ウェディング~殺人鬼~(wedding)
2008年 4月 日本 横浜市中区 23時54分ー
この日は雨が降っていた。バイト帰りのさゆりは傘をさしながら 今日は何を食べるか考えていた。ダイエットなど関係あるまい、帰ったら料理をして明日のお弁当を作り シャワーを浴びて映画を観る。ポップコーンを片手に時間を忘れコメディを観るのが 残業続きの疲れ果てたさゆりのストレス発散だった。同じ毎日の繰り返し、今日もいつも通りの帰り道。至って変わりはない。いつもと違うとすれば、雨が降り止まず、心が少し落ち込んでいるだけ。あとも先も変わりはない。だかしかし、この日だけは違っていた。さゆりは後ろにいる人物に気がつかなかった。雨のせいか、退屈な毎日に思い悩まされているせいか、次第に近づいてくる足音はおろか、喉を引き裂かれるその瞬間まで気がつかなかった。
倒れ込むさゆりは死の直前 最後に犯人の姿を見た。
犯人は 黄色いレインコートに瞳孔の開いた黒く大きな目。 痙攣しながらニヤリと笑うその犯人は さゆりの遺体の左クスリ指に緑色の風船を結び付けた。立ち去る犯人。
辺りは誰もいない。緑色の風船に当たる雨音だけが流れている。ー
数時間後ー2人の刑事が現場に到着した。
1人は一善透。見た目は天パでタラコ唇。髭も少々生え 女性には尻に敷かれるタイプ。そんな男だが、仲間には好かれている。一善は事件となると頭が冴える。興奮し、夜は眠れず、解決するまで、一生パズルのピースように手がかりを1個1個はめていき、次々と事件を解決に導いていく。その執着さ。仲間思い。そして謎が大好物。
そしてもう1人は橋本愛梨。ビジュアルは良いが性格がなんとも固い。男など寄ってはくるもののすぐにその場から立ち去ってしまう。性格は真面目で芯が固く、曲がった事が大の嫌い。チャラい男などもってのほか。好みは爽やかでマッシュヘアの見た目の若い男性。それかマッチョで良く笑う男性。とにかく絶対条件は常識人であること。
こんな合うはずもない2人だが、何かの化学反応か、コンビを組んだ瞬間から事件解決の伸び率が上がっているのだ。
そんな巷でちょっぴり有名な2人が今回の事件に呼ばれるのだが、この先どんなに恐ろしいことが待っていようとは思うまい。
「各出口に警官を配備しておきました」
ある刑事が2人に報告をした。
「なんだこれは」
一善が現場を見るや否やその光景にあっと言わされる。
「ひどいわね」
愛梨にとってもこんなひどい事件は珍しい事だった。何せ仰向けに腹部を滅多刺しにされ左手の薬指には緑色の風船がつけられていたからだ。
「しかも外灯の下での犯行か」
一善が呟く。
「他の被害者にも風船が?」
「はい全員です」
愛梨の質問に先程の刑事がこたえた。
「まるで美術品の様だな、」
「ちょっと不吉なこと言わないでくれる?」
「いいじゃん 思ったことを言っただけじゃん」
「それがダメだって言ってるの」
また始まった。2人の喧嘩はちょっとした巷での名物みたいなものだった。周りにいる刑事や警官たちがニヤニヤと楽しそうに見物していた。
「左手に付けてる風船の意味なんだと思う?」
愛梨がしゃがみ込んで風船を見ながら質問をした。
「左手の薬指だから、結婚指輪のつもりかな?」
「多分そうね。でも何で風船なの?」
「心理学では、緑色の風船は"穏やかな安らぎ、または成長や再生を意味する"っていうのがあるから自責の念を持つ人物かも。それかタダの遊び心かもね」
一善が楽しそうに話した。愛梨が何かを言いたげな顔で一善を見つめている。何かまた空気の読めないことを言ってしまったのだろうか。そんな不安が一善の笑顔を沈めた。
「他の被害者との共通点を探して。何か意味があるのかも」
愛梨の言う事をメモに取る刑事。
「わかりました」
翌朝、被害者の通っていたエンジェル女学院大学で学生たちに集会を開いてもらった。ここで名物コンビが到着する。
「学部長、山手警察の一善透さんと橋本愛梨さんです」
担任の先生に廊下で学部長の紹介と挨拶を交わしたあと、さっそく学生たちの説明に取り掛かる。
「さゆりさんのご両親のお話では、葬儀は本牧の方で行われることに、遺体は今日引取りにくる予定です。もしご家族に挨拶等したい方は言ってください 」
ここで説明をしている途中、泣いている学生の隣に座っていた女学生が愛梨の話を遮る様に話しを始めた。
「一体何をしてたの?」
一善と愛梨が女学生を見つめる。
「警察もいるのになんで殺されたの?ねぇ、」
「こらっ、ちょっと」
担任の先生が小さな声で注意をした。
「警察がいるのに明るいところで殺された」
ここで一善が話しだした。
「犯人は大学関係者で警官や被害者に怪しまれない格好 または、人物だ」
「被害者は全員独身女性。犯人が意図的に狙っているはず」
愛梨も話しに加わった。
