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別室に連れてかれて、あちこち見られた。でも不思議なことに、俺自身には何も聞かれなかった。聞かれたのはケインさんばかりで、話の流れで俺の持ち物は全て売られることになった。
俺は借金奴隷としては金貨3枚、大銀貨3枚の値段になった。竜神さまの話を元に日本円換算すると大体70万円くらいかな?そこから俺の所持品を売って、合計の所持金を支払いに当てて55万円になって、それをケインさんと俺で折半して俺が俺を買い取るための金額が26万円くらいになった。
最終的な金額が俺の初任給の手取りよりは高くてほっとしたぜ。
で、この世界の金額に直すと、金貨1枚と大銀貨2枚になるらしい。
ケインさん達へは迷惑かけたからそれくらい払うのは当然のことだ。取られ過ぎてるような気もするけど、俺は社会勉強のために奴隷になるんだ、全然問題ない。
「じゃあな、言葉くらいはちゃんと話せるようになれよ」
「へへっ、今度見かけたらまた別の奴隷商人に売り飛ばしてやるからなっ」
「うわぁ、さすがに畜生すぎる」
ケインさん達は臨時収入でホクホクってやつだ。
まあ、あの時別の人に見つかってたら犯罪者にされてたかもしれないし、誰にも見つからなかったとしても一人でこの町まで来られたかも怪しい。もし来られても町には入れなかったかも。
運命の神様がいるんなら、俺はこうなる運命だったということだろうな。
奴隷の契約は、主人への奉仕を俺が奴隷の神ネビス様に誓うことで成立した。
こうすることで、ネビス様への信仰心が絶えず、そのご加護が降り注ぎ続ける限り、全ての奴隷は主人に尽くさなければ罰を受け、また主人も奴隷へ働きに見合った報酬を与え、善き庇護者でなければ、罰を受けるようになっている。
具体的には、主人は奴隷へ少なくても給金を配り、満足の行く食事と休息を与えてやるようなことだ。
逃亡、虐待、謀反、背信等、契約した上でのそういったことは、ネビス様の怒りを買うらしい。
…なんか奴隷って、社畜な人には良い環境のように思えるな。むしろ主人のやること多くて負担がかかってる気がする。奴隷の奴隷になっちゃうんじゃなかろうか?
「さて、お前には倉庫番の仕事がある。
早速だが今日からだ」
俺を買い取ったのは奴隷商人でもあり、大量の商品を仕入れして管理、販売してる卸問屋でもあった。楽な天売ってことですな。スーパーセール!
…まさか、奴隷商人だけじゃやってけないから、他の仕事もしてるのかな。
そんなこんな勝手に考えてると、身なりのランクが一段階落ちた小間使いさんっぽい人に案内されて町外れの倉庫まで来た。
大きな格納庫みたいな倉庫がドーンと構えているのではなく、大きめのガレージみたいな倉庫がいくつもあるタイプだった。
建築技術が発展してないんだろうね、しょうがないよね。
「彼女が今日から面倒見てくれる。奴隷頭のダミカだ」
最初見たとき、着ぐるみとか熊とかのコスプレしてる人なのかと思ってた。
でもそんなわけない。聞いてた話と照らし合わせると、この人が獣人なのかーって理解した。
「私はダミカ。私の指示することは聞いて」
熊っぽいが、顔の作りは人間がベースになってるような気がする。体の構造も。
でも体毛が沢山だ。肌が見えないくらいで、毛の無いところは鼻の穴の周りとか唇とかだけだ。耳の位置も頭にある。形も熊の耳にそっくり。ミュージカルの役で、動物の特殊メイクしてる人みたい。
それで、露出が凄い。いや、厳密には腕も足も背中も毛だらけで肌は見えてないんだけど、ちゃんとした服を着てないのだ。
なんか金太郎が身に着けてる前掛けみたいなので恥ずかしいところだけ隠してるような感じです。
「…ん?名前は?」
しまった、じろじろ見すぎたかもしれない。
「あ、コタロ……いえ、コロウです」
「コロウ、わかった。
私から指示するけど、コロウは敬語しなくていい。
それを使う意味が私にはわからない」
け、敬語無しでだと?逆に難しいな。身に染み付いてるからうっかり使ってしまいそうだ。
「う、うーん。もしそういう言葉使ってたら許してね?」
「…わかった。その前にコロウは喋り方が上手くない。今日からもっといっぱい喋って覚えて」
連れてきてくれた小間使いさんは居なくなってた。
俺の奴隷生活が本格的に始まった。
商品を落として壊したりしたら、俺みたいな借金奴隷はさらに借金が増えていく仕組みになってる。
