど、奴隷の売られた後の事を奥様達がきちんと考えた末の方法なんじゃないかなって。


もしもあまりにも足りない部分があれば、そこを重点的に指導したりもするのかもしれない。


奴隷達が若い子ばかりなのは、まだ社会的に育ちきっていないから、というのもあったと思う。アンネさんみたいな人付き合いが苦手な人は、寮とは別の場所で大事にされてるのかなとか考えたり。十分育てば売られていくんだろう。


聞いたって本当のところは教えてくれないだろうけどさ。



「この工房は技術を磨き、素晴らしい作品を作り上げる職人さんを育てているのでしょう。ですが、人を形作るのは技術だけでは無いと思います。

失礼を承知で言います。人間はいつまでも生きられるわけではありません」



親方も良い歳してるだろうから、面倒みられるのもそこまで長くないよって意味で言ったのだ。だけど、何か偉そうに言ってて恥ずかしくなるな。何で俺年上の人を相手に説教なんかしてるんだっけ?


竜神さま情報では、人間族の寿命は100歳くらいが基本で、そこは前の世界とそんなに変わらない。


ただ、健康寿命は70歳位まである。90歳になっても今の俺みたいな力仕事をしている人もたまーに居るらしい。


種族別には、ドワーフ族140歳、エルフ族250歳、獣人族と小人族が60歳、魚人族25歳と、大体それぞれの寿命があるけど巨人族には寿命が無いって言われた。


ただし、ある条件を満たすとそれすら関係無くなると聞いている。まあ、今はどうでもいいことだけど。



「ふん、老いぼれに説教垂れて満足か?」



んー、全然満足じゃないし気分良くない。


親方に言われたことで、改めて疑問に思う。何で俺がこんなことしてるのかと。でもその事を自問自答してみると、答えがすぐに帰ってきた。若い子達を育てるためには、年長者が協力しあっていくべきだと俺が勝手に思ったからだ。



「いいえ、説得であって説教のつもりはありません。

言い方を変えましょう。心当たりのお弟子さんと話をさせてください。もちろん同席して頂いて構いませんので」



「…それが終わったら、とっとと帰れよ」



親方はそう言って立ち上がり部屋から出ると、大声で誰かを呼んだ。程なくやって来たのは、きりっとした顔つきの好青年って印象があるお弟子さんだった。


…あれ?イメージしてたのと全然違うぞ?



「失礼します」



部屋に入る前に、きちんと挨拶をするのも好印象だ。


親方、呼ぶ人間違えてない?


そう思いつつも今回の経緯を説明させてもらった後、彼から府に落ちる話をしてくれた。



「その…今俺は、主に薬品を塗る修行をさせてもらっています。

それでこの前の作業中、親方に調合してもらった糊を地面に溢してしまいました。

新しく作ってもらえば良かったと思ってたんですけど、兄弟子の一人が、えっと……親方の作品、まとめて踏み潰したことがあったじゃないですか」



あぁ、間違いなく入り口でべらべら喋ってたあいつのことだな…。



「あの時の事を思い出して、親方に俺も同類だと思われたくなくて…。

皿に残ってた糊を水で薄めて、塗りました。

馬鹿なことをしたと思います。すみませんでした親方!」



最後は自分でどうすればよかったか、結論を導き出したみたいで親方に向かって頭を下げる。


まぁ、何て言うか見込みのある若者だと思うよ。この時点でさえもね。


失敗したことを隠そうとしてしまう心理もわからんでもないし、ダメな奴と同類だと思われたくないのもよく分かる。


それに俺の人生経験上、同じような事が無かったわけでもない。気持ちはわかるけれど、もう少し早く言えていれば大事にはならなかっただろう。


今回はそれによって他人を巻き込んでしまったし、工房には損失が出てしまっている。親方が許してあげるだけで、はいおしまい。ってことにしてはいけないようにも思うのだ。



「原因が解って、納得もできました。

ですが、お弟子さんが一人前で無いという認識があるなら、最後にその仕事へ責任者が目を通しておくべきではありませんか。それは検品作業にもなりますが、大事なお弟子さんの成長を見てあげられますし、不足があれば指導も出来るでしょう」



「あれ、説教になってない?」



うるさいぞキース君。



「そして、この工房が仕事を抱えすぎているようにも思います。

きっとお弟子さんが失敗をした時、忙しい作業の最中その事を言い出し辛かったのではありませんか?

足の踏み場も無いほどの作品が有れば、事故が起きるのも仕方ないでしょう。忙しさも度が過ぎれば怒りっぽくなってしまうのも仕方ありません」



親方を非難するのは…良くないと思いつつも、これははっきり言っておくべき事だ。日本人的な感覚では、すごく言い出し辛いんだけど。でも今言わずにいたら根本的な改善なんて見込めない……かもしれない。


この青年に俺から伝えることは特に無いと思う。あるとすれば、親方に対してだろう。



「…仕事は貰える内に貰っとくもんだ。

よそ者が口出しすんじゃねぇや」



ややふて腐れたような物言いだな?



「今回のことで、一人の奴隷が責任を取らされる事になるかもしれませんでした。

同じことが起こらないよう、対策をして頂きたいのです」



「それについては、俺の責任ですから…。本当に、すみませんでした。その人は、どうなるんですか?」



んー、まぁそこは原因を作ってしまった手前、気になるところだよね。



「これは今日の出来事ですが、明日にでも商会長のお耳に届くでしょう。報告の内容次第ではお咎め無しとはいかないかもしれません」



本当のところは知らんけど、まあ損失になるかもしれない事なら上層部に報告されるだろうな。奥様の口から伝わるかもしれんし。


とか考えてたら顔に出てたのかもしれない。親方が嬉しそうに話し出してきた。



「ふんっ。大方その奴隷、お前にとっちゃ可愛い奴なんだろ」



おっと、ここで見透かされるとは。弱味を見せないようにしてたつもりだけど、俺もまだまだってことかな。



「たかが奴隷に、熱心な奴だと思ったがな。

まあ、お互い様だ。俺から一筆(したた)めておいてやる」



おお、それは…めっちゃ助かる。



「お心遣い痛み入ります。

ですが、先程の改善案についてもそちらでご一考頂けるでしょうか」



「うちはうち、よそはよそだ。あんまりうるせぇこと言ってると書いてやらねぇぞ。

後で届けさせる、もう帰れ」



うーん、ここで食い下がっても好転はしないか。じゃあまぁ、この辺にしておこう。



「では、今日のところはそのように…。失礼致します」



「その前に私から」



帰ろうとした所で奥様から声がかかる。



「他にも同じような作品が無いか検分作業を致します。工房側から責任を負える方、お一人でもよろしいので当倉庫までご同行して下さいな」



あ、しまった。まだ同じようなのが残ってる可能性もあるじゃん。ランドルのことで頭が一杯で、商会の損失についてちゃんと考えられてなかったな。


思えば他にも余計なことを色々と考えてしまってたようにも思うなぁ、しまったなぁ。


奥様、一緒についてきてくれてて有難うございます。本当はそういうサポートやブレーキ役をキースに期待してたんだけど、難しかったかな。ただ連れてきただけになっちゃった。

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