女学生たちは恐怖と不安に駆られ、隣にいる学生たちと手を取り合った。
1通り説明が終わったあと、廊下に出て担任の先生と一善、愛梨3人で話しをした。
「学生たちの安全をとりたい。学部長も学校は閉鎖すると言っていますわ」
「いえ、学校の閉鎖は逆効果だと思います もし犯人が内部の人間なら、学校の再開を待ってまた殺しだすと思います」
愛梨の意見に先生は驚いた表情をみせた。では一体どうしたらいいのかと不安な表情をみせる。
「ですが今は何とも言えません」
一善の一言がまた、先生の不安を煽った。
「わかりました、では学部長にお伝えします」
学校を出て一旦のひと休憩。一善が体を伸ばした。
「犯人は女性だと思う?」
「いーや、わからないね警官か教師か、でもこういうことするのは男が多いからな」
「ほとんどはでしょ?今回ばかりは女性だと思うわ」
「じゃあ、賭ける?」
一善の悪ノリに愛梨は腹が立ち、一善のお尻を蹴ってやった。
「イタッ」
「仲いいですね」
コーヒーを片手に2人の正面から来たのは昨夜の後藤刑事だった。
「あっ!昨日の人だ」
「実はお2人にお伝えする事がありまして 昨日愛梨さんから被害者の共通点を調べる様頼まれまして」
そう言って後藤刑事はジャケットの胸ポケットからメモ帳を取り出した。
「何かわかりましたか?」
「はい遺体を調べた結果、刺傷が共通していたんです」
愛梨の質問に後藤刑事はメモ帳を読みながらこたえた。
「死因は心臓への一刺し。胸骨を貫いていてその後過剰に刺し出したそうです。回数は9回。そして防御創がなく抵抗もしていないそうです。どの被害者にも共通しています」
「なるほどね、9回って数字が引っかかるわね」
愛梨は一善の方を見つめた。
「サディストだな」
「ええ私もそう思うわ」
「さ、サディストですか?」
2人の言った事に理解ができなかったのか、後藤刑事の頭には「?」マークが浮かんでいた。
「被害者を滅多刺しにして性的興奮を覚えるんだ。最初に心臓を狙い、そのあとに思う存分に挿す」
「おそらく9回は深い意味もなく、ラッキーナンバーって感じね」
「その通り!分かってきたじゃん!」
愛梨はまたもやその気に食わないお調子者の尻を蹴ってやった。
「はあ、」
後藤刑事はまだ理解に程遠く、2人の会話が頭に入って来なかった。
「あっ、あともう1つ!」
後藤刑事が思い出したようにメモ帳のページを捲りだした。
「1人目撃者がいたようで、おそらく犯人は女性だったと証言しています」
「ほらー言ったじゃん、私の勝ちね!」
「勝ちとか負けとか関係ないですー しかも賭けをダメだって言ったのあなたじゃん!」
「そんなの知らなーい、あとでご飯奢ってもらうからね」
「はあ?無理だって」
「ごちそうさまで~す!」
ここで学校のチャイムが鳴った。そろそろお昼頃だ。
「最後にもう1つお話ししたい事がありまして。先程学部長と会ってきたんですが、2日後に学校を閉鎖すると言っていました。それをお2人にお伝えしてくれと」
「なんだって?」
一善の声が裏返った。
「まずいわね。その前に捕まえないと」
「私たちは一体何をすれば?」
後藤刑事が質問をする。
「校内にカメラの設置は?」
「もうすぐ完了するかと」
「人員を増やさないと、それに犯人が大学関係者なら閉鎖すると知ってすぐにでも動き出しそうね」
「私服警官も忍ばせておいて」
「わかりました」
17時頃 ここで帰宅のチャイムが鳴った。1人の警備員が門を開け始める。その警備員は若くて、少しばかりのイケメン。身長は170cm程度。パーマがかかっていてしかも童顔。なぜこの仕事をしているかというと、就職はしてみたものの 長続きはしない。とても飽き性で人とのコミユニケーションも苦手。彼女が出来たことは数回、あまり人と関わる仕事がしたくなくて求人募集を探したところ運良く大学の警備員にしてもらったのだ。もちろん女学生たちはそんな事も知らずに学生たちの間ではイケメンがいると噂が広まっており、片思いをしている子もたくさんいた。
「あのーすみません」
1人の学生が話しかけてきた。
「私、磯山 せなって言うんですけど、あの、これ、受け取ってください」
貰ったのは手紙だった。ラブレターをもらったのは何年ぶりだろうか。女の子は恥ずかしそうに走って行ってしまった。
「ダメだよママ、そんな事言わないで、あの子は何も悪くないんだから」
ブツブツと1人囁いていた。そのあと妄想の世界へ入ってしまった。彼は妄想の世界に入り、自分の見たいものだけを見て、精神を安定させていたのだ。だが自分で操ることはできない。自分でも知らない間に世界に入ってしまうのだ。
現実の世界に戻ってきて10分、20分と経過していたことはザラではない。今彼の目の前に見えるのは怪獣。そして僕はスーパーヒーロー。敵に捕らわれてしまった磯山せなちゃんを救わなきゃ。
