(1)
————次の角を右に曲がります。
今日で一ヶ月だ。
——しばらく道なりに進んでください。
この土地に引っ越して来て、新しい高校に転校した。
——突き当たりを左に曲がります。
運良くクラスには馴染めたし、授業にも付いていけてる。
——右の路地を進んでください。1分の近道です。
でも毎日遅刻ギリギリだ。その理由を方向音痴とするのはもう難しいだろう。なんせ一ヶ月も通っている。
——次の横断歩道が赤になりますよ、もっと急いでください。
「うるさい!」
と俺は俺のスマホに向かって言う。通行人が振り返ったので、慌てて「イヤホンの音量、うるさいなぁ」と取り繕う。
——あなたのためにナビゲートしているのに。ひどい。モラハラです。
「モラハラなんて言葉覚えやがって。おまえがやってることはパワハラだからな」
——あなたが承諾したのです。あなたがやりたい、と言ったのです。私は話を持ちかけただけです。責任の所在をわたし一人に押し付けるのは、社会性の欠落に繋がります。
くーっと俺は奥歯を噛む。全力ダッシュでこれ以上酸素は無駄にできない。ちくしょう!
たしかにこいつの話を聞いて飛び付いた。いや飛び付かない奴がいるのか?
突然部屋に現れた賢者を名乗る光に、この街の守護執行者として戦ってくれ、なんて申し出。
受けなかったら爺さんになってもグチグチ思うだろう。あの時の話を受けたらどうなってたんだろう、と。
ただ、ただもう少し話を詰めて聞くべきだった。
——次の曲がり角を右です。本日の対象指定がいます。5、4、3、2、1、さあ、ぶつかってください。
曲がり角の直前、俺はスピードを落とす。合図ともに右へ曲がる。
どすん、と俺にぶつかったのは、ポニーテールの女子高生だ。俺は背中に手を回し、彼女が尻餅を付くの防ぐ。
「いったーい! ちょっと、前見て歩きなさいよ! 危ないでしょ!」
「……すいませんでした。急いでまして」
肩で息をしながら謝り、抱き止めた手を離す。彼女の顔が少し赤くなった。
ちなみに俺はイケメンでもなんでもない。黒い学ランに身を包み、駅のホームに立てば風景となるような、ありきたりな顔をしている。
シチュエーションが彼女を赤くしているだけだ。一ヶ月も同じことをしていれば、それくらいは理解できる。
「あ、ありがと……」
今日はポニテのツンデレ風か。
あー、初日はもっとドキドキしたのにな。何の感情も湧いてこなくなってしまった。
赤面の女子高生に見つめられる中、俺の足元に魔法陣が引かれ、光が弾ける。住宅街が輝きに包まれる。
——中橋凛郎、対象指定への衝突により、委託執行者コリジオンへ変性完了しました。
この意味のない出逢い。
世界一、無駄なボーイミーツガール。
それによって俺は魔法使いへと変身する。