(4)
「凛郎! 落ち着いてください! あなたなら倒せない相手ではありません!」
コルノの声にハッとする。
スマホを持つ手に力を入れる。大丈夫だ、動く。
そうだ。いつかはこういう強敵と対峙するかもしれないと思っていた。それが今日なんだ。いつもと手順が違うから焦ったんだ。……よし!
「委託執行者コリジオン! お前の処刑を執行する!」
まだ準備できてないけどな!
ふう、声って重要なんだな。コルノの喝も気合い入ったし。よし、やるしかないなら、やってやる!
「人間風情が……」
シンティラの身体の周りの火花が一層増えた。黄金の蔦がバチバチと弾けてゆく。
——防衛魔法陣! 3 倍で展開!
コルノの防御魔法陣が三つ重なって眼前に展開される。
——凛郎、いいですか。蛇にとても効く呪術を確実にぶつけるために、私の魔力も対象指定してください。シンティラの対象指定は解かずにです。
「ふ、二つ同時なんてやったことないぞ⁉︎」
——右手をシンティラの魔力、スマホを持つ左手で私の魔力を感じてください。落ち着いて分けて考えれば、凛郎ならできます。あとそれから……。
コルノの作戦を聞きながらも、シンティラは黄金の蔦をバチバチと火花で解いていく。
「ちっ、こんな浅知恵の魔法がわたくしの体に触れるとは、忌々しい。この世界に来ると、魔力が半減するのは本当のようね」
バチン! と大きな火花が弾けると、黄金の蔦は完全に解かれてしまった。
まずはシンティラの攻撃がくる前にコルノが呪術を放つ手筈だ。
——野兎の服毒
「散文詩、4倍! 来ると思いましたわぁ。兎の呪いなど、受けてたまりますか」
コルノの呪いの兎がシンティラの火花で爆散する。
次は俺が対象指定の変性を唱える番だ。
「対象指定 ≒火 花よ。我が魔力をもって命令する! 野 鼠となれ!」
コルノの指示のとおり、火花を野鼠へ変性。俺の右手から無数の鼠が生み出される。
——野鼠よ。散りゆく兎の毒を纏いたまえ!
爆散した呪術が鼠たちに付与された。
左手のスマホを落とす。ここからはスピード勝負だ。
「衝 突!」
野鼠たちは一斉にシンティラ目指して駆け出して行く。
「ね、鼠! わたくしを餌で食い殺そうなど侮辱が過ぎますわ‼︎ 蛇 の 輪を行使、我が名、火 花を付与! 人間よ、鼠を蹴散らせたあと、締め殺し首を捻り切って差し上げましょう!」
シンティラは火花の蛇の輪で襲いかかる鼠を蹴散らす。この蛇女は強い。圧倒的な力量の差を感じる。しかしコルノが倒せると言ったのなら、倒せるのだ。喉が詰まるような感覚に襲われる前に言う。
「対象指定 ≒角 鹿よ、衝突せよ!」
落としたスマホがシンティラに向かって上がってくる。
——黄金の蔦!
コルノが魔法を放つ。シンティラの体を蔦でまた拘束する。
しかし火花蛇の輪ですぐに解かれた。
「小賢しい!」
——媒介のスマホに呪術を付与! 野兎の一矢!
「二度も同じ術とは愚かな。お仲間に分けて差し上げましょう。衝突とやらはこちらの魔力で弾けるのは、鼠でわかりましてよ」
シンティラの火花がスマホを弾く。スマホが呪いを纏ったまま、こちらにくる。
俺は右手をかざす。もうここまできたら、信じるしかない。
「コ、衝 突……!」
シンティラを攻撃し続ければ防護に徹し、きっと二度目の呪いは丸ごと弾かれます。それまで一匹分の野鼠を取っておいてください。
この注文が一番難しかった。
それがどういう感覚なのか、まったくわからない。対象指定を二つにするのは何となく理解できたが、魔力の取り置きなんてどんな匙加減か見当がつかない。
右手に違和感が残っているし、一匹くらいいるだろ⁉︎ 頼む、出てくれ!
手のひらからバチっと音が鳴った。ぬっと火花の鼠が顔を出す。
いた! 良かっ……た? あれ? 先ほど放った野鼠たちより遥かにデカいぞ。カ、カピパラ? うわあ、なんかビビって魔力残し過ぎてたみたいだな……。
俺の放った太った鼠はシンティラへ駆け出していく。その途中で飛んでくるスマホの呪術を纏った。一度目の付与施行がまだ有効なのだろう。
——勇敢な野鼠、生 餌 の 騎 士に変性せよ! 森の弱者よ。復讐の途につきなさい。
火花で散った野鼠を贄として、コルノは魔法を唱える。
生餌の騎士となったカピパラの頭から、二股の角が生える。それがシンティラが展開した蛇の輪を突き破り、彼女の胸元を貫いた。
「ね、鼠如きにぃ……‼︎ 公爵様、ああ、公爵様、お待ち、しており……」
シンティラはパラパラと欠片になり、散っていく。
どっと安心と疲労が押し寄せる。
「た、倒したぁ……」
何から何まではじめて尽くしだった。でも良かった。ああ、疲れた……。
ん? なんか忘れてないか? そうだ!
「コルノ⁉︎ どこだ⁉︎」
——こちらです。落ちました。
「落ちたって⁉︎ 嘘だろ⁉︎ 大丈夫か⁉︎」
——大丈夫です。防御魔法陣で落下の衝撃は回避しましたから。光を施行しますので、回収をよろしくお願いします。
そう言うと、パッと一筋の光が眼下のランニングコースから上がった。走るランナーに踏まれたら、どうなるんだよ! すぐさま飛んで回収に向かう。