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4.

 雪は相変わらず降り積もる。

 ウインタニアではこの時期、冬の間はこれが普通である。

 昼間でも雪がない時は週に何度あるかであった。

 窓辺にフィーナはずっと降りしきる雪を見ていた。

 この時、既に9歳を迎えていた。


「どうしたの?

 フィー」

「あっママ!

 今日も雪やまないね」

「うん、これがこの国だからね」

「つまんないな、ずっと家の中だもん」

「アラ、ボックルたちと遊ぶのは飽きたの?」

「ううん、ボックルとの暮らしは毎日が新しい発見だから楽しいよ。

 でも、外に出たくなるのよね」

「ふふふ、そして、いつもお騒がせするのよね」

「えぇ?

 私、そんなにひどいの?」

「フィー、貴女はね、覚えていないだろうけれど、いつもいつもいなくなるのよね。

 その度にママとパパは探し回るのよね」

「わ、私、そんなお転婆だった?」

「えぇそうよ。

 でも、いつも驚かされるわ。

 フィーはボックルと共に帰ってくるから」

「うん、ボックルたちと一緒に過ごすの、大好き!」


 そして、テーブルの上に置かれてる、寝静まったボックルのいる箱庭を眺めた。

 その視線にジェーンも一緒になって見つめていく。


「あ、ねぇ、来年には私、アカデミアへ行くことになるのよね」

「そうね、フィーももうそんな年頃になったわね」

「ずっとそこで暮らすことになるのでしょう?」

「うん、ここの冬は長いからね。通えなくなるから仕方ないわ」

「アカデミアって楽しいの?」

「楽しいわよ、辛いことも苦しいこともあるけれど・・・。

 代わりにボックルと新たな生活が始まるのだから」

「でも・・・」

「どうしたの?」

「パパとママは寂しくないの?」

「そりゃね、フィーと離れ離れになるのは寂しいわよ。

 でもね、箱庭師として立派になるフィーが愉しみでもあるのよ」

「そうなんだ、私ね・・・。

 ほんとはアカデミアなんかに行きたくないの。

 でもね・・・、ボックルたちと新たな世界を見るのが愉しみでもあるの。

 それはどんな世界なんだろう。

 きっと、素晴らしいんだろうなって思う私がいて、とっても胸が躍るのよ」


 ジェーンは静かにフィーナを見つめていた。

 この秋、フィーナは新たな旅立ちを迎える。

 この国の子供たちは10歳を迎えると中央都市でもあるエゾに置かれたアカデミアへ集まり、そこで勉強をする。

 そして、それぞれの職業に就くこととなる。

 役人、騎士、魔導士、神官、商人、そして、箱庭師としてそれぞれの分野を学びに行くのである。

 それも8年という長い年月を経てだ。

 子供たちは親元を離れ、それぞれの夢や希望を抱き、学ぶこととなる。

 フィーナもまた例外ではなかった。

 錬金術師でもある箱庭師となるためにアカデミアへ行くこととなるのだ。

 その間、春の長期休学以外はずっと、家に帰れなくなるのだ。

 子供たちの胸中やいかにでもあった。

 この国の冬はとても長い。

 そのため、秋から修業に付き、そして、長い年月を終えて、春に卒業を迎える。

 そういうしくみでもあった。

 フィーナはまた飽きもせず雪景色を眺める。

 そんなジェーンとフィーナのようすを見てるジャンの姿が部屋の戸口にいた。

 ジャンは遠く離れていくフィーナの様子をとてもいとおしく見つめていた。

 そうして、冬を過ごし・・・。

 ついに春を迎えつつあった。

 この国の春と秋はとても短い。

 季節のスパンとして、まず夏が存在しない。

 正確には夏は来るのだが、あまりにも短すぎるのだ。

