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これは新神のうた(今、俺は曲がり角でヒロインにぶつかった)  作者: トビラバタン
これから、俺は闇の中で時空の神とぶつかる
16/24

(6)高山さん その1



 コルノが帰国予定とした8月3日は昨日で過ぎた。

 昼飯の時間、テレビからニュースが流れる。フランス、パリ、邦人女性、失踪……。

 母さんがテレビを消すが、もう食欲も消えた。


「……ごちそうさま」


「凛郎、もう少し食べなよ。倒れるよ?」


「大丈夫だから! ……放っておいて」


 ダンダンと階段を鳴らしながら、2階の部屋に入る。

 机に座って、参考書を開くが手に付かない。

 コルノは必ず戻ってくると、約束した。ならば何かあったんだ。叶うことならパスポートを取り、フランスに行きたい。

 そう焦る気持ちがある一方で、コルノだって、異世界に姉や母親がいる。帰りたくない。そう思っても、責められる立場じゃない。そんな寛容な考えも浮かぶ。

 でも、またあの細い足に枷が嵌ったら……。帰りたくても、帰れなくなっていたら……。

 帰国を待ち焦がれていた夏休みはただの地獄だった。

 部屋に篭って高山という刑事が来るのを待つしかない。あの人は何か知っているのだ。そう信じて、待つ。

 待つだけがこんなに腹が立つとは思わなかった。何も手に付かない。出かける間に高山さんが来たらと思うと、どこにも行けない。

 コンコン、と扉がノックされた。

 母さんだろう。最近飯を残すと、部屋の外に置いてくれる。でも食べる気になれない。


「いらないから!」


 机に突っ伏してそう言うと、部屋の外から笑い声が聞こえた。母さんではない。男の声だ。


「警察の高山ですよ。河野千歳さんについて——」


 やっと、来た……!


「遅いですよ‼︎」


 急いで扉に向かうと、勢いよく鼻を掠めてドアが開いた。

 廊下には足の裏をこちらに向ける男。ドアを蹴って開けたのか。

 

「はあ? 遅いだぁ? 来たことをありがたいと思えよ。俺は貴重な非番なんだぞ」


 呆然とする。

 ズカズカと部屋に入って来るこの人は誰だ? いや、前に来た刑事の高山さんだ。間違いない。だとしたら中に悪魔が入り込んだのか? 口が悪くて、目付きも良くない。

 

「しかし、お前のオカン大丈夫か? 俺一人なのにホイホイ家上げたぞ。警察が必ず複数人で行動するってのは市井の周知じゃないの? 詐欺とかヤバいぜ?」


 階段を上がる音がして、高山さんは俺の肩に手を置く。

 母さんが恐る恐る顔を出す。


「あ、あの今の音は……」


「いやいや、大丈夫ですよ。このくらいの歳の子は、力が有り余るもんです。無理矢理に話そうとした僕に非があるんですよ。凛郎くんだって扉蹴っちゃいますよ」


 け、蹴ってねえし! 俺が蹴って、なんで内側にドアが開かれるんだよ! そもそも招き入れようとしてたわ!


「凛郎、落ち着いて。心配した刑事さんが様子見に来てくれたんだよ」


 母さん? こいつの言うこと信じてんのか? 


「大丈夫ですよ。立ち上がる力があるのが若者です。僕は少年課でいろいろ経験しましたから、任せてはもらえませんか」


「……お願いします」


 人が良す過ぎだろ、母さん。ほんと詐欺とか大丈夫か? てか、俺、そんなにイライラしてたってことか……。

 母さんが静かにドアを閉めると、高山さんはどかっと床に胡座をかく。


「あのエアメールの話、ほとんど嘘だろ?」


 なっ……なんで。それを追求しに来たのか?


「嘘付くの下手過ぎるわ。まあ、警察と初対面の高校生ならビビって当然だ。あんな言い方になるのもわかる。だが聴取の回数重ねられたら、疑惑の塊だ」


 だからメモにタカヤマなら言うと言え、と書いたのか。庇ってくれてるのか?

 いや、まだ不用意に口を開くのは、得策じゃない。


「お前、一年前の6月。救急車に乗ったろ?」


 ……乗った。転生したコルノと再会したときだ。念のために近所の人が呼んでくれた。


「ファインプレイだよ。出動履歴が残ってて良かったな。河野千歳と出会ったのが他の方法なら、もっとややこしいことになってたぞ。税金による記録は大切なんだな。大人になったら、ちゃんと納税しろよ」


「な、何なんですか、あんたは……」


 くく、と高山さんは笑った。


「改めてこんにちは。委託執行者の後輩くん。俺は3年やった大先輩だぜ。もてなせよ」


 ……は? 委託執行者?


「嘘だ……」


河野千歳(こうのちとせ)の前世は、魔法名コルノ・チェルボス・コリジオン。市民名ユユ。森の精霊王からの加護を授かった王国法廷の守護執行者、だろ?」


 俺の知ってることを、この人も知ってる。


「ま、マジか……」


「マジだよ。兄君って呼ばせて、けっこう仲良しだったんだぜ? こっちで転生してるってことは、その前にお前会ったことあるんだろ? どんな子なんだよ? 可愛かったか?」


 ムカっとする言い方だ。コルノの最期を何も知らないくせに。


「……教えねえよ」


「怒んなよ。こんな言い方する奴に頼るしかねえってこと、忘れるなよ」


 高山さんは俺の割れたスマホを見る。


「前に来たときにも思ったけど、思念の媒介スマホにしたのか?」


「そ、そうだけど。あんたは違うんですか?」


「スマホなんか媒介にさせるかよ。腕時計にしたさ。それも戦闘以外は付けなかった。ってか、辞めるとき媒介を割れとか言われてマジで後悔したけどな。初ボで買ったのにさ」


 この人マジだ。媒介を割ったって言った。マジで執行者だ。


「あんたに聞きたいことがある! 俺は異世界に———」


 高山さんが人差し指を口に当てる。ぐっと言葉を飲み込む。


「凛郎くん。病気のことを聞かされていなかったのなら、仕方ないよ。イギリスの彼女も君と対等なやり取りを望んでいたんだ。急な死別に心を苛まれ、偶然出会った河野千歳へ彼女を重ねても君は悪くない。そして彼女もまたいなくなってしまった。それは本当に辛いだろう」


 どうして、そんな嘘がスラスラと出てくるんだ。てか急になんだよ。


「……あの、お茶をここに置きます。宜しかったら、どうぞ」


 うお、母さん廊下にいたのか。聞こえてたら信じちまうだろ。いや、信じていいのか。いや、なんか信じられても癪に障る。なんなんだよ、この人! 性格に難あり過ぎだろ!

 高山さんは礼を言いながら、麦茶が載る盆を廊下から持ってくる。


「……気配がわかるんですか?」


「馬鹿か? 気配なんてわかるかよ。玄関の靴に集音機仕込んで、イヤホンで階段上がる音聴いてんだよ。Bluetooth様様だわ。気配とか、ガキだな」


 言い方ぁ……。大切なんだな、言い方ってぇ……。


「まあ、魔法の残滓はあるけどな。対象指定(コミタート)硝子の茶碗(カーリクス)。俺に衝 突(コリジオン)


 麦茶が入ったコップが、高山さんの胸元にぶつかり、中身がシャツにかかる。


「さあて、弁償してもらわねえとな。盗み聞きもされるし、場所変えるぞ」


「な、な、なんだよ、それ‼︎」



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