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2.

 逞しい父と優しい母に見守られながら、健やかに育つフィーナ。

 今日はどんな物語りがあるだろうか?

 周囲の人に驚きと感動を与えながら、フィーナは箱庭師の片鱗を見せて行く。

「おはよう、フィー」


 今日もクロード一家の朝はジェーンの一言で始まる。

 フィーナはまだスヤスヤと眠っている、が、思わず一声かけたくなるのだろう。

 そして、着替えを済ませ、朝の支度を始めるのだった。


「う~ん、今日も寒いわぁ・・・。

 暖炉を見ておかないと・・・」


 そう、ここウインタニアは、ほとんどの一年を冬に閉ざされる寒い地でもある。

 今はわずかな間だけの温かい春を迎えたばかりなのだが、雪が解けずに残ってる時期でもあった。

 わずかばかりの間に農作物を耕いておかなければ、冬を越せなくなるのだ。

 この時期は、こうして毎朝寒くともその準備をしておかなくてはならない。

 ジェーンは暖炉にくべる薪の様子を見ていた。

 寒い冬を過ごす事の多いこの地では、暖炉は生命線である。

 薪は自動的に追加されるようになっているので、火を絶やすことはない。

 無論、火事にもならないよう安全な設計もなされている。

 これも例の箱庭から生み出された技術である。

 箱庭師はそれだけ人々の生活になくてはならない存在であった。

 自動的に薪が補充されるので、時折、こうして薪の量を確認しなくてはならないのだ。

 ジェーンは十分にあるのを確認した後、朝食の用意を始めるのだった。


「フィー、おはよう、寒いけれどぐずっていないかな?」


 おいしそうな料理の香りで、ジャンも目覚めたようだ。

 ジャンもまた、こうしてフィーナの様子を見るのが日課になっているようだ。

 そして、着替えを済ませると、外に出て空を見る。


「うむ、晴れ空だ、今日も忙しくなるぞ」


 ジャンは朝から農作の準備を始める。


「ジャン、朝食よ」


 ジェーンは支度が終わるとジャンに声をかける。


「おう、今行くよ!」


 ジャンもきりのいいところで手を止め、ダイニングに向かった。

 その間にジェーンはフィーナにミルクを与える。

 ジャンをそれを見て、食卓についた。

 こうしてクロード一家の一日が始まった。


「たくさん飲んで大きくなるのよ」

「うん、楽しみだな。

 大人になったら、きっと、ジェーンのように立派な箱庭師になれるだろうな」

「フフフ・・・、ジャンったら、箱庭師になるかどうかも判らないでしょうに」

「いあいあ、フィーは大したものだ。

 時折、ボックル達を呼んでるようで、傍らに囲まれてるのを見るよ」

「そうなのよね」

「やはり、この子はジェーンの血を色濃く継いでるようだよ」


 ボックルは通常、箱庭の扉から入ってくる。

 日常的に現れる事はない。

 そればかりか、その扉は箱庭師にしか具現化出来ない代物だ。

 フィーナは赤子の内から、無意識に扉を生み出していたのだろう。

 もちろん、箱庭もないので、安定はしていない。

 それは、時折、現れては消えたりを繰り返してるようでもあった。

 ボックルはその合間に扉から出て来ているようである。

 時折、扉が消えそうになると慌てて、扉へ戻りだすボックルの姿は微笑ましかった。

 その姿を何度かフィーの周辺で見かけるようである。


「さて、畑に行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」


 ジェーンもフィーナをベビーベッドに静かに寝かせると朝食を頂く。

 すると、もう既にフィーナの周りにボックルがわいていた。

 ジェーンはこの光景をみて微笑んだ。


「フィーったら、またボックルたちと遊んでる。

 よほど気に入ったのね」


 フィーナはボックルとやりとりしているのか、にこやかにしていた。

 ジェーンは朝食を済ませ、箱庭の様子を見に行く。

 新たな錬金術こそ伝えてはこないが、人の手で支えてやる必要がいくつかあるからだ。

 ここではボックル達の暮らしが行われている。

 ジェーンは箱庭の手入れをし始める。

 ボックルと会話をしながらである。

 無論、言葉は通じてはいない。

 感覚で伝えあっているのだ。

 時折、手などを使って、ジェスチャーを交えつつ、情報を交換し合って行く。

 ボックル達の要求を感じ取って、少しでも良い環境に整えるのが箱庭師である。

 それをしないと、ボックルはその箱庭を放棄し、二度と顔向けしなくなるのである。

 そうして、扉は永久に閉じられてしまうのである。

 逆にボックルが箱庭を気に入り、繁盛し始めると、時折、錬金術を伝えてくれるのだ。

 先程の暖炉システムもこうして出来た物である。

 箱庭の手入れが済むと、ジェーンはもう一つの作業に入る。

 錬金術によって、薬品や道具等、通常、アイテムと呼ばれる品物を生み出す作業だ。

 それこそが箱庭師の真骨頂であるとも言えるだろう。