 まず、この国の人々は、春を迎え一ヶ月、そして、わずか2,3日という夏があっという間に過ぎて、秋の一ヶ月を過ごし、十ヶ月もの長い冬を越えて暮らしてるのである。

 まず長すぎる冬を3つに分け、秋から入る頃を初冬と言い、本格的な冬を迎える準備をするのだ。

 そして、本格的に冬に入ると本冬と呼び、あまりにも長い期間、春を迎えるのを待ちながら、家で過ごす。

 そうして、春へと迎える時期を花冬と言い、春を迎える喜びと同時に次の初冬のために準備を始めるのだ。

 ちなみに初冬、花冬の期間は同時に半月と短い期間でしかない。

 なので、この国の春と秋はとても忙しく、花冬の始まりに次の冬を越える準備を僅か3ヶ月でやらなければならないので大変なのである。

 今の時期はちょうど、花冬、やがて春へと迎えつつある頃だった。

 人々は花の咲く春を前に忙しく過ごし始める。

 そう、花まつりが始まるのだ。

 長い冬を越えた喜び、そして、次の冬を迎える準備を始める意味でも、この国上げての祭りが開催されようとしている。

 ここフィーナの家でも例外なく、一年でもっとも多忙な時期を迎えるのだった。


「あら、この荷物は王都へ運んで頂戴」

「はい、奥様」

「おい、間違うな、これは畑を開くための物だ!

 勝手に持っていくな!」


 ジャンは祭りが開催される準備に耕作を開始する準備、ジェーンは冬の間に作りためた薬剤やアイテムの出荷と材料の手配、その上、花まつりの準備がそれぞれ重なり、大忙しで、家には大勢の仕え人が出入りしていた。

 その忙しさを横目にフィーナはのんびりと箱庭の整備をしていた。

 それが花冬での景色であった。

 フィーナは毎年のことながら、忙しい両親を見つめては一人過ごしていた。

 だから、ボックルと過ごすのが普通になっていた。

 ちなみに毎年、遊んでくれていたディーンはアカデミアへ既に入学しており、周囲には親しい友もいなかった。

 フィーナは仕方なく、家の外へ出て、周囲を見る。

 相変らず、フィーナの家には人出が多く続いており、誰もがフィーナに見向きもしない。

 その様子を静かにフィーナは眺めていた。

 そして、家を離れ村を見ると誰もが花まつりの準備で道々に飾られていくのが見える。

 屋台も次々に建てられて、道いっぱいに並ばれていく。


 そっか、楽しい祭りが始まるのね。


 フィーナはそう思うと、にこやかになる。

 そして、いつもの道が用変わりしていくのを見ながら、進んでた矢先で、明らかに同年代と判る少女と遭遇する。

 その少女はぼつんと宿屋の前で地面になにやら書いている様子だった。

 やがて、その少女はフィーナに気付くとすくっと立ち上がった。


「あなたは?」


 きょとんとしているフィーナにその少女は偉そうに指さして聞いてきたのだった。


「私?

 フィーナよ」

「あら、クロード家のお嬢様だったわね」

「知ってるの?」

「知ってるも何も、(わたくし)はそこで世話になってるのよ。

 ミラルダ・ドーソンと言えば、お判りかしらね」

「ドーソン?」

「ま、まさか・・・、ご存知なくて?」


 ミラルダはショックで倒れそうになる。


「うん、ゴメンね、知らない」


 対して、フィーナは悪びれもなくにっこりと返す。


「仕様がないわね・・・、(わたくし)のところは由緒ある商家なのよ。

 毎年ながら、貴女のところでも往来させてもらってるのよ。

 お判りかしら?」

「あら、そうなの?」

「呆れた・・・、貴女、何にも知らないのね・・・」

「うん、そうみたい」


 フィーナは終始にこにこしているので、半端呆れ気味にミラルダは首をかしげた。


「まぁいいわ、んで、フィーナはなんでここにいるの?」

「私?

