(7)
「……コルノ、なのか?」
「はい。お初にお目にかかります。市民名をユユ、魔法名をコルノ・チェルボス・コリジオンと申します」
コルノは膝を曲げてお辞儀をした。礼儀なんだっけか。俺もしたほうがいいのか?
「あ、ええと、凛郎、中橋と申しんす」
「凛郎、カーテシーは女性がするものではないかと」
「ポ、ポリコレ厳しい昨今を鑑みた次第でありまする」
クスクスとコルノは笑う。
「何故そんな喋り方なのですか? いつものとおりで良いですよ」
佇まいや話し方は大人びているが、見た目はそれより幼く見える。笑った顔も、柔らかそうな頬も、華奢な骨格も、同い年くらいか年下か。俺が着ていたワンピースは脹脛を隠している。それに裸足の足だって小さくて……。
「く、靴! これ履けよ。なんか踏んだら怪我するぞ。寒くないか⁉︎ ジャ、ジャージとか、学ランあるぞ!」
「お構いなく」
……ああ、せっかく会えたのに。すげえ怖い。聞くのが怖い。
「……戻れなくなるんだよな?」
「はい。戻るつもりはありません」
「な、なんで来たんだよ?」
「……グラトニー公爵を私が倒すためです」
いつも悪魔たちが助けを求める公爵を討つ、ってことか。
ドクドクと鼓動が早い。触れられる距離を喜んでいるのか、胸の底に広がる不安からか。
「飛びましょう、凛郎。夜の銀羽!」
「お、おい! 接地衝突!」
コルノは背中から生やした翼で空へ飛ぶ。急いで後を追いかける。
「公爵って、あの悪魔たちが助け求める奴だよな?」
「はい。昨日の特級悪魔シンティラのさらに上、至高級です」
また手違いか? 昨日より強いっておかしいだろ。
いや、コルノはさっきグラトニー公爵を倒すためにこっちの世界に来たと言った。
「そもそも異世界より罪を犯した悪魔を転送し、こちらで刑を執行する一番の理由は、グラトニー公爵に魂を食べさせないことにあります。この世界で死ねば、魂はこの世界に還りますから」
魂を食べるって、まさに悪魔の所業だな……。
「あいつに力を付けさせないためか。でも世界に還るって……異世界でも魂になったら、テレスハレスって神のところへ還るんじゃないか?」
向こうは人間も精霊も悪魔も産まれれば、等しく恩ってやつをテレスハレスが授けるんだから、魂の還る場所もそいつになりそうなもんだが。
「ええ、魔力のない魂は還ることができるでしょう。しかし魔力ある魂は、至高級の悪魔が帰路に立ち塞がり、己の糧にします」
し、死神的な感じか。安らかな死とかないのかよ。
「お、俺たちなら倒せるのか⁉︎」
「ええ。私たち二人なら」
隣を飛ぶコルノが微かに笑った。
「今、ここでグラトニー公爵を倒すということは、とても意味があります。世界は違えど、囚われた魂は自由となるでしょう」
コルノがグッと拳を握った。
コルノはもう異世界へは戻れない。覚悟して来たのだ。
なら、俺はできることをやる。カチャカチャと鎖と足枷が音を立てている。グラトニーを倒して、その足枷を外してやる!
前方には黒いロングドレスとレースの帽子の女がいた。長い真っ直ぐな髪は燃えるように赤く、白い肌に鮮血が散ったように風になびかせている。漆黒の目が、俺とコルノに向けられる。
「待ちくたびれましたわ。あなたたちが来ないことには、わたくしが満たされませんもの」
「リベラビット・グラトニー公爵は解放と暴食の魔法を使います。自身が喰らった全てのものを使役できます」
ぼそっとコルノが言う。つまり、俺たちは捕食対象ってわけだな。
「公爵、私は王国守護執行者、コルノ・チェルボス・コリジオンと申します。罪状を読み上げても宜しいでしょうか」
「どうぞ。なさって」
「王国法廷長たるラータルノード王弟陛下およびカナルディアナ第2聖女、騎士団長および騎士団員29名、王国魔道士長および魔道士74名、未確認の死者多数。協定を著しく乱す虐殺により、緊急的に流刑を執行。以上の事実、お間違いありませんか?」
は、跳ね上がり過ぎだろ。しかも魔道士74人って、コルノみたいな奴が束になっても敵わなかったってことか?