「ここでぼくの必殺技だ」
その場で高く飛び、敵の顔面一直線に蹴りをお見舞いしてやった。
倒れる敵。磯山せなちゃんはこちらへ走ってくる。救われたせなちゃんは僕に恋をする。ニヤニヤが止まらない。ここでハッ!と現実の世界に戻ってきた。
僕はいま、現実の世界で何分固まっていたのだろう。時計を見ると、5分余りだった。辺りを見渡す。そこである人と目があった。女学生3人がこちらを向いて笑っているのだ。コソコソ話しをし、またクスクスと笑い出す。1人でニヤニヤしていたのが見られたのか、急に恥ずかしくなってきたのと同時に、憎しみを覚えた。
ー18時頃ー
名コンビは山手警察署に戻り警察官、そして学校の職員たちを連れて犯人について説明を行った。
「皆さん座ってください」
一善が呼びかける。
「現時点でわかっていることについて説明します。犯人は大学に自由に出入りできて誰にも怪しまれることはなく、この数日で5人も被害がおきています。被害者は全員独身女性。おそらく特定の女性、男がいないというのが引き金だと思われます。学生や職員の可能性もあります。」
ここで愛梨も説明に加わる。
「おそらく、犯人は繰り返し人生で拒絶を味わってきたと思われます。その証拠に死んだあとも刺し続けています」
「緑色の風船は独身女性だと知っていながら左手の薬指に結び付けているのは犯人の皮肉を込めたメッセージかと。犯人は殺人をゲーム感覚でいて、妄想癖のある人物です」
「目撃証言だと犯人は女性で身長170cm~175cm」
一善、愛梨と交互に話している途中、ここで1人の教員が手を挙げた。
「身長がそんなに高くて、女性の教員は私たちの身近にはいないと思うんですが、」
「たしかにな」
一善が呟いた。
「じゃあ、学生が犯人か?」
1人の警察官が呟いた。
「ええ、今その線で捜査を行っています」
愛梨が答えたあと署のエレベーターが点滅しだした。
チーンッ
エレベーターの扉の向こうから現れたのは昼間に会った後藤刑事だった。2人の方へ駆け足でやってくる。
「刑部!新しいことがわかりました!」
後藤刑事の息が荒く乱れていたので、何事かと2人は、いや、周りの皆も後藤刑事の声に耳を傾けただろう。
「犯行に使われた物がわかりました!」
「何っ!?」
一善の声が裏返った。彼はびっくりすると必ず声が裏返ってしまう。
「一体何だったの?」
愛梨が聞いた。
「スタンガンでした」
「スタンガン!?」
「ええ、腹部にアザがあったんですが刺傷で分かりにくく時間がかかってしまいました。申し訳ありません」
「いやいや、謝らなくていいですよ」
一善が慰めた。
「スタンガンってことは、持っているのは警備員だけじゃ、」
ここである1人の教員が口に出したが、1つ疑問が残る。
「たしかに警備員はスタンガンを携行しているけど、身長170cm~175cmの女性警備員って誰だ?」
一善が大きな声で言った。興奮してきた証拠だ。大きな謎が目の前にある。「やった」「楽しくなってきたぞ」心には歓喜の声ばかりが響いている。
「では、警備員のリストを」
愛梨が指示をだした。
「それならこれを」
後藤刑事がすぐにリストをだしてくれた。
「さすがね」
そのリストを一善とみた。
「どう絞ります?」
後藤刑事が質問をする。
「全ての現場が近いのは捜査に介入するためだな!」
一善が話す。
「5件すべてに対応した警備員を捜してくれないか?」
「了解しました」
「あと、警備員たちの犯罪歴を調べて!」
「了解です」
「ちょっと声デカいよ?」
「えっ?ごめん!」
愛梨は呆れた顔をしてため息をついた。
「ところでさ、コーヒー飲まない?」
「え?」
「ほら、ちょっと疲れちゃったし休憩しようよ」
「あなたはいつも休んでるじゃない」
「まあいいじゃんいいじゃん、頭を少し休ませないと良い案は出せないよ?」
「はいはい」
「はいは1回!」
「ムカつく」
愛梨は眉間にシワを寄せながら一善と2人で、署内にあるコーヒーマシンの前でひと休憩をとった。
一善はいつも通りのコーヒーを入れている。ここ山手警察署でのイチオシは何といってもこのコーヒー。ベトナムコーヒーだ。何が美味しいかって、普通のコーヒーとは全然違う。普通のコーヒーは砂糖とミルクを好みに混ぜ香りを楽しむが、ベトナムコーヒーはここに練乳が追加されている。ほんのり甘く、香りも良い。クッキーやドーナツを片手にコーヒーと共にするのが1番の幸福。何とも幸せそうな顔をしているのか。いま、鏡に写る自分を見たらきっと恥ずかしくなって穴に隠れたい気分になるだろう。そのくらい変な顔をしていた。その顔を横で見ている愛梨。少々ナルシスト要素のある一善を軽蔑な目で見つめていた。そこに後藤刑事がやってくる。
「5件全てに関わっている人物がわかりました」
一善がリストを受け取り愛梨と共に見ると、1人の名前がそこに書いてあった。後藤刑事が説明をする。
