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スキルのレベル上がったみたいな感じする。日常会話は出来るようになった。


竜神さまに聞いたところ、俺の話す言葉は外国人が話す日本語のようになってたっぽい。人によっては俺の話す内容がわからんこともあるかも。でももう完全じゃなくてもいいや。


この先どうやっても、俺が満たされる事なんて無いだろうし。取り敢えず前に進もう。今日で儀式も終わりだから。


最後の生き血を飲んだら出発する。用意して貰った物の中で、鍛冶師見習いの作った装備が一番見つかりにくかったと言われた。ちょっと遠慮したつもりが迷惑かけてしまったぜ。



『コウタロウ、行く前にいくつか良いだろうか?』



「はい。今じゃないとダメな事なんですよね?」



『…そなたの名前の事よ。世間では間違いなくコウタロウは珍しい奇妙なものに見られる。別の通り名を用いるのが良かろう』



「んー、じゃあコロウって変ですかね?」



『……うむ、それなら怪しくもない。

それと髪と目の色が同じなのも珍しい』



「へえ、それは何でです?

…あ、そういえば何度か怪しまれたような心当たりあります」



『印象には残りやすかろうな。

人族の瞳の色は遺伝するが、髪色はその者に与えられる色。持つ魔力や生命力に起因すると考えられるが不明なのだ。

しかし不思議とそれぞれ同色にはならぬ』



「目は黒ですけど髪はちょっと茶色にも見えませんかね?」



『見分けはつかぬな。

識別するのに顔よりその色で覚える者も多い。軽く見てはいかん』



「了解です、その内染めますね。

でも俺、今まで髪染めた事無いんですよ。ファッションに疎くて」



『対処はそなたの思うままにすれば良かろう。

そして魂の同化についてだが』



「まだありましたか」



今まですげー時間あったんだから、そこで話してくれればよかったじゃん。



『そなたに取り返しのつかぬことをした始末について、心根から詫びておる。

この世界を気に入るなら、我はいつまでも魂の同化について待つ。判断は全て任せる故、自分自身を優先せよ。

そなたの世界と比べ、不便で危険も多かろう。それでも、旅を楽しむがよい』



ふーん、まあ俺もそうさせてもらうつもりだったしね。言われずともですよ。


それに竜神さまは何年も生きてたみたいだし、俺の寿命程度ゴロゴロしてたら終わっちゃうようなものじゃないかな。


俺は最後の生き血を飲んだ。特に変化は感じなかった。



「じゃあ、竜神さまもお元気で」



『うむ、4日後にまた呼び掛ける。

大陸を跨がなければ、それなりの時間スキルは使えよう。達者でな』



山を降りる間、ずっと竜神さまに見られている感じがした。でも町に着くまで、一度も振り返ろうとは思わなかった。


町では会話に苦労しながらも耳と襟足まで覆える皮と鉄の兜を買った。他にも旅装用のバックパックとか鍋とか食料とか。使えるかわからないけど皮の水筒も買ってみた。皮の匂いがしっかりしてて、中に入れた水に匂い移りしないかな?そしたら飲めるか心配だ。


キャンプ好きな友人と旅行好きな妻のお陰で必要なものはパパっと思い付いた。何事も、経験か。


背負ってる物だけでも15キロ位有るけど、あんまり重く感じない。鍛えられたのかな。


時間で言うと正午過ぎくらいかな。町を出てたところで、しっかり山の上を見る。


竜神さまは小さいけれどちゃんと見えた。きっと向こうも俺を見てるだろう。


最後の方、竜神さまは俺の事を自分の子供のように見てたと思う。


俺も親だった。いつか成長したあの子が一人で出掛けることもあっただろう。その時、俺はどんな気持ちで見送れたのかな?


考えてみても、わからなかった。竜神さまの今の気持ちも多分全部は理解しきれないんだろうな。



「あ、そうだった」



自分で感情に蓋をしてた事を思い出す。


竜神さまに向けてた視線を戻して、しばらく歩き続ける。


もう見えないかなと思って、山の方を見るとまだ見えた。


もっともっと先へ進む。


見直すと、今度はもう見えない。



「…よし、この辺で良いか」



今は人通りも無く、少し道を外れた所に雑木林がある。そこまで行って、荷物を下ろした。


喉乾いてたから用意してた水を飲む。水筒の水は案外美味しい気がしたけど、入れ物が柔らかいと飲みにくいな。


そして、感情の蓋を外した。


スイッチが押されて何かが切り替わった感じがする。



「ぐっ…う、ああああぁくそがあああ!!

