(1)曲がり角
炉に焚べる薪のようだ。私という薪は、私の中の業火を燃やす。
本懐を果たすためなら、私は消し炭になるまで燃えるだろう。
「お姉様……必ず功を捧げてみせます……‼︎」
そう意気込んでいたのが、前世の私である。
魔法名はコルノ・チェルボス・コリジオン。市民としての名前はユユ。
王国の守護執行者として、森の塔を与えられ、そこで異世界に飛ばされる流刑の悪魔を処刑するのが人生のすべてだった。
そして私は王国の悪の元凶であるグラトニー公爵を撃破し、死んだのだ。
やり残したことがあるにも関わらず、違う世界で死んでしまったのだ……。
むむ……。なぜ前世の記憶が突然に戻ったのであろうか。
今世では河野千歳と名付けられ、私立の女子校に通う、わりと裕福な家庭の娘である。魔法などとは程遠い存在だ。
いささか前世の記憶はぼんやりとしているが、思い出した原因は曲がり角でぶつかってきた男に抱き留められたことによるのだろうか。
男の顔は逆光と長い前髪でよく見えない。おそらく痴漢であろう。離す気のない腕の力、いかがわしい。
なにより、痴漢と接触することで前世の記憶が戻るなど、恥辱甚だしい。
若干の暴力は許されるはずだ。
男の顔を平手打ちし、みぞおちに掌底による打撃、さらに肘による追撃。
助けを求めるために悲鳴を少々。
うずくまった男は、黒い学ランを着ていた。
なんと、学生の身分で凌辱の罪を犯すなど愚かな。元守護執行者の私が鉄槌を下し申す。
通学鞄を振りかぶり、脳天へ落とした。
小論文と世界史の資料集、受験対策の赤本二冊が入っているので、勢いがよい。
男が完全に道路に伏すと、悲鳴を聞きつけた近隣の夫婦が出てきてくれた。理由を口にしようとしたとき、男が呻く。
「コ、コルノ……俺、だってば……」
その声にハッとする。先ほどもあった時が巻き戻るかのような感覚。この世界で共に戦った日々が脳裏に渦巻く。
でも、う、うそ……会えるなんて……。
そう思ったが、鼻から血を出した男は、紛れもなく中橋凛郎であった。