 お散歩してるの、雪の残ったところを見るのが好きなの」

「ふぅ~ん・・・。

 そんなに暇をしているのね」

「あら、暇じゃないわ、景色をみるので忙しいのよ」


 またもミラルダは肩を落とした。


「どうしたの?」


 やれやれと思いながらも負けじとミラルダは続く。


「暇をしてるのなら、貴女!」

「うん?」

(わたくし)に付き合いなさい!」

「うん、いいよ、何して遊ぶの?」


 そこまで言われて、何をするのか考えてなかったミラルダは焦った。


「そ、そうね・・・」


 焦りつつも考え始めたミラルダをまっすぐ見つめるフィーナ。

 その様子を見たミラルダはますます焦っていく。


「つっ、あ、貴女が考えなさい!」


 あまりにも追い詰められたミラルダは爆発したように、半端ヤケクソ気味にフィーナを指差し叫んだ。


「そうね、急に考えても何も浮かばないわ、私と一緒に雪解け道を歩きながら考えましょ」

「え、ここを離れるの?」

「そうだよ、でなきゃ散歩にならないでしょ?」

「護衛もなしに大丈夫なの?」

「護衛?

 大丈夫だよ、私はいつも一人で歩いてたもの。

 あ、でも、一人じゃなかったわ、ディーンも一緒だったんだけれど、今はアカデミアに行ってるから、そうね・・・、久々の独り歩きになるかなぁ?」

「ディーンって・・・、あぁ、あの野蛮人ね、って何もされなかったの?」

「そうだよ、いつも優しいよ」


 信じられない・・・。


 ミラルダは茫然としていた。

 いつも悪戯ばかりされ続けていたミラルダには衝撃の話だった。


「あいっつ・・・」


 逆にその名前で怒りがわいてくるミラルダだった。


「どうしたの?」

「ほんとに何もされなかったの?」

「うん」

「信じらんない・・・」

「何かされてたの?」

「そうよ!

 あいつは・・・・」


 ミラルダは今までにされてきたことを並び立てて言葉にしている。

 言うたびに語気が荒くなっていくのが判る。


「そうなんだ。

 じゃあ、今度、私が言っておくね。

 わるさしちゃダメだよと」


 怒りに身を任せていたミラルダにフィーナは笑いながら見つめ返す。

 ミラルダはその姿に落ち着きを取り戻していった。


「そんなこと言って、怖くないの?」

「怖い?」

「って、違うのよ、(わたくし)はべつにアイツの事なんて怖くはないけれど、あの野蛮人がそんなことで云う事聞くかしらって事よ」


 ミラルダは慌てて釈明する。


「聞くよ」


 ミラルダは驚きフィーナを見る。


「ほんとなの?」

「うん、私、いつもダメって言うけど、止めてくれるよ?」


 ミラルダはその言葉で唖然とした。


 な、なんなの・・・、この違いは・・・。

 あいつ、フィーナには優しく扱うのに、対して(わたくし)には・・・。


 ミラルダはそう考えていくと、ふつふつと怒りがこみ上げてくる気がした。


「ミラルダ?」

「あ・・・、まぁいいわ、あんな野蛮人の事なんかどうでもいいわ。

 黙って出ていったら、お父様やお母様が心配するわ、そこで待ってなさいよ」

「うん!」


 そう言ってミラルダは馬車に走って行って、仕え人に何やら話しかけていた。

 その様子をフィーナは茫然と眺めていた。

 いかにも不思議そうに・・・。

 どうやら、話が終わったようで、メイドを一人引き連れて戻ってきた。


「フィーナ、この方は(わたくし)に仕えているメアリーよ。

 道中、ご一緒させて頂くわ、宜しくて?」

「貴女がフィーナ様ですね。

 私がメアリーです。

 お嬢様とご一緒させて頂くので宜しくお願いしますね」

「わぁ、私、フィーナ、宜しく。

 あっ!

 フィーでいいわ」

「では、(わたくし)もミラでいいわ。

 宜しく」

「じゃあ、行こう、ミラ!」

「あ、お待ちなさい!」


 急に駆け足で進みだすフィーナに慌てて捕まえようとするミラルダとメイドであった。

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