「城木 望23歳 身長173cm 犯罪歴はありませんでしたが、軽度の発達障害を持っており障害手帳を持っているそうです」
「こいつだ」
一善が確信を得たかのような、力強い声で話した。
「でも男性よ?」
愛梨が質問をした。
「たしかにそこなんだよな。女装癖とかあるのかも。解離性同一性障害とかは持ってなかったかい?」
「いえ、調べたんですがそのようなものは、ちなみに、解離性、何とかとは一体何ですか?」
「簡単にいえば多重人格よ」
「そういうこと。昔いたビリー・ミリガンという男は24の人格を持っていて クリスティンというイギリス人少女やアダラナ。エイプリルなど。男でも多重人格なら女にでもなれるってことさ」
「なるほど、そんなものがあったとは、」
後藤刑事が一善の話しに感心をした。
「でも多重人格と女装癖はまた別じゃない?」
愛梨が一善に問う。
「あーそっか、たしかにな、」
2人は頭を抱える。
「まぁ行ってみるしかないさ」
3人が城木 望の家へ向かう準備をしている中、城木は外出の支度をしていた。
「母さん、今日もまた手紙をもらったよ。磯山 せなちゃんていってね、とても可愛い子だったよ。このあと会いに行こうと思ってね。僕もモテモテだよ」
「その前にあの子はどうするのよ」
「あの子?」
「ほら、今日あなたを見てクスクスと笑っていた子たちよ」
「ああ、あの子たちか、あれは多分勘違いだよ」
「いいえ、あなたをバカにしてたわ。バカにする子は許せないわよ」
「母さん違うよ、もしかしたら被害妄想なだけかもしれないよ」
「いいえ、あれは絶対に悪口だったわ、うちの大事な息子を傷付ける人は絶対に許さない」
ナイフを片手に家を出て行ってしまった。
向かった先は本牧山頂公園。ここはよくドッグランとして使われていて普段は人が多くいるのだが、現在の時刻は夜21時。辺りは森林に囲まれていて朝や昼間とは違い人気が全くない。その代わり学生たちやカップルが何人かいた。そのうちの3人は、夕方頃、1人ブツブツと喋る城木をあざ笑いながら見ていた女学生たち、「リコとほのかと舞」だった。家は本牧宮原の方。この山頂公園まではそんなに時間もかからない。この3人は普段から仲が良く、家も近所だったためいつも遊んでいた。この日もいつも通りイオンの5階にあるゲームセンターでプリクラを撮って、1階にあるスーパーでおやつを買い、裏にある山頂公園でお喋りをして夜22時頃に帰宅するというのが日課だった。そこで城木が着いた。城木は女学生を見つめる。城木は女性が大好き。だが、どうコミユニケーションをとればいいのか分からない。何かミスをしでかしたら彼女らはすぐに悪口を言う。城木は女性が怖かった。そして憎かった。それを城木の母親が許さなかった。女性を全く近づかせなかった。いつも通りお喋りをする女学生たち。外灯の下で見つめる城木。
「ねぇ、アレ見て、」
「何アレ?」
「なんかこっち見てない?」
「ねえやばいんだけど!」
「ウケる」
「え?怖くない?」
「なんかヤバそうだね」
「ちょっと離れようよ」
そうこう言っているうちに城木は猛ダッシュで女学生たちの方へ詰め寄せてきた。
「ねえ!ヤバいって!」
女学生たちは悲鳴を上げて走った。途中でリコがパニックをおこし腰を抜かした。突然の恐怖に立てなかった。呼吸が荒い。ハア、ハア、
「ちょっとリコ!早く逃げるよ!」
「ハア、ハア、ハア」
声が全く聞こえてなかった。
もう1人のほのかは既に逃げていた。ほのかは中学、高校では陸上部だったので走るのには自信があった。だが、恐怖が混じっていると思うように走れない。足が重く、体力も続かない。途中で転んでしまった。
「ねえ、なんでよ!」
足を思いっきり叩くが足が全く言うことをきかない。
そのうちもう1人が、舞がこちらへ逃げてきた。
「ハア、ハア」
「ねえリコは?」
「、わからない」
2人の後ろから悲鳴が聞こえた。
「早く行こ!」
「もうダメ、」
「何を言ってるの!?」
「足が動かない、」
ほのかも起き上がれなくなっていた。人間とは脆いものだ。いくら体力があろうとも精神面がダメになればもうそこまで。何もできやしない。本能で体が硬直しだしたのだ。
そこに城木が現れた。見た目はカツラを被っており長髪に顔は化粧をしている。スカートを履いて血のついたナイフを片手に息を荒くした。だがこの時ほのかと舞には城木だと認識はできなかった。
「ねえ、なんで私たちを狙うの、」
震えた声でほのかが語りかける。逃げきれず、恐怖で体が硬直してしまった中、人間が最後にとる行動といえば攻撃だ。座りこんでいる2人。本能が死を覚悟していた。頭には本能的に反撃の考えしかなかった。そこまで精神が追い詰められていた。2人の目つきが変わる。ほのかが城木に殴りかかった。が、虚しく首元にナイフを突き刺され、頸動脈を切られ倒れ込む。残った舞は放心状態になってしまった。瞳孔を開き、もう涙もでるまい。
