(7)高山さん その2
「魔法のことは後で言う。着いてこい。車乗るまで喋んなよ」
と言って、高山さんは部屋を出る。
俺の叫び声が決め手となったのか、玄関で高山さんのシャツの染みを見た母さんはクリーニング代として封筒を奴に渡した。
俺は口をパクパクと動かしたが、肩を掴む高山さんの手にこもった力でやめた。この人の言うとおり、頼れるのは非道な刑事だけだ。
高山さんは車に乗り込むと、封筒の中身を確認した。
「よっしゃ、軍資金ゲーット」
「……あんた、本当に警察かよ」
「残念ながら、この街の警察でぇーす。でも非番でぇーす。示談金はもらっても大丈夫でぇーす」
うわあ、単純にムカつく。ストレートにムカつく。ってか示談金じゃねぇし。詐欺だし。ああ、母さんほんと気をつけてくれよ。
「じゃあ、行きますか」
高山さんは玄関で、気晴らしに一緒にドライブに行って来ます、と言った。午後は非番で直帰できる設定らしい。
「それで、あのメモはなんですか? なんで俺にかまうんですか?」
車を走らせる高山さんはガムを口に放り込んでから言った。
「俺の一番の目的は、この世界の時空の神を起こすことだ」
時空の神を起こす……?
「……なんで?」
「わかんねえのか? あの山から火柱が上がったっていう不審火。あれ、悪魔だろ? しかも至高級ってやつじゃねえのか?」
「そこまでわかるのか?」
「伊達に3年もやってねえよ。あんな悪魔寄越されちゃ、こっちの世界が滅びるぞ。お前はそれを目の前で見てたんじゃねえのか? だったら、こっちの神様に対処してもらうのが、防衛の最初だろうが」
……マトモ過ぎる意見だ。たしかにグラトニーみたいなのがポンポンとこっちに送られたら、ヤバい。
「イギリスに委託執行者がいるのは俺も知ってたよ。そいつらに協力煽るって手も考えた。でもイギリスだぜ? 俺、刑事だぜ? 行く時間も英会話習う時間もねえよ。だったら動ける範囲で動くしかない。幸運にも、日本にゃ時に関する神はいる。暦の神とか、人間や作物の一年を司る神とか。だとしたら、この島国にも来たんだろうよ」
「来たって……どういうことですか?」
「この世界は一つしかないだろ? なら、時空の神は一神しかいない。世界中で名前を変えようがな。日本書紀にも古事記にも載ってないが、突き止めたと思う」
「マ、マジかよ! すげえ……」
そいつに会えれば、異世界に行けるかもしれない。コルノに会えるかもしれない。
「いいねぇ。聞かせがいがある反応するじゃん。そもそもなんで俺たちが選ばれたかコルノに聞いたか?」
「いや、ちゃんとは聞いてない……」
「お前、マジで頭のネジ嵌まってるか? 普通、それくらい聞くだろ」
くぅ、確かにそうだけどやっぱり言い方ぁ……。
「コルノは魔法の素質だと言ってたな。ぼかしている様子じゃなかったが、不審に思ったよ。そのときコルノは10歳だからな」
「10歳⁉︎」
高山さんは委託執行者を3年やったと言ってたよな。すぐに俺に変わったとしたら、コルノはあのとき13とか14くらいだったのか。あいつ、よく冷静でいられたな……。あ、くそ、今は泣いてる場合じゃねえ。
「感傷タイム終わりな。で、10歳の嬢ちゃんに任せるなら、もっと御し易い奴を上が選ぶと思うんだよ。同情を誘って手伝わせる魂胆にしても、ふつう俺なんて選ばんだろう」
「ほんとそう思います」
「次の信号で停まったら、鼻フックだからな」
バッと鼻を隠す。
車はウインカーを出して曲がった。山の方へ向かっている。
「話戻すぞ。つまりあちらさんは委託執行者を選ぶことはほぼ不可能なんだ。そう考えると、納得がいく。じゃあ、どうして俺やお前が選ばれたか。コルノから磁場がどうとか、聞いたことねえか?」
「あります。運動公園の磁場が安定してるって言ってた」
「あー、やっぱ山の方か。俺は山火事事件の採掘場跡広場だった。よくそこまで走らされたよ」
「土地が関係してるんですか?」
「そうだ。でもコルノは磁場が何なのか、詳しくは知らない様子だった。たぶん上で秘密にしていることなんだろう。コルノに教えて委託執行者に知られると、マズイことがあるんだ。何だと予測する?」
委託執行者に秘密っていうことは、悪魔関係か? 悪魔を転送して処刑する……。転送。コルノは世界の渡河について、何と言ったか。
そちらの時の神が起きられたら、この限りではない。
「時の神がいる……? さっき、突き止めたって、この街にいるのか⁉︎」
「そういうことだ。頭の中身は溢れてねえな。時の神、つまり時空の神に関することがこの街にはある。異世界の奴らはその関わりを利用して悪魔を転送する。だから、この街の人間を委託執行者にする。都会ならいざ知らず、こんな人口少ない田舎街から魔法の才ある奴を探すんだ。いたらラッキーで、吟味のしようがないんだろう」
だからさっき選ぶことはほぼ不可能って言ったのか。
「神様の場所ってわかってるんですか?」
「まあ、焦んなって」
「ってか、高山さんも異世界へ行きたいんですか?」
車が赤信号で停まった。デコピンされる。
「基本、刑事はソロプレイはしねえんだよ。俺はこの街に次の委託執行者が現れると確信していた。そいつに協力を仰げるときまで、待機してたんだ。あっちに行くつもりは微塵もない。ただ時空の神に現状を伝えたいだけだ」
ん? だとしたら、どうして今なんだ。
「高山さんはいつ俺のことを委託執行者だって知ったんですか?」
「一年前だ。山火事の件で、警察に連れて来られただろ? 助かったよ。絶対にこいつだ、って思えたからな。あんな不審火は悪魔しかいない。それ以前もよく空を見て探してたけど、認識阻害されちゃ俺でも見れんらしいからな」
高山さんはどこかの駐車場に車を停めている。場所は墓地のようだ。
「じゃあ、何ですぐに言わなかったんですか?」
「お前の引きこもりが落ち着いたら言おうとしたけど、河野千歳が現れて、やめたんだ」
「コルノのこともわかってたんですか?」
「まあな」
いつわかったんだろう。
イベントデートの時、コルノが魔法を使ったのを見てた?
いや、絶対に陽の下で音楽を楽しむような人じゃない。そもそも俺にベッタリと尾行できるほど暇じゃないだろうし。
「着いたぞ。降りろ」
「え、墓地ですよね? ここに時空の神がいるんですか?」
「違う。ここは土産物屋だ。手土産は社会人の基本だぞ」
ここで土産物? 御数珠とか、卒塔婆……ではないだろう。
だとしたら……。
火葬の習慣があるとは言え、いい予感がしない。