 無論、そのアイテムの良し悪しも人による。

 ジェーンの手で生み出されるアイテムの品質は素晴らしく、今日も毎日の出荷のため多忙を極めた。

 だが、ジェーンはさすがに手慣れたようすで作業を続けている。

 発注リストを見ては、次々とアイテムを生み出していた。


「奥様、おはようございます」

「あら、サラ、おはよう」

「今日もフィーナ様がボックルと戯れておりましたわ。

 凄い子ですね、普通はまだ出来ないはずなのに・・・。」

「お陰様でね、私も手を煩わせずに済んでるけど」

「そうなんですね、さすがは奥様のお子様ですわね。

 私もあれには最初、驚かされましたけれど、今では馴染んでいますわ」

「褒めすぎですよ、サラ。

 早速だけれど、その材料を揃えてくれるかしら?」

「はい、奥様」


 ジェーンのアシスタント勤めるサラである。

 箱庭師ではないが、こうして、多忙なジェーンを支えている。

 今やジェーンにはなくてはならない右腕とも言えよう。


 ジャンは短い春の間に作物を作り出さなければならない。

 なので、雪に埋もれた畑に生気を抽入しなくてはならない。

 冬により、すっかり大地は凍てついており、作物はおろか、草一本も生えなくなっているのだ。

 その準備や対策で忙しかった。

 早急に種を巻かなければ、冬が来て作物をダメにしてしまうからだ。

 固くなった畑を耕し、養分を撒かないと種を植えても無駄になってしまう。

 ここには、ジャンの他、小作人が何人かたくさんいた。

 ジャンは大地主であったので、何人かの小作人を雇い、作物を多く生み出していた。

 他には放牧地も保有し、家畜も多く抱えている。

 ジャンは王都を支える牧場王でもあり作物王でもあった。


 ゆえにジャンがここはぐれ村に作物を育て、家畜を見るのはジェーンにとっても都合が良かった。

 ボックル達は賑やかな王都を嫌い、一度も姿を現さない。

 こうした辺境の地でしか、現れないのも難点であった。

 そのため、ある程度、森林に囲まれ、静かな環境で箱庭師があちこちにて存在していたのだ。

 ジェーンもその一人であった。

 フィーナは健やかにここで成長していく。

 ボックル達に囲まれ、静かに静かに育っていった。

 こうして、フィーナが物心付く5歳児となった頃の冬のある日。

 フィーナは暖炉を見ながら思う。


「ねぇ、ママ?」


 フィーナは職場にいるであろうジェーンに呼び掛ける。

 そして奥から返事がする。


「なぁに?

 フィー、どうしたの?」

「暖炉の火はずっと燃えてるね。

 でも、灰になると燃えなくなるのに、どうして火は消えないの?」


 そこでジェーンは職場から出て、フィーナを見た。


「ねぇ、どうしてなの?」

「それはね、ボックル達が教えてくれた技術でね。

 ずうっと燃え続けていられるように作られてるからなのよ」

「え?

 ボックルが?

 いつも私、遊んでくれてるけれど、ボックルって偉いのね」

「そうよ、ボックルと心を通い合わせて、私たちの暮らしを豊かにするために私は仕事してるのよ」

「じゃあ、ママも偉いのね」

「ううん、やっぱり偉いのはボックル達よ。

 私はその手助けをしてるに過ぎない。

 こうして仕事をする事が私の誇りなのよ」

「ふうん、じゃあ、私、いつかママみたいになれる?」

「そうね、なれるわよ、ただし、ボックル達を見捨てたらダメよ」

「大丈夫、だって、私、いっつもボックル達とも仲いいもの」

「まぁ!」


 フィーナはドヤ顔してにこっと笑った。

 こうして、フィーナは箱庭師として、ジェーンから技や心を吸収していく。

 素質があるにも関わらず、さらに箱庭師としての資質が磨かれて行くのである。

 そして一年が経ち、ある冬入りへと入りかけた時期。

 フィーナが消えた。


「フィーナぁ!」


 ジャンは森の中を必死にフィーナを探す。

 はっとして、天を見る。

 雪だ。

 ジャンは薄暗くなったのを確認すると引き返す事にした。

 さらなる捜索の準備のためでもあった。

 ジャンが家に帰りつくとジェーンが駆け寄ってきた。


「あ、あなた!

 フィーナは、フィーは見つかったの?」


 ジャンは首を横に振り無言で伝えた。


「あ、あぁ・・・」

「お、奥様!」


 ジェーンは床に倒れそうによろめくが、サラに支えられ事なきを済んだ。


「それよりも雪が降り始めた。

 もう既に夜になりかけている。

 夜間捜索の準備を始めるためにこうして戻ったんだ。

 すまないが・・・」


 ジャンはそう言いながらたいまつを何本か用意していく。


「あ、あなた、ごめんなさい、わ、私が目を離したばっかりに・・・うぅ・・・」

「こんな時に泣いても仕方がないだろう。

 それよりもフィーが戻った時のためにあったかいスープや衣服とかも用意しておいてくれ」

「え、えぇ・・・そうね、しっかりしなきゃ、あなた、また探しに行くのね?」

「当たり前だ、わが可愛い娘だ。俺がやらなくて誰がやるんだ?