「よくも息子をバカにしたわね」
大きな手で首を締めた。悶える舞。元々呼吸も荒く、酸素を充分に吸っていないせいか、すぐに失神してしまった。城木がナイフを握り締めた。そのあと、失神した舞の腹部を滅多刺しにした。何回も。何回も。刺せるだけ刺した。血を浴びとても暖かった。興奮した。達成感があった。もはや憎しみは消えた。
これで安心。しかし、一息つく前にパトカーのサイレンが聞こえた。
その場から立ち去る。
「ママ、守ってくれてありがとう」
「いいのよ。私はあなたのためなら何だってできるから」
一方その頃、一善と愛梨、後藤刑事3人は城木の家へ訪問しに行っていた。
「コンコンッ」
返事がない。
「居留守か?」
「後藤刑事裏へ回って」
愛梨が小さな声で後藤刑事に指示を出した。それに後藤刑事は手を挙げ答えた。拳銃を構え、緊張の空気が 走る。
「城木さん、山手警察です。開けてください」
「・・・」
返事がない。
「ダメね。待ちましょ」
愛梨が拳銃を仕舞おうとすると、
「しっ!」
「どうしたの?」
「何か聞こえた?」
「え?何も聞こえなかったよ」
「いーやいま銃声がしたね」
「何を言ってるの?」
一善がまた変な事を言い出した。
「見てて」
ドーンッ!! 一善がドアを蹴り破った。
「さっ 入ろ」
愛梨がなぜかニヤニヤしていた。何か面白いことがあったのか、それとも呆れて笑っているのか。すると音にびっくりした後藤刑事が裏から玄関へ戻ってきた。
「何の音です?」
問うや否や、後藤刑事はその光景をみて驚いた。
「彼、こういうところ最高なのよ」
愛梨が珍しくノってきたのだ。
「あの人ねたまには思い切りのある1面を見せてくれるの」
愛梨も家へ入って行く。後藤刑事は呆気にとられながら家の中の へ進んだ。
「クリア!」
一善が言う。
「こちらもクリア」
続いて愛梨が。
「クリアです!」
最後に後藤刑事が言った。あともう1つ鍵のかかった部屋があった。
「これはどうする?」
「開けるっしょ」
「待って!」
一善がまたもや扉を蹴破ろうとしたところに愛梨が止めた。
「私にやらせて」
「・・・どうぞ」
愛梨は構えた。後ろで一善と後藤刑事は男同士見合って肩をすくめた。
ドーンッ!! 扉が倒れ部屋の様子が見えた。だが、そこには異様な光景が見えた。ベッドの上には死体があったのだ。ちゃんと首元まで毛布を掛けていて、大事に保管されている。ネックレスや服まで着せてあった。臭いは全くしない。防臭剤をかけているのであろう。部屋のカーテンはちゃんと閉めていて観葉植物も置いてあり、窓の戸締りもしっかりしている。ベッドの隣には綺麗に整頓された本棚があり、その上に水の入ったコップが置いてあった。
「ねえ見て」
愛梨が本棚に指を差した。そこには手紙が置いてあった。一善が手に取る。
「ラブレターか」
「全部城木 望宛ね」
愛梨も手紙を手に取った。封を開け中に入っている手紙を読み出した。
「ねえ一善、これって」
「ああ、このさゆりって子昨夜の被害者だ」
「こっちのみずきって子もそうよ」
「てことは、これ全部被害者?」
本棚にあった手紙は全部で6枚。
「そうね、でも1枚多くない?この磯山せなって子はまだ遺体で発見されてないはず」
「いや、見つかってないんじゃない。これからだよ」
2人は手紙を手にしている間後ろでは、後藤刑事がその場で口を開けたまま仁王立ちでいた。遺体は山ほど見てきたが、そのまま保管して さも生きているかのような遺体の扱いに理解ができなかったのだろう。
ここで後藤刑事の携帯がなる。一善と愛梨はその音に振り返り、後藤刑事はここでハッ!と我に帰った。
「後藤です、」
このタイミングでの連絡。何かいやな予感が、そんな不安がその場の空気を覆い込んだ。
後藤刑事が驚いた表情でこちらを見つめる。
「新たな被害者です」
一善、愛梨は「まさか」と言いたげな顔をしていた。
ー17分後ー
本牧山頂公園にたどり着いた一善、愛梨は現場での調査を始める。後藤刑事は一善の指示のもと、城木の家にいた遺体を検視にまわし、城木の家宅捜索を行っていた。
現場で3人の遺体を見つめる一善。城木の犯行であろうと思われるのだが、今までとは違う何点か不審なところがあった。
「スタンガンではなく鈍器を使ってるわね」
「しかも刺創が深い」
「殺意が強いから多分怒りね」
「9回って数字も無視されて、21回も刺してるらしい」
「風船もないし、どういうこと?」
「・・・」
これには一善も頭を悩ませた。
「パターンも崩れてるし別人なんじゃないの?」
愛梨が言う。
「いや、憎悪犯罪なら知人が多いし 城木の線はまだ濃い。しかも今までは自責の念を持つ内向型だったのに
これはタイプが違う」
「じゃあやっぱり、」
