(4)満天の星空 その2
このイベントにレジャーシートは必須だったようだ。
昼になり、ステージの広場から移動したが、屋台近くのベンチや飲食スペースのテーブルは埋まっている。これは午後は公園内のカフェでお茶、という俺の予定は激甘みたいだ。
男同士なら立ち食いでも良いが……。
少し離れたら、ベンチくらい空いているんだろうか。そこまで歩いて無かったら、どうしよう。
あ、俺のシャツを敷けばいいか。脱いでもTシャツだし。コルノなら座れるだろ。なら、そこらの芝生でいいや。
「コルノ、レジャーシートあるから、芝生の方に行こう」
「凛郎もですか。私も張り切って用意して来ました。お弁当も作ってきましたよ!」
コルノはリュックを指差した。
おっとっと。ハッピーファンタジータイム。マホマルルの技をコルノも使えたか。なるほどぉ?
いや、現実でこんなことが起きるのか。
俺の父親は手作り弁当は用意する者の意思なくては、それは叶わんと教えてくれた。欲しいならお前が作っても手作り弁当にもなると、教えてくれた。お前が面倒くさいと思うなら、お前は一生食べれんとも言った。
コルノはそれが今、あると言う。
俺は何を失って、手に入れたのだろうか。
シャ、シャツ……か?
俺はシャツを贄にして魔法を使ったのかもしれない。
おい、水島。シャツを贄にしろ。ハッピーファンタジータイムはシャツを犠牲に得られるものかもしれない!
「凛郎? どうしました? 朝も虚空の時間が見受けられましたが……。私はこの世界にそぐわないことをしていますか?」
「そんなことは全くない。そぐい過ぎて、虚空の時間が生まれるんだ」
「……よく、わかりません」
だ、だよな。俺も何言ってんのかわからん。
「そ、その……嬉しくて、落ち着かせてるんだ。気持ちを……虚空の中で……」
虚空の使い方が小市民過ぎる。いや、俺はまごう事なき小市民だ。恥じるな。
「弁当を食べた過ぎて、シャツを芝生に敷くから行こう」
「は、はい!」
けっきょくシャツを敷こうとしたら、止められた。コルノの用意したレジャーシートの上で、弁当を頂く。グラトニーならこれを全て食べてもまた解放できるのだろうか、と虚空で考えるくらい美味かった。
そのあと、デザートになるカキ氷を二人分買ってシャクシャクと食べた。
その間、たわいもない話をする。
お互いの高校のこと、中学のこと、小学校のこと。読んだ本のこと、聴いた音楽のこと、見たことのある映画のこと。行ったことある場所、見たことのある景色。
またステージのある広場に行こうと言っていたのに、場所を変えながら話し続けた。気付けば途中で買った飲み物のコップが三つ重なり、夕方になっていた。
公園の正門に5時。それがコルノのお迎えの時間だ。
名残惜しいが、そろそろ切り上げなければ。
それに気付いたのか、コルノが神妙な面持ちになった。
「凛郎、私の前世の話を聞いてくれますか?」
「うん」
あえて今日聞かなかったことだ。聞いたら、不安になるから聞けなかった。コルノには帰る世界が二つある。それは確かに繋がってる。
「私はオンハント王国というところに住んでいました。オンハント王の第四妃フロスティアの12番目の末娘として生まれました」
グラトニーが言ってた王族って、このことか。ほんとにお姫様だったんだな、コルノ。
「母君フロスティアの生家ハウズアウド家は海の呪いを受けた女系一族で、女しか生まれません」
ファンタジックなことをポンポンと言ってくれる。
「それでも、12人は多くないか?」
「はい。異世界では奇跡に近いですね。同母ですし、悪魔に気付かれれば母娘共々殺されていたでしょう」
医療とか食糧事情とかじゃ無くて、まず悪魔か。大変な世界だ。
「私には存命のお姉様が一人います」
一人? コルノは12番目だろ。10人減ったことになるぞ。
「お姉様は6番目で、私が12番目。間にそれぞれ5人いました。その方々は5名ずつ、御霊を森の精霊王に捧げました。お姉様と私の魔法の加護の為です」
これもグラトニーが言ってたな。無垢な乙女が大好物な鹿。森の精霊王のことをそう揶揄していた。
「その加護はまだ続いています。この世界で転生しましたが、魂の本質は変わっていないようです。黄金の蔦」
コルノの手に金の蔦が絡まった。
「……魔法使えるのかよ」
「はい。今も父の雇った探偵に会話が聞こえないように、囁音という魔法をかけています」
探偵……。まあ、そんなことだろうと思ったけど。
「私は魔法の力を返し、五人の姉君の御霊をテレスハレス様の元へ還さねばなりません。6番目のお姉様もそうしていることでしょう」
それは、つまり……。
「……向こうに行くのか?」
「はい」
即答……か。
わかってる。コルノは真面目なんだ。自分ができることを、ちゃんとしたいんだ。
反対しても、困らせるだけ、だよな……。
「こっちから行けば、帰って来れるんだよな?」
「はい。仇の烙印は受けますが、日常生活に支障はないでしょう」
「……そうか」
「凛郎、エアメールのアドレスを教えてください」
俺はスマホの画面を見せる。
そこにはフリーアドレスが書かれている。コルノはそれを自分のスマホに入力する。
イギリスから来た7通のエアメールのうち、1通にあったメールアドレスだ。消印以外に送り主に関する情報はなかった。このアドレスが唯一、イギリスの委託執行者と繋がる手立てだ。それを教えて欲しいと事前に言われてた。俺は一度も送ったことはないが、コルノなら教えても構わないだろう。
「で、いつ行くんだ?」
コルノはすでにイギリスへ留学を決めている。それは一昨日のメッセージで知った。一年間だ。卒業がズレ込むから、ずっと両親が反対していたが許可が降りたらしい。まあ、俺から離すつもりですね。
そして、その留学を使って、委託執行者の協力のもと、異世界へ渡河するつもりだろう。
「二週間後です」
「……いくら何でも早過ぎじゃねぇか?」
「ええ。二週間前、凛郎に再会した直後に父が準備に取り掛かりました。最初はビザ無しですので、一度は帰ってくることになるでしょう」
「もしかして、今日会えるの……最後か?」
「はい。今後、びっちりと予定を入れられています」
「そっか……」
俺は河野千歳にとって、新参者の不審者だ。彼女がコルノの転生先でなければ、運命は重ならなかった。何も知らない両親にとって、ポッと出の男子高校生なんて、ただの不安の種でしかない。それは理解しなければならない。
あー……ダメだ。
名残惜しくなる前に、帰った方がいいな。
「そろそろ、行こうか」
そういうと、手に何か重なった。暖かくて、小さい。これ、知ってる……。
「もう少しだけ……。一目でも多く、あなたのことを見ていたいのです」
「た、探偵が見てるぞ……」
「かまいません」
いや、あの、お、お、俺の心臓の方がもたないんだよね。
すげえな、平和。命の心配のない場所ってすごいな。そこで、触れる手はただの幸せの塊になるんだな。体の負担から、逆に命の心配が生まれそうだけれども!
「この手を振り払った悲しみは、もう二度と味わいたくないです……」
それは俺も同じだ。この手で一度、コルノを壊した。あんなこと二度としたくない。手を握り返す。
「……俺はもうコルノを諦めない。絶対、諦めない」
コルノは目元を拭って笑った。
「私だって、諦めませんから」
別れの言葉は口にしなかった。また明日会えるかのような軽やかさで、コルノ迎えの車に乗り込んで行った。
大丈夫。俺たちはもう絶対に離れない。
俺はできることをする。それだけだ。