 もっとも、小作人たちにの捜索を手伝ってくれてるし、絶対にみつかる。

 だから心配するな」


 ジャンは準備を終えると家を後にしようとする。

 すると、ジェーンも身支度を始める。


「お、おい?」

「フィーが可愛いと思っているのは貴方だけじゃないわ。

 私だって腹をいためて産んだ子ですもの。

 私も探しに行きます!」


 もはや、ジェーンを止めれなかった。


「サラ、じゃあ、申し訳ないが留守を頼む。

 大丈夫、俺がついてる」


 ジャンはサラにそう伝えると、サラは軽く会釈をした。

 そして、ジャンとジェーンは二人で家を後にし、森に入って行く。


「フィー!」

「どこなの?

 返事して!」


 周囲に呼び掛けながら捜索を続ける。

 そこでジェーンの動きが止まる。


「どうした?

 ジェーン」

「ジャン!

 アレを見て!

 ボックルだわ!」


 草むらの中をうろついてるボックルを発見したようだった。


「ほんとだ、何をしてるんだろ?

 というか、何故、こんなところに?」

「あ、あなた、もしかしたら、側にフィーが?」


 ジェーンとジャンは確信したようにお互いの顔を見た。


「よ、よし、俺が・・・」

「待って、ボックルの扱いなら私が上よ、ここは任せてちょうだい」

「判った」


 ジェーンはボックルのそばへゆっくりと近付く。

 するとボックルは一瞬、驚いたようにして逃げ出そうとするが、ジェーンの手招きを見て落ち着いたようだ。

 ジェーンとボックルは会話するように互いを認め合うとボックルが歩き出す。


「ジャン来て!」


 その様子を見たジャンもジェーンに合流する。

 ボックルは朗らかなステップですいすいと歩き進む。

 5分ほど歩いただろうか、湖がやがて見えて来た。


「ここは森のそばのテイン湖だ」

「フィーはここにいるの?」

「シッ!」


 ジャンは何かを聞きつけたようだ。


「歌声が聞こえてこないか?」

「?」


 ジェーンも耳を傾けてみる。

 すると、わずかに聞こえてきたようだ。


「こ、この声は・・・」

「うん、フィーだよ!」

「ど、どこから?」


 周囲を見渡すと声のする方向から明かりが漏れて見えていた。

 ジャンとジェーンはその方向へと進み出す。

 無論、ボックルも一緒だ。

 そして、見えたのは・・・。


「ジャン、あ、あれは・・・」

「う、うん・・・信じられない・・・」


 そこに見えたのは焚火の周囲をボックル達が歌い踊っている。

 フィーも一緒になって歌っているようだ。


「あ、あなた、私、こんなの初めて見るわ・・・」

「すごい・・・」


 やがて、フィーはジャンとジェーンの姿に気付き声をかけて来た。


「あ、パパ!

 ママ!」


 すると歌がやみ、ボックル達も同方向を見る。


「はっ!」


 ジャンは気を取り戻すとジェーンを揺らすようにして見る。

 ジェーンも気付きジャンを見る。

 その後、ジャンとジェーンはフィーへと歩み寄る。

 ボックル達は案内してきたボックルとの再会でさらににぎやかに騒ぎ始める。


「フ、フィー、これは一体・・・」

「うん!

 ボックルたちがすごいの!

 私、森で迷ってるとここへ連れ出して、焚火をしてくれたり、魚を釣ってきて焼いてくれたりと助けてくれたわ!」

「へ、へぇ・・・な、なら、ボックル達にお礼をしないと・・・」

「それよりもボックル達が迎えにきてくれたパパやママと一緒に歌いたいんだって!

 一緒に歌おうよ!

 お別れに遊ぼうと言っているわ」


 ジェーンはうん、いいわと一緒にボックルと会話を始めた。

 ジャンはそれに合わせてついていくだけだった。

 そうして、疲れて眠ったフィーをジャンは抱きかかえた。

 ジェーンはボックル達にお礼を言って、即興の扉を作りお別れをしていた。

 そして、黙々と家路に向かう二人であった。


「ジェーン、今更だけどさ、フィーの凄さを俺、感動している・・・」

「そうね・・・我が娘ながら、私をもう超えているのかもしれない・・・。

 この力はもう普通ではない。

 私、ボックル達と一緒に歌い踊ったの、ほんとに初めてよ。

 こんな素敵な思い出、私たちは幸せ者よ」

「ぼ、僕もだよ、ボックル達って屈託なんだね、親近感を持っちゃったよ」

「ほんと、すごい子・・・」

「そうだね、どんな箱庭師になるんだろう・・・フィーは」

「それは私にも、もはや予測不可能だわ」


 ジャンとジェーンは互いに認め合い、家へと進んで行った。

 箱庭師へと素質を開花していくフィーナ。

 もはや父も母も驚きを隠しきれなくなった。

 その輝きはどこまでも続く。

 フィーナの成長はまだ始まったばかりなのだから。

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