「二重人格だな」
「え?二重人格?」
ここで一善が1人の警察官を呼んだ。
「被害者たちの名前は?」
「若山 リコ 佐藤ほのか 伊藤 舞 皆20歳のエンジェル女学院大学の生徒です」
「あれ?磯山せなって子は?」
「いえ、そのような子はいませんでしたが」
一善は愛梨の方を見つめる。
「あの子が危ない」
愛梨もわかったようで、目の色が変わった。
「愛梨行こう」
一善と愛梨は急いでパトカーの方へ向かい、すぐに後藤刑事へ連絡をした。
「あ、もしもし、一善さんですか、ちょうど良かった。今遺体の身元が確認されたところです」
「何がわかった!?」
「はい、それが、あの遺体は城木望の母親だったことがわかりました」
「何!?」
声を裏返しながら一善は車を急発進させた。
「母親の遺体の枕元に日記があったんですが、それを読むと城木 望 本人が母親を殺害したようで」
「ほかには?」
「はい、3年前に母親が愛人を作っていたそうで 「僕は見捨てられた」と書いてあります」
「なるほど、そういうことか」
「ほかにも・・・」
「いや、日記はあとで見せてくれ。その前に磯山せなっていう子の住所を急いで送ってほしい」
「わかりました」
ここで通話が終わった。
「何かわかったの?」
「遺体は城木の母親だった」
愛梨は驚いた表情を見せた。
「日記には母親が愛人を作り、自分は見捨てられたと感じて」
「殺した」
「その通り。マザコンだな」
ここで愛梨はため息をついた。
「おそろしいわね」
「多分城木のもう1人の人格は母親だろう」
「だから女装を・・・」
「目撃証言が女性だってのも説明がつくね」
ここで一善の携帯が鳴る。後藤刑事からメールが届いた。運転をしながら確認をする。
「本牧町1丁目だってさ」
「それって反対方向じゃないの?」
「え?」
目的地である本牧町1丁目の反対方向である根岸方面へ向かっていた愛梨を乗せた一善のパトカーは次の信号の交差点でUターンをした。
「蹴ってやりたいわ」
愛梨が愚痴をこぼす。
「まあまあ文句言うなって」
一善は天然を出してしまったことに照れ笑いをしながらパトカーを走らせる。
その頃磯山せなの携帯に1通の電話が入った。
「電話くれたんですね!」
「ぼくだよ、今から会えない?」
「え、今からですか?・・・」
「うん、今会いたい」
「わかりました、ちょっと待っててくださいね」
「ぼくはもう下にいるよ」
「え?」
ここで通話が切れた。不審には思ったものの好きな人が自分に会いに来てくれたと思うと嬉しくなり、簡単な身支度をして家を出て行った。玄関の扉を静かに開け、そしてゆっくりと閉じた。
「やあ、」
突然の背後からの声にびっくりして声も出なかった。そのあと城木の姿を確認した磯山は小さな声で喋りだした。
「びっくりした、脅かさないでくださいよ、」
「ごめんね。でも早く行かないと」
「行くって?」
「ママが追ってくるよ」
「え、いや、ウチの家族はもう寝てるし、」
「違うよ。ぼくのママだよ」
「え、?」
「さあ早く!」
「あの、そこに血がついてますけど、どうしたんですか、?」
「気にしないで」
城木はこの時私服に着替えていた。いつもの様にネイビーのYシャツに黒いズボン、腕時計をしており 何もおかしな格好はしていなかった。だが、それが裏目に出て余計に目立ったのであろう。手には血がこびりついており、洗っても洗っても落ちない。それを隠すように袖を手の甲まで上げていた。いわゆる"萌え袖"というやつだ。隠そうにも隠しきれず、手が不自然な動きになり、余計に目線の注目を浴びた。血を見て不審に思った磯山は身の危険を感じて後退りした。
「あ、あの、やっぱり帰る事にしますね、ほ、ほら、お母さんに見つかったら怖いし、また今度にしましょう」
「・・・」
「ねっ?今日はもう遅いし、」
「・・・」
城木は黙り混んでいる。
「じ、じゃあね、」
磯山が玄関の扉を開けようとした瞬間、城木が腕を掴んだ。
「ねぇやめてよ、ねえ離して!」
腕を振り払おうとしたが、力強く大きな手で磯山の白く細い腕を握り締めて車へ無理やり連れ込んだ。誘拐を目撃した近隣の住人が警察へ通報しているのと同時に、外の騒音に目が覚めた磯山の両親が玄関の扉を開けた。
「パパ、ママ!」
城木の車の後部座席から磯山 せなが必死に窓を叩き、こちらへ助けを求めている。
「せな!」
父親が大声を出し、母親は後ろで絶句していた。目の前で娘が拉致されたと理解した父親は走り出して我が娘の元へ駆け寄ったが、サイドミラーで見ていた城木は焦り、急いで車を発進させた。
「せな!!」
父親が後を追いかけるが追いつかない。するとすぐ後ろでパトカーのサイレンが鳴り響いた。磯山家へ止まる一善たち。
「娘が拉致された!早く行って!」
「どちらです?」
「向こうです!」
