(8)吹き溜まり
高山さんはトランクから出したバケツと柄杓を持つ。
「カモフラージュな。おまえは俺の墓参りについて来た体だ。着いてこい」
そう言って最後に花を手に持ち、墓地の方へ進む。
「なあ、河野千歳は向こうに帰ったんだろ。理由はなんだ?」
「魔法の加護を森の精霊王に返して、お姉さん5人の魂を解放するって言ってました」
「それはいつ聞いた?」
「去年の6月の終わりです」
「そうか……」
墓地は山の裾に広がっていた。ずんずんと高山さんは進み、一番奥の林の手前で立ち止まった。
近くの林を見ると、小振りな岩が立ち並んでいた。岩には何も書かれておらず、苔むしている。たしか無縁仏って言ったか。てか、ここが土産物屋だとしたらだいぶ怖いんだが。
「この奥だ。見えるか?」
高山さんが指した方向は林の奥だ。けもの道が伸びている。その先にユラユラと何か黒いものが揺れている。
「あれって、あ……!」
悪魔だ。俺が倒したガーゴイルだ。あっちは、シンティラか? 影のような煙が浮かんでる。なんで……。
「悪魔のなれ果てだ。あっちに行くと、クソガキが肝試しに使う自殺スポットがある。まあ、そう言っても年に1人2人だがな。引き寄せられるように、あの奥で首吊ったりするんだ」
「あれは、実体ですか?」
「いや、魂っぽいな。詳しくはわからん。あっちの世界は悪魔がいるが、こっちの世界にはいないだろ? こっちの時空の神が認めてないんだ。つまるところ悪魔には魂の還るところがない、と推測される。だからこういう吹き溜まりに集まるってな」
「……いつ、知ったんですか?」
「委託執行者になって、2年くらい経ったときだな。久しぶりに墓参りに来て、見つけた」
コルノがこれを許すはずがない。
「コルノには言わなかったんですか?」
「そのとき12歳だぞ。時々頼りなくベソかきながら悪魔倒してる子供に、お前らはこっちの世界で自殺スポット作ってるなんて言えるか?」
「言えない、です」
今、こだわることじゃないけど、泣きながら……か。俺にはそんな態度しなかった。ほんと俺って頼りなかったんだな。
「まあ、異世界の奴らもいずれ片付けるつもりかもしれん。イギリスの奴らは解決策を与えられているのかもしれん」
ふっと閃く。
「もしかして、エアメールのアドレスって、解決策のことを教えるつもりだったんじゃ」
「それは充分考えられるな。でも邦人女性失踪の手がかりに加わった。この世界で生活してるなら、バカでも消すよ。そこは責めない。でも今、ここは放ったらかしだ。近づかなきゃいいんだが、俺は職業柄、見過ごせねえんだよ」
意外と、真面目だ。と思ったら、デコピンされる。
「な、なんで⁉︎」
「失礼なことを思っただろ」
なんでわかるんだよ。そのとおりだよ。
「で、真面目な俺ちゃんは時々、ここに来てたんだ。そして河野千歳に出会った。一年前の7月の頭だ。その日はけっこうな雨が降ってるから、誰もいないだろうと足を運んだのに、家族で墓参りしていた」
時期的に、留学前の墓参りか。びっちりスケジュールを組んだと言っていた。雨の中でも消化したんだ。
「彼女は悪魔のなれ果てを見て愕然としていたな。そのときはアレが見えるのなら、魔法の素質があるんだろう、とだけ思った。俺は見つかりたくねえから、その場を離れたんだか、戻って来ると黄金の蔦で封印されていた。衝 突 以外の魔法を使えるのは、コルノだと思った。まさか時間がズレて転生しているなんて思わなかった。そしてコルノは一度、この世界で死んだことを知った」
高山さんは新しいガムの包みを開けて口に入れる。ガリッと歯で噛む音が聞こえた。
「家族が手を合わせていた墓石の名前から、河野千歳だと調べが付いた。そして直後にイギリスへ行く。最初はお前が言った渡河理由だけだろうが、アレ見て増えただろうな。コルノは王国が、自分がこの世界に何をしてきたのか、知らなかったんだ」
最後に戦ったグラトニーは、異世界はこの世界をクズ捨てにしてるって言ってた。それはこのことだったのか。
「コルノに直接関わる手がなくなって、俺は様子見することにした。お前に接触してもよかったが、コルノの転生を知らなかったら、大騒ぎするかもしれねえだろ? 林の中でわんわん泣いてた奴なんだからな。俺は事が荒立つの大嫌いなんだよ」
くっ、知らなかったらパスポート取ってイギリスに行ってる自信がある……。
「そもそも河野千歳に前世の記憶がある確証もなかった。だから彼女が帰ってくるまで待ったんだ。SNSをマークして帰国するタイミングはわかったが、何故か父親と探偵が張り付いて、過密スケジュールで穴がなくてな。2回帰国したのに、接触できずだよ。過保護すぎるな、あの親父。無理矢理に有給使ったのによ」
高山さんが顔をしかめる。
俺が原因の一端であることは隠そう。マジで鼻フックされる。
「そして今回の失踪事件だ。パリのホテルで家族の元から忽然と消えた。自分と姉の財布から紙幣だけ抜き取って、スマホもパスポートも着替えも持たずにだ。向こうじゃドラッグやってたんじゃないか、って言われてる」
「そ、そんなわけねえだろ」
「わかってる。捜査をそっち路線に仕向けるためだろうよ。さらに父親の口からお前の名前が出てきたんだ。中橋凛郎はヨーロッパに知り合いがいるってな。それでめでたく俺がここにいるわけだ。知り合っていたとは、予想の範疇だったが、父親の話を聞く限り、山火事から一カ月で知り合ってるみたいだな」
「はい。偶然でしたけど」
「で、コルノの渡河はどれくらいの予定だったんだ?」
「5日間です」
「そうか……。イギリスの委託執行者と連絡が取れないのが、本当に痛いな」
「……どれくらい待てばいいと思いますか?」
「その5日間だよ。留学の一年かけて渡河の日程と方法を詰めたんだろ?」
「はい。そのとおりです」
「それが覆ったんだ。向こうで何かあったとしか思えない」
高山さんは吹き溜まりを見る。
「黄金の蔦は渡河後に無くなった。コルノはこれを放っておくような奴じゃない。何かあったのかはわからん。だが戻れなくなってるんだ」
ニヤッと高山さんは笑う。
「さて、凛郎くん。これで異世界へ行く決心は揺るぎないものとなったかな?」
ぐっと拳を握る。
「もともと行くつもりですから」