(3)満天の星空 その1
病院で連絡先交換をして、やり取りをするうちに、河野千歳は一つ上の高校三年生であることがわかった。口調やメッセージは前世のコルノそのもので、俺たちはすぐに打ち解けた。
そして再会から二週間後。6月下旬の週末。梅雨の晴れ間。
約束のデートは実現した。
おそらくコルノがピュアな瞳で押し切ったのだろう。
待ち合わせは隣の市にある県立公園だ。正門のロータリーに高級外車が現れる。なんか漫画で見たことある光景だ。
運転席の父親に無言の威嚇をされる。しかしこの機会を辞退するほど、俺もお人好しではない。
コルノは姉と一緒に降りて来た。
事前のメッセージで姉を同伴させるとは聞いていた。優しそうな雰囲気がよく似ている。会釈されるので、会釈で返す。
しかし姉に颯爽と長身のイケメンが話しかける。ナ、ナンパか? と心配するが、3人で俺のところまでやってきた。
「はじめまして。千歳の姉の清香です」
「はじめまして、中橋凛郎です」
清香さんは長身イケメンに手を向けて、顔を赤くした。
「この方は私が依頼したデートのお相手です。私、宝塚の大ファンなの。一度男装の麗人とデートをしてみたかったの。妹の初デートでしょう。私も勇気を出したんです」
な、なにも今日勇気を出さなくても……。
恐る恐る車を見ると、河野父がフリーズしている。色を付けるなら白と黒。つついたら灰になりそうだ。何も聞いて無ければダブルデートに見えるだろう。
これを全て俺のせいにしないでほしいが……。
「じゃあ、千歳。門限はお互い守りましょう」
「お姉ちゃんも楽しんでね」
おお、コルノ。姉君呼びはしていないんだな。まあ、あの日は前世の記憶が戻って、混濁していたのだろう。
にしても、お姉さんたちはスタスタと行ってしまった。同伴じゃなくなるよな。
「凛郎、お久しぶりです」
「久しぶり……ってか、二人きりでいいのか? お姉さんを同伴させるのが条件だっただろ?」
「いつか親離れをするのなら、今日にしましょうと姉と決めたのです。お気になさらず」
「そ、そうか」
……それもきっと俺のせいになるんだろうな、と遠い目をしていると、コルノが服の袖を引っ張る。
「凛郎、あの自分から聞くのは恥ずかしいのですが、この服はどうでしょうか?」
コルノはジーンズに白いカットソーの至ってシンプルな服だ。
しかし、どこかで見たことがある。カットソーの形といい、髪形といい、既視感の塊だ……。
あ、マンガだ。
『ペット&ボトル』だ。
ボトルの中の召喚獣を相棒に戦うラブコメ要素強めのバトルマンガの端役、ユイちゃんの私服だ。なぜ俺がそれを知っているか。愚問。俺の推しだからだ。
「コルノ、『ペット&ボトル』読んでるのか?」
「はい。ユイの服装を倣いました。どうですか?」
「ああ、いいよ。うん、いいね」
しまった。どこぞのプロデューサーみたいな返答をしちまった。
正直めちゃくちゃ似合ってる。どうやっているのか謎の緩く編んだ髪型とか再現度が半端ない。しかしそれに食い付いてはならない。止まらなくなる。
「……やはり第23話の2コマしか出てこなかったワンピースの方がお好みでしたか?」
なんだよ。コルノ、強火ファンじゃん。
あれだろ? 裾に花柄のレースのやつだろ? なんで2コマしかないのに、普段ラフな服装のユイちゃんにワンピース着せたんだ、って言う伝説の23話だろ。彼氏とデート疑惑でスレッド立ったやつだよ。SNSで絵師さんが色塗ってくれて涙したやつだよ。語りてぇ。それでも俺は普段のラフな姿が好きなんだよ、なぜならば……って語りてぇ。
いや、今日はダメだ。落ち着けよ、俺のオタク心。
転生した女の子とデートするんだぞ。再会じゃねえぞ、転生だぞ。一度死んでんだぞ。俺が死因だぞ。んで、この世界救ってくれた子だぞ!