父親が指を差す方へ急発進させた。城木の車はそのまま大通りへ出て根岸方面へ向かった。
夜22時27分。住宅街の中 サイレンの音が鳴り響く。
パトカーが出せる緊急走行時のスピード制限は、一般道または、片側1車線の高速道路の場合80km/h。
だが、そんな事は一善も無視して最高速度180km/hに近いスピードを出し、車間距離を段々と詰めて行く。一方、城木が乗る乗用車は最高速度100km/h出せるが、次第に後ろにいる一善、愛梨に追いつかれてしまう。
「城木くん、城木くんその車を止めたまえ。さもなくば、」
運転をしながらまた、一善は悪ふざけをしだした。こんな緊急時にマイクパフォーマンスをしている暇があるのかと怒る暇もない愛梨は、一善の頭を叩いた。
「貸して!」
拡声器を一善から奪い取った。
「城木 望 もう逃げられないわ 車を停止しなさい」
愛梨が拡声器で呼びかける。
「もう1度言うわ 今すぐ車を停めなさい」
「止まらないね」
「ダメね」
追いつかれてしまった事に焦りを見せる城木。バックミラーに何回も何回も目をやり、口が半開きになって額には汗を垂らしている。呼吸が荒くなってきた。車内には城木の呼吸音が聞こえる。さっきまで叫んでいた磯山は後ろにいる助け舟に希望を寄せて静かにしている。
ここで城木がバックミラー越しに磯山に目線を移し、話しかけた。
「あなたは誰にも助けられないわ」
驚いた表情を見せた磯山はこちらを見つめていた。理由は、声が違っていたからだ。先程まで喋っていた人物とは明らかに声が違う。口調も違う。表情も違っていた。
「あなた、だれ、?」
磯山が小さな声で質問をする。すると、城木がゆっくりこちらへ振り返り何か言い出した。
「ごめんね、」
また声が違う。今はあの時の城木 望だ。好きだった頃の人物だ。さっきの女口調の人物ではない。本能的には分かっていたものの、状況に頭がついてこない。もう1つ磯山を混乱させた理由がある。
「ごめんね、」のあまりの不意の一言に言葉が出なかった。何をごめんねと謝っているのだろうか。私がなぜこんな事になっているのだろうか。考えれば考える程わかからなくなってくる。と、ともに腹が立ってきた。無性に。
ここで磯山が反撃に出る。城木の髪の毛を思い切り引っ張った。
「うわっ!」
城木が慌てた様子でハンドルが揺れ動き、車が不安定な走行をみせた。それを見た一善と愛梨は少し車間距離を置いた。
「あれ?どうした?」
不自然に思った一善が呟いた。
「何かあったのかも」
愛梨も驚いた表情を見せていた。
「暴れてるんだ」
「事故を起こしたらあの子が危ないわ」
「頼むから暴れないでくれ」
聞こえるはずもない静かな一善の願いは、城木の車内では騒々しい音にかき消されてしまった。
「なんで私がこんな思いをしなきゃなんないのよ、!」
目に涙を浮かべながら必死に反撃をする磯山。両手で交互に城木の頭を叩き、感情のままに訴える。
だが、城木は何も抵抗はしなかった。ただ前を向いている。なんとも悲しい顔をしていた。彼女に同情していた。
喚き疲れたのか、磯山が反撃をやめてしまった。椅子に腰をかける。そこで城木がまたゆっくりと後ろへ振り返った。
「ごめんね、」
「ねぇ、なんで謝るの、謝るのやめてくれない?うざいから」
「ごめんね、」
「だから!」
憤りで無意識に腰が上がった。そこである物が目に写る。助手席には血まみれのスカートにカツラ、ナイフがあり、ナイフには長い髪の毛が付いていた。
「キャーッ」
思わず悲鳴を上げてしまった。その声を聞いた一善、愛梨は2人顔を合わせパトカーのスピードを最大速度まで上げた。
「ヤバいぞ」
一瞬にして城木との車に並び、窓越しに一善、愛梨は城木と目が合う。しかし、一善と愛梨はここである光景を目にする。
城木が涙を浮かべていたのだ。
先程、磯山にやられたからではない。
何かを訴えかける目をしていた。いや、何かを決意した顔だった。
「まさか」
一善が呟いた。
「僕だって色々辛かった、」
城木が静かに喋る。
「ごめんね、せなちゃん。危ないから身を丸くして頭を守って」
車内に漂う雰囲気に、磯山は正直に従った。これから何が起こるのかわかっていたのだろう。
突然城木がハンドルをきった。磯山 せなを乗せた車が大きく道を外れそのまま木へ突っ込んでしまった。
一善たちはパトカーを急停止させた。前面が大破してしまった城木の車へ駆け足で近づく一善。ドアを開け、城木へ声をかけた。
「おい!大丈夫か!」
車内にはシートベルトの補助装置であるエアバッグに倒れ込む城木の姿。
「愛梨!後ろの子を頼む!」
愛梨は後ろのドアを開け、身をかがめて泣いている磯山を慰め、ゆっくりと抱きかかえた。一善は急いで救護班を要請していた。
「おい!大丈夫か!返事しろ!」
再び城木へ声をかけるが、返事がない。
このあと、およそ10分程で 救急車や消防車、パトカーが夜中の静かな街中で、サイレンを鳴らし現場へ到着した。