あの、竜神が、トカゲ野郎がああぁ!!

ふざけやがって、善人ぶりやがってえええ!」



おお、よく俺はこんな感情を押し込められてたなと、変に感心してしまう自分もいた。



「全部全部ぶち壊しやがって!俺から全部取り上げやがって!楽しめるかよこんな人生よぉおお!」



こんな所、誰にも見せられない。見せられる人なんて前の世界にもいない。



「俺も何のうのうと生きてられるんだよ馬鹿が!とっとと、もう、くたばっちまえよ…」



何度も考えたことだ。でも改めて声に出てくると辛さはある。そして毎回、それをするだけの行動力は今までなかった。身近に悲しむだろう存在がいたことと、どんな形であれまた会えるかもしれないという、雲みたいに実体の無い可能性を考えてしまうからだ。


…どれだけ考えても妄想してみても無駄で無価値で無意味だ。本当の意味で希望になんかならない。砂上の楼閣みたいだ、俺の何もかも。いっそ朽ち果てて砂にでもなってしまえば、何かの役に立てるのかもしれない。


考えれば考えるほど、負の思考に沈んでいく…。



「うっ…ううぅ、会いたいよ。今会いたい」



もう、一ヶ月もあの子と妻に会えていない。辛さを閉じ込めて今日まで生きて来れた。それで何とかやっていけると思った。でも全然駄目だ。


こんな地獄今でも耐えられないのに、この先どれだけこの人生が続くんだろうか。何度今日みたいな考えに陥るんだろうか。


………もう、全部忘れたい。諦めて終わりにしてしまおうか。


頑丈な腰ベルトに固定された剣を握る。


鞘から引き抜くと、立派な刀身が現れた。見習いが作ったにしてはとても綺麗だ。


喉元まで当てる。ここまでは迷わずに動けたが、思いきり良くとはいかなかった。


脳天まで突けば、死ぬのがわかる。躊躇したんだろう。


でももう迷うのも考えることさえも疲れた。



「…お疲れ。もういいよ、ばいばい」



自分で言ってみて、その言葉で最後の一押しをしたかった。でも動かなかった。


大量の記憶が呼び覚まされる。


死にたがっていた心が、熱くなっていく。


俺は今までの人生で、どれだけ辛い思いをしてきただろうか。


今回ほどの大きな壁に当たった事など無かっただろうか?


思い出された記憶の中に、あれは辛かったなとか、これは長いこと苦労したなという経験が見つけられた。


確かに辛さは今が一番かもしれないけど。でも辛いからって、自分だけ楽になりたいからって、何をしても良いのか?


妻ならこういう時、どうしただろう?想像してみようとして、やめた。考えるまでもなかった。


俺達夫婦は話し合うまでもなく、あの子のために生きようと決めていた。どれだけ自分を犠牲にしたって、耐えられなくなってしまったって、あの子のためと思えばどこまででも突き進めるから。


心の痛みが、今度は力に変わっていく気がした。今俺がしようとしていた選択を、あの子には絶対に見せられない。父親の生き様が、こんなものだったと思わせたくない。


もし会えたなら、父はこうやって頑張って来たんだよって、胸張って言いたい!


親としての、心が奮い立つ。エンジンが回り出した気がした。



「自分は、二の次だ。…ああ、そうだった。まだ諦めちゃ駄目だ、精一杯生きよう。

夢みたいなもんでも、それにすがり付いて生きていかなきゃ」



どれだけ無価値に思える俺の命でも、生死問わず僅かでもあの子に会える可能性があるのならそれは大きな意味を持つんだ。逃げ出すな!


やっとの思いで下ろせた剣には、少し血が付いていた。首を撫でると、少し切ってしまってたみたいだった。


今さら小さな痛みを感じる。


でも、それが尚更生きてるって実感できた。



「よし、行こう!」



気合いを入れて立ち上がる。


もう絶対に、死を選ばない。絶対の絶対だ!

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