ダミカと俺を含めて倉庫番をしてる奴隷は8人。獣人はダミカだけで、あとはドワーフもいるけどほとんど人間族。働きぶりを見ると皆力持ちだ。
あとは警備の人が何人か。そっちは数えてもしょうがないし。
そして、初日から思うこととしては間違ってることなんだけど…。表面には出さないが、俺にとってダミカはとてもかわいい存在だと思えた。初めは見た目で驚いたし、でも獣人だからという訳でもなくて、喋りも行動も純粋な子供っぽさが垣間見れて癒しになる。
毛むくじゃらの見た目では年齢がわからない。聞いたら答えてくれそうな予感はあるが、まだ聞かない方が良さそうだ。
彼女は頭脳労働は苦手だと言ってたけど、その代わり奴隷のなかでは女の子なのにも関わらず力持ちだ。熊なだけある。
「コロウ、そっち持って」
今届いたのは馬車の車輪。それもかなり手の込んだ上物の車輪だ。
この車輪は接地面を分厚い鉄の輪で締めてある。骨組みの木材もしっかりしてる。何の木か知らんけど。まあ、だから重いのだ。
「うーん、俺じゃ持ち上がらないかも。
やってみるけど落としたらごめん」
「だめ、コロウが落としたら腕ちぎれちゃう」
うぐぐ、そんなん言われたら頑張るしかない。
結局持ち上げることは出来たけど、そのまま移動することが出来なかったからもう一人の奴隷に手伝ってもらってなんとかなった。
「コロウ、沢山食べて力付けて」
「くそう。そう言えば俺、肉とかタンパク質あんまり食べてなかった。」
「たんぱく?」
「うん、筋肉の元になるやつかな。
……あ、豆は食べてたか」
「豆きらい」
「え、なんで?」
「つるんとしてるから中々噛めない」
「ばかだなぁ、奥歯で噛めば良いんだよ」
「??
奥歯、使ったこと無い」
「ええぇ…まじかよ」
他の奴隷は割と何も言わず黙々と働いている。
喋ってると怠けてると思えてしまうからだろうか?忠実な奴隷だなぁ。
日が落ちかけた夕方、初日の仕事が終わった。明かりを灯して働かせられないんだろう。それかネビス様の休息のルールに抵触するのだろうか。
何にせよ、疲れた。気合いで乗り切ったけど、無理してた気がする。明日はちゃんと動けるか心配だな。
とか思って夕日を眺めてたらダミカが肩を組んできた。
「コロウ、初日でこんなに動ける奴だと思わなかった。
明日もたっぷり教えてやる。沢山食べて沢山寝よう」
おおお、元気ですねダミカさん。でもこんな風にスキンシップされるとおじさん興奮してしまうから離れてね!
思えば一ヶ月間竜神さまと一緒にいたのだ。その間見かける女性もドワーフばっかり。たとえ動物っぽくても、ダミカみたいな女性を意識させるような姿をした人にくっつかれると、色々とおじさんには良くないぞ。
昼にはフランスパンより硬いパンと牛乳?のスープみたいなシチューっぽいのが出されてた。 その時は皆食べるスピードが早くて、味わうことなんか出来なかったけど、夕食は奴隷用の宿舎の食堂で皆とゆっくり食べられた。
鶏肉っぽいパサパサした肉に岩塩の塊を削りながら振りかける。ザリザリとした大粒の塩を噛み締めれば唾液に溶けて、肉の旨味を引き出してくれる。
蒸かしたジャガイモみたいな芋にも同じように岩塩を振りかけてモグモグする。口の中の水分が無くなれば、細かなゴミの浮いたよく分からない濃度の薄いお酒で流し込む。
なんか…奴隷になってからの方が良い食生活になってないか?ってか、竜神さまと居たときは洞穴で、今は屋根の下で寝られるんだよな?
なんか…なんか変な感じがする。
「ギャハハハ!!」
ただ、残念なのはダミカと一緒のテーブルで食べられると思ってたのが、そうじゃなかったってことだ。
今彼女は別の女奴隷達と同じ席で食べている。
「ほーらダミカ、もっと楽しそうに食べなきゃ」
「うん…」
ネビス様は奴隷と主人の間では良い関係をと思ってくれているんだろう。
でも、奴隷と奴隷の間ではどうだろう?
奴隷だって人間だ。人間はヒエラルキーを作りたがる。奴隷だけの空間が有れば、それは同じ奴隷でも格差が生まれてしまうんだろう。
「お前、変な髪の色してるなぁ。わざわざそんな色に染めてるのか?なあ」
「食ってばっかりいないで、まず挨拶が先だろうがよ」
昼間に話をする奴隷が少なく見えたのは、これのせいかもしれない。
俺の見た目は彼らからすると、変どころではなくて、不気味ですらあるのかも知れなかった。
俺が絡まれているのを見て、ほっとしている他の奴隷が何人か見えた。ということは、きっと普段からここはそういう環境なんだろうと思えた。