ー夜22時53分ー事件解決。
「さあ、まだまだやることがあるぞ」
一善は大きく背伸びをして大きなあくびをかいた。
「一善コーヒーお願い」
「あ、私もお願いします」
「あいよ」
一善は愛梨と後藤刑事、そして自分へコーヒーをついだ。
「一善刑部」
ここで1人の警察官がきた。
「そろそろお願いします」
「もうそんな時間か」
取り調べの時間だ。最後に残った大きな物だった。これが終わればあとはゆっくりできる。
「ちゃっちゃと終わらせますか」
面倒くさそうにユラユラと歩く一善の後ろで、コーヒーを片手に愛梨と後藤刑事も歩き出す。
ここである医者が取り調べ室の扉の前に立っていた。
「精神科医の田代です」
「はじめまして。一善です」
一善が握手を交わした相手は、見た目はハゲていて、頭皮にはそばかすが、鼻がデカく 縁のない眼鏡に白髪の髭。まあ、いかにも「Dr.」といった感じの人物だった。
「さあ、はじめますか」
一善と医者の田代は扉を開け、取り調べ室へ入っていった。
愛梨と後藤刑事は、マジックミラーで取り調べ内容をモニタリングしながらコーヒーを飲んでいた。
「城木、全部話してくれないか?」
一善が静かに話し出す。
「・・・」
「力になりたいんだ」
あの時の涙を見ていた一善は、少し同情していたのだろう。何か自分に力になれることはないか、それも含めて今回は医者を呼んでいた。
「ぼくは、殺してないんだ、」
城木が話し出した。
「わかっている、」
「・・・」
ドンッ!
城木が机を蹴り、明らかに動揺していた。
「なんでぼくは死んでないの?」
「君は助かったんだ」
「・・・」
「あの時、君の目を見てわかったんだ。死にたかったんだろう。
でも、君は運がいい」
「・・・」
城木は下を向き、右手を噛んでいた。
「タバコは吸うかい?」
「・・・いらないわよ」
一善が胸ポケットからhi-liteを取り出すのと同時に、声の変化に気づいて隣の医者と目を合わせる。
「一善さん、ここからは私が、」
医者の田代が遠回しに席を外す様頼んだ。
「・・・わかったよ」
一善はゆっくりと立ち上がった。
「タバコ吸ってくる、」
扉から出て行く際一言そう告げていった。
「一休みするかあ」
また、大きく伸び伸びとした。
ー翌朝ー
一善と愛梨、後藤の3人は山手警察署の近くにあるモスバーガーで朝の食事を楽しんでいた。
「はあ~ぁ」
大きなあくびをする一善を、愛梨はコーヒーを飲みながら見ていた。
「呑気でいいわね」
愛梨の言う事に、眠たそうに目元がおぼつかない様子でタバコに火をつけて聞いている一善。
「それで、お医者様はなんて?」
「ちょっと待って、」
カバンの中から何かを探し出す愛梨。
「私ちゃんとメモに取ってあったから」
カバンのポケットからメモ帳を取り出して、ページを捲り出す。
「医者によると二重人格だったみたい」
「やっぱりね」
目を瞑り、満足気な顔でタバコを更す一善。
「それと医者も城木 望の日記を見たみたいで、要約すると、
父親は生まれる前にすでに死亡しており、母親と2人だけの世界で暮らしてきたが、3年前に母親が愛人を作り城木 望は自分が見捨てられたと思い、母親とその愛人を殺害してしまった。それ以来 心の中の半分は彼の母親に占められ、自分自身と母親の2人の人格が形成されたのである。そこで、息子を女性から遠ざけようとする母親の人格が次々と殺害を行ってしまった。
こんな感じね」
「なるほどね」
「教育は大切だと身に染みました」
「それもあるけど、心理的 社会的要因も影響するよ」
後藤刑事の独り言に反応する一善。
「城木 望も可哀想だよな。好きな人みんな母親に殺されちゃったし」
「好きな人?」
「うん。城木は恋愛経験が少なかったからね、ラブレターをくれた女の子たちに恋をしてたみたいだよ。日記を見てもそうだけど、緑色の風船も"成長や再生"。自責の念も含めた意味だったね」
「なんであなたにそんな事がわかるのよ」
「うん?だってこれに書いてあるじゃん」
ここで一善が本を取り出した。
「何それ?」
愛梨が質問をする。
「それって」
3人席の真ん中にいた後藤刑事はその本を見て驚いた。
「ん?これ?日記帳ー」
「あなた持ってきたの?」
「これ面白いからね。持ってきちゃったよ」
愛梨が険しい表情をしている。それを見た一善はゆっくりと席を立ち始めた。
「ちょっとそれ証拠品でしょ!」
ハンバーガーを包むビニール製の丸めた物を一善に投げつける。
「読み終わったら返すね!」
小走りをしながら店を出て行く一善。それを追う愛梨。
ニヤニヤと笑みを浮かべている後藤刑事。ここである事に気がつく。
「これ、私の奢りですか、」
レシートを片手にコーヒーをすする。なんとも悲しい顔をしていた。
ーENDー
ー チェリー・ボウイー