(6)
——おはようございます、凛郎。今日は……もう起きているのですね。
時刻は6時半。身支度は完了している。昨日、運動公園は磁場が安定しているとか言ってたから、またそこに飛ばされると予測し、6時起床で待ち構えていた。
「おはよう、コルノ。聞きたいことがあるんだ。自転車の魔法はなんなんだ」
——……今更?
んな! なぜ悪びれずにキョトンとした声を出せるんだよ!
——一ヶ月前より、あの状態ですが。
「き、気付かなかった……」
俺なりに作戦を立てた。コルノの状況を探るのだ。とにかく朝なら聞けるだろうと考えて、自転車に関しての謝罪がその第一歩なのだが、くぅ、これじゃどうすりゃいいんだよ!
…………はあ。
まあ、うん! 俺はこういう取引とか向いてない! 面倒だ! やめやめ!
「もう、自転車はいいや。それよりさ、昨日いろいろ話して気になったんだ」
——……何がでしょうか?
「服だよ、服! 魔力付与変性で黒いローブを着るだろ? 王国とか悪魔とか神様とか出てくる、がっつりファンタジーな世界なんだから、もうちょい凝った服あるんじゃないか? そっちのお召し物ってどんなのか気になるだよなぁ」
カーブをやめてストレート。謝罪のついでに衣食住の衣を見せろ、と言うつもりだったが、こっちの方がいいや。興味があるのは嘘ではないし。
——……良いでしょう。転送します。
よしよし、これはコルノ自身の質問ではないが、生活を垣間見れる。
バシュン、と体に風がかかったような感覚。
「なっ! スススカート⁉︎」
いや、膝丈のワンピースを着ている! いや、スカートと同じか。スースーするって、こういうことか。あ、これってもしかして……。
「コ、コルノの服か、これ」
——そうです。凛郎へ魔力を譲渡していますので、服の交換くらいならできます。あなたのご期待に添えるような華美な服は、私には支給されておりませんが。
下着は自分のものだと確認して、なんだかホッとする。
しかしけっこうボロいぞ。金や銀の糸で刺繍が施されているが、白い生地に皺やシミ、ほつれがある。洗濯や補修すると魔力が落ちたりするから放っておくのか?
——道着は大賢者様のお使いになっていたものを頂きました。守護魔法にとても秀でたお方のものです。これは大変光栄な下賜なのですよ。
相変わらず心を見透かしてきますね、コルノさん。大賢者様のお古と聞いたら、これ以上詮索はしませんよ。
……きっと王国は危機に瀕している。俺の考えが及ばないほどに。
そして守護執行者のコルノはきっと特殊な存在なのだ。
彼女はそれを心配されたくない。
……もっと信じて欲しいんだけどな。力になれるなら、協力するのに。
——額当ては王国屈指の魔道具師が作ったんです。美しい細工です。ぜひご鑑賞ください。
額当てか。たしかになんか嵌ってるな。外してみよう。
「おお、これは鹿の角?」
銀の透かし彫りの額当てから、白い角が生えている。角には銀でできた蔦がまかれ、ワンピースと違い傷ひとつない。
——私は森の精霊王コルノ・チェルボス・コリジオンの加護により、魔法が使えるのです。その加護を高めるためにそちらの魔道具を装備しております。ところで凛郎、靴下が左右で違いますよ。よく見ればこれは黒と紺です。
「なんでわかるんだよ?」
——あなたが私の衣服を着ているように、私もあなたの衣服を着ているからです。
わわ、なんかすげえ複雑な気分になるな。匂いとか、大丈夫かな。走る前の朝で良かった。
「あれ? 俺は裸足だけど、コルノたちも日本みたいに靴を脱ぐ文化なのか?」
——……私には必要がありませんので。
靴の必要がない。昨日は街に出ないと言っていた。
……なんだよ、それ。
それじゃ、まるでどこかに閉じ込められているみたいな……。
聞いたら困らせると思いつつも、聞かずにはいられない。
「なあ、コルノ、今どんなところにいるんだ?」
それには応えない。
「コルノ?」
バシュとまた衣装が制服に戻った。
マズイ質問をしたのだろうか。いや、コルノは俺をおちょくるが、ガン無視するような奴ではない。
チカっと何かが光った気がして、窓の外を見る。
「な、なんでもう出てるんだよ……」
山の方に黒と紫の光の柱が出ている。あれは間違いなく悪魔の転送を意味している。
「コルノ! コルノ!」
くっ、なんで何にも言わないんだ。
でも行くしかない。玄関でスニーカーを履くと、家を飛び出る。
禍々しい光の方角に走り出す。おそらく運動公園の方だが、微妙にズレている。
土地勘のない俺は空を見ながら進むしかない。道路の青看板を確認して走る。運動公園の文字がなくなり、採掘場跡広場とやらが目的地らしい。
信号のない交差点でトラックに轢かれそうになるが、クラクションに振り返っている暇はない。
林の中に道が差し掛かった。これじゃあ、空がよく見えない。急いで採掘場跡広場を検索しようと、走りながらスマホを触ると、林から何かが飛び出して来た。
俺はぶつかった衝撃で転び、車道に押し出される。く、車がいなくてマジで良かった。
「樹海の湖畔を展開し、完了しました。凛郎、認識阻害の確認をお願いします」
気付けば黒のローブを着ている。
目の前にあるのは、裸足と足枷。
見上げると、茶色と白のマダラの髪に、黒い瞳の女の子が立っていた。さっき俺が着ていた刺繍のある白いワンピース、銀の透かし彫りの額当てから伸びる白い角。
「実体で会うのは、はじめてですね」