今日くらい厳かでいろよ、オタク心。よし、仮想の頬に往復ビンタ。
「どんな服着てても、コルノは似合う。さあ、行こう」
「……はい。あの、もう『ペット&ボトル』のユイはお好みじゃありませんでしたか?」
「一生推しですが、今日は大切なコルノとデートです。それを楽しみにしてました」
俺はAIのように答える。そうだ。そのとおりだ。俺のAIナイス。俺はコルノと会っているのだ。てか、俺のAIって、なんだ?
「大切な、デート……そうですね、私も楽しみにしてました! 行きましょう!」
公園は子供連れで溢れていた。園内には観覧車やゴーカート、植物園もある。加えて今日は遊歩道に屋台が出ている。毎年行われているらしい音楽イベントの日だ。
ステージがある広場に着くと、俺はスマホでタイムスケジュールを見た。ちょうど時間ぴったりだ。
「俺の高校の友達が出るんだよ。あ、今出て来た! あの左にいるのが同じクラスの奴。デートのことを言ったら、見に来いって誘われたんだ」
「このようなイベントは来たことがないので、とても嬉しいです」
喜んでもらえて良かった。
『ペット&ボトル』のアイリ推しで、同担拒否の水島に感謝だ。久しぶりに学校に行って、一番最初に話しかけてくれたいい奴なんだよな。第一声が「まさかアイリ推しになったとか言うなよ」の一途な奴だ。……今考えると、少し怖いな。
曲が始まると、コルノの目が見開き輝いた。
「これはイギリスのバンドの曲ですね」
「知ってるのか?」
一曲目は動物の映画で、ゴリラが歌う歌だって言ってけど……。
「ええ。夜空になりたいと思った曲です。輝く星を留めておけるのは、紺碧の空ですから……。あの、凛郎、前に行きましょう!」
俺たちがステージの最前列に行くと、水島がニヤニヤした。そしてぴょんぴょんと跳ねた。「俺の前でアイリ推す奴は呪う」って奴なのに、跳ねるのか。音楽ってすごいな。
隣のコルノは素直に従い、ぴょんぴょんと跳ねている。
そしてさすが動物映画というのか、日曜の公園というのか。子供達が騒ぎ出した。大学生っぽい集団も、明らかにパリピの集まりも、ダンスしそうなグループもステージの前に来て跳ね出す。
これがイベントか。実は俺もはじめてなんだよな。
自然ともう体は跳ねていた。
跳ねているだけなのに、楽しい。
コルノと笑い合う。
何だこれ、楽しい!
あっという間に一曲目が終わり、コルノからタオルを差し出された。
「どうぞ。この前の謝罪がタオルとは所帯染みていますが、今日は蒸し暑いのでもらってください」
「あれは俺も悪かったんだし、気にするなよ」
「いいえ。そういう名分でデートですから。遠慮しないでください」
受け取って広げると『ペット&ボトル』だ! ダメだぞ。はしゃぐな。オタク心、凍てつけ!
「では、ありがたく頂戴いたします」
「はい。ちなみにお揃いです」
にこっと笑って、コルノがタオルで汗を拭こうとしたとき、ピンと殺気を感じる。
「コルノ、アイリで拭いたらダメだからな!」
「は、はい。では召喚獣マホマルルのところで拭きますね」
間に合って良かった。
確認しなくてもわかる。ステージの水島は俺たちを、いやタオルのアイリを見ている。俺もここはユイの召喚獣で拭かせてもらおう。
あ、そうだ。忘れないうちに常々思っていたことを言わなくては。
「俺からも、世界を救ってくれたコルノにお礼がしたいんだけど、なんかないか?」
いざ口にしてみて思ったが、惑星規模のお礼なんて俺にできるんだろうか。
「ええと……思いつきません」
「遠慮すんなよ。俺の努力で叶うなら、絶対に叶えるから」
「いえ、そうではなくて。今が楽し過ぎて、考えられないのです。あ、『ペット&ボトル』のオープニングです!」
ダパーと涙が出て来た。
コルノが自由に楽しみ、はしゃいでいる。くう、どうやら俺の涙腺は50年ほど老いたらしい。
涙しながら、またぴょんぴょんと跳ね始める。
きっと週明け、ニヤついている水島には嫌というほどからかわれるだろう。