「ええ、間違いありませんわ」
「重複する質問かと存じますが、法廷長ラータルノード閣下の死により、虐殺の理由がこちらにはわかりません。今一度、お聞かせ願います」
はあ、とグラトニーはため息を吐いた。
「手紙を持たせた使者に無礼を働いたからですわ」
「……手紙とは?」
「こちらの世界のことについてですよ。下級や中級悪魔を処刑し、クズ捨てのようにこの世界をお使いになっているので、もったないと常々思っていました。ですから、わたくしがこの世界を活用して差し上げようと、何度も愚王にお手紙を書いて、配下に届けさせていたのです」
「何度も、とは……ガーゴイルと、カルクルス・セルペンスの不法入城の2回と考えてお間違いないでしょうか?」
「ええ。2回もですわ。でもお返事が来ずに、使者が処刑されるなんて……。王国は非道な道を選んだのですね」
頭おかしいだろ。手紙の返事を待てずに殺戮するなんて。
「公爵。残念ですが、先の2名は手紙を所持しておりませんでした。王太子の部屋にある嗜好品を盗む目的とのことです。加えて入城の先触れは協定に含まれていますので、処刑に至ったのです。そしてその処刑は公爵もご了承の上です」
手紙もってないのかよ。そんなアホな話あるかよ。
「そんなのこじつけじゃねえか!」
「そうよ。こじつけ」
グラトニーが俺を見る。
「 解 放 ≒ 髪結の使徒」
グラトニーの赤い髪が首に巻き付く。
「ぐ、がっ……」
「凛郎!」
みちみちと締め上げられる。髪を毟ろうするが、鉄で出来ているかのように固い。ヤバい、ヤバい! 苦し……。
「あなた、言葉遣いは悪いけれど純心なのね。真実の囁きで魂に聞いたわ。その歳の男では珍しい」
「防衛魔法陣、10倍!」
コルノの魔法陣が俺の前に展開した。グラトニーと俺の間にあった赤い髪が払われる。
「ゲホッ、ゲッホ……」
グラトニーは高笑いした。
「今ので、守護執行者の力量わかりましてよ。わたくしの相手ではありませんね。しかしながら、お二人とも純心たる者。極上の魂。喰らって差し上げます。大人しくなさい」
……なんなんだよ、こいつ。喰らうだと? それを大人しく待てるかよ! コルノだって戦うために来たんだ。
「コルノ、やるしかねえんだろ!」
「……はい、凛郎」
「ふ、愚かな。解放 ≒ 溶 岩 竜 よ、天へ の炎で地を破りたまえ」
グラトニーの背後の山肌から火柱が上がる。
こいつ、山を焼きやがった……。いや、怯むな!
「 対象指定、天への炎! コルノ、これでいいか⁉︎」
「間に合うなら、それで」
「衝突させれれば、こっちにも勝てる見込みがあるんだよな⁉︎」
「衝突できれば……そうですね」
「さっきから、なんでそんな歯切れが悪いんだよ!」
「凛郎……」
なっ、指定対象の感覚が消えた?
グラトニーがまた高笑う。
「小石よ、炎を纏い我が身を守れ」
眼下の採掘場の跡地から、石が巻き上がり背後の炎を絡める。だったら、次はそれだ!
「対象指定変更! 炎の小石!」
「では、さらに重ねてあげましょう。解放 ≒ 海 蛇 王 。波飛沫の力を示し、炎と交われ。 炎 雨 の 飛 沫」
燃える小石が雨のように降り、グラトニーの足元に炎の溜まりを作り出す。それが大波のように迫り上がる。
チ、チートじゃねえか! 正真正銘のやつ!
くそ、また対象指定の感覚が消えた。でも俺ができることはグラトニーの魔力を対象指定するしかない。山の木を対象指定して投げても、採石場の岩でも敵うわけない。
「対象指定変更、炎雨の飛沫!」
ドクドクと、右手が波打つ。パツっと掌の皮膚が弾けた。
「いって! なんだ、これ……」
対象指定の感覚もなくなった。
防護魔法陣を施行するコルノは首を振った。
「凛郎、四重の付与魔法です。あなたでは対象指定はできません」
は? できないって……じゃあ